3.11以前  在りし平和な夏の日の 大船渡市 碁石岬 | トドワラのブログ

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気仙沼駅より 下り大船渡行の気動車に乗る。外はもう

薄暗い。列車はやがて県境を越え宮城県より岩手県に

入った。


20時過ぎ、気動車が細浦に停車すると列車を降りた。

まだ宵の口に過ぎない頃であるが、ここではまさに

深々と夜がふけた感がする。さて列車を降りるとすぐに

ホームの中程にある小屋に目をつけた。さっそく駅員に

今晩泊まる所がないのであの小屋に泊めて貰えないか?

と頼んだのである。すると「君はタバコをすうのか?」

と言うので、私は、「すわない。」と答えた。その結果

「ならばいいでしょう。でも蚊がいっぱいいて眠れるか

どうか。まあねてみなさい。」と言う事になった。

それで私は寝てみることにした。まず荷物を小屋の中に

おろすと駅を出て蚊取り線香を買って来た。そして

それをつけて土間のすみの方に置いた。まん中に置くと

けとばしてしまいそうだからである。そうしてから長椅子

に毛布を敷いた。しかし、しょせんすわるためにつくった

所であり角度がついていて、寝るには適していない。

その時先程の駅員が来て、「規則ですから電灯をけします

列車が来たらまたつけます。」と言うと、ホームの灯りを

一切消してしまった。その時は何一つ見えない程の闇で

あったが、時間がたつにつれ、小屋の中が見えるように

なっていた。それどころか小さい電灯でもつけている様な

錯覚さえおこした。そしてその時、初めて月が出ているの

に気がついた。小屋の中が明るいのは月の光であった。

私はあまりの明るさに誘われて外へ出た。

宮城県側上空に上った月は大きく美しい姿で、北部陸前

の夜をうるおしている。聞こえるのは足元の草むらの虫

の音だけ。全く静かな三陸の月の夜である。ホームが

高台にあるので駅舎さえ視界になく、自分だけこの世界に

いるようだ。まさに俗界を離れた感が強い。九時になると

こんな田舎にはめずらしいチャイムが金色の光の世界に

鳴り響いた。月はいよいよ明るく昼間のようだ。さしもの

臆病の私も、何とか人気のないこの小屋で夜をすごせ

そうである。

21時44分、当駅最終の下り盛行が到着。十人程の客

を降ろして列車は発車。しかし気動車を降りた者の中

に、小屋の中をジロジロのぞきながら行った者がいた。

きっと私を宿無しの朝鮮人あたりだろうと思って行った

に違いない。田舎っぺのくせになまいきだ。ホームから

人影が消えると電灯が消され、再び月の光が輝きを増し

て来た。横窓から見えるこの月も、もっと上にのぼって

しまうと見えなくなるだろう。私は窓の方にシャツの

よごれたのをタオルで包んだ枕を置きかえると毛布に

くるまり横になった。22時過ぎ、本日の最終列車、下り

「むろね2号」の通過を境に深いねむりに落ちて行った

気がつくと外の明かるさが月のものとはちがうので、

時計を見たら4時である。こんな所でも結構ぐっすり

ねたものだ。月の姿はもう空になかった。おそろしい

速さで北西の北上連山の稜線が現れて来る

せまい小屋の中は蚊取せん香の煙でいっぱいで、のど

が痛い。おかげで駅員に警告を受けていた蚊の方の

被害は全く無い。まずはバンザイである。再び眠った

が5時のチャイムで目がさめる。5時14分、本日一番の

下り貨物列車が通過する。荷物をたたんでから駅舎に

行って顔を洗ってから 駅を出てパンを買って来る。


やがて駅前より一番バスに乗り、

南部陸中海岸のハイライト 碁石岬に向かう。ところが

一番バスは途中で折返してしまった。其処から凸凹道を

20分程歩き、7時10分、人気の全くない碁石岬に着いた

岬の先の方には灯台がある。そこよりもずっと先端の岩

に腰をおろした。沖の方は もやがかかって全く見通し

が悪い。だが、ここにすわっているとその朝もやが妙な

快さを与えてくれる。私はこれが朝の味だと感じた。

はるか足許の真青な水は打ち上げ花火を思わす豪快な

音を上げて、真白なしぶきとなって散っている。

そこの豪壮な岩礁美は石廊崎など一蹴する見事さである

その時右手碁石ケ浜よりすべり出した小舟があった。

空気の全く動かない朝の岬に心なしか微風がおこった。
 
 朝もやついて 
 碁石ケ浜より小舟いっそう
 無人の岬にそよと風吹く    駄目だ。字余りだ
 

岬の先端より右回りすると豪壮さを一段と増して来た

しかし私が、この碁石岬を海の景色としては先例が無い

程気に入ったのは、この碁石岬が単に豪壮なだけでは

無く 無数の老松によって造りだされた優雅さがある

からだ。そして、鋭く険しい岩肌に、人を寄せつけず

に咲く 浜ゆりの可憐さが心をついたからである。

尚も右回するうち、下までおりて行けそうな所があった

ので少々の危険を覚悟しておりた。

ここはこのあたりでもとりわけ入りくんでいて、海水の

つかる所は 我も我もと争うようにコンブ、ワカメ、

テングサ等が山盛りにくっついている。しかし足許の

岩ころはヌルヌルするし、波も荒いので、コンブとワカメ

を少し取ると欲張る心を抑えて岩をよじのぼった。

蝉の鳴き声にまじって聞こえる うぐいすの鳴声は、

此処へ来た時から 五分と絶えた事がない

再びバスで荷物を預けた細浦駅に戻る