小説「海と陸の彼方へ」
第八章新たな敵（中国国民党）との戦い
第20話近隣との戦い始まる⑮「黒山軍閥との戦い（続き）」
前書き
第20話は、ルイスと王蓉の間に生まれた深い絆と愛情を描いた物語の続きを展開します。恩施の壮大な景色の中で、二人は文化的な違いを超えた交流を深め、互いに対する理解を深めていきます。しかし、彼らの愛は重大な使命と現実の壁によって試されます。このエピソードでは、愛と義務の間で葛藤するルイスの内面と、彼らの関係が直面する困難を描いています。
本文
＊＊＊＊＊＊
登場人物「1936年1月1日時点」
＊＊＊＊＊＊
ルイス19歳：イタリア系のアメリカ移民。長征途中の中国共産党紅軍の首領毛沢東を捕縛した功績を認められ、中国国民党総統の蒋介石より、巴蜀・雲南の軍政長官を委嘱される。旅の途中で四川省南充の石油王から巴蜀・雲南王に推戴される。と言っても、元清朝の王女：王華が認めただけである。この物語の主人公。中国制覇の大望を抱く。鉱山省大臣を兼ねる。実の弟アンヘルの名を借りて彬長炭鉱への潜入を果たす。
＊＊＊＊＊＊
ルイスの資金 蓮華金融設立「資本金100億両」。小遣い1億112万8,100両。朱堤銀銀錠200億両「内訳は一般会計20億両、特別会計80億両」。今までに一般会計は20億両の予算のうち506万5千両支出した。特別会計は80億両の予算を組み、今までに16億557万3,300両支出した。
＊＊＊＊＊＊
ルイスの側女
李美麗（35歳）。旧清朝王族陳家次男陳偉強（38歳）の元妻。黒山軍閥の首領趙天虎の元愛人。
＊＊＊＊＊＊
今話の登場人物
湖北省恩施土家族一家
- 首長：楊志（40歳） 楊志は40歳で、土家族の伝統と価値観を重んじる賢明な首長である。彼は自らの民族とその文化を深く理解しており、その知識を次世代に伝えることに情熱を注いでいる。リーダーとしての彼の強みは、冷静さと戦略的思考にある。楊志はまた、困難な状況に直面しても、民族の利益を守るために勇敢に立ち向かう勇気を持っている。
- 首長の妻：王蓉（38歳） 王蓉は38歳で、美しさと知性を兼ね備えた女性である。彼女は資源開発に関する興味と知識が豊富で、その分野において独自の見識を持っている。王蓉は社交的でありながら、強い意志と独立心を持ち合わせている。彼女は自身の能力を生かして、夫の楊志を支え、土家族の発展に寄与することを望んでいる。ルイスからの信頼を得て、恩施の鉱産資源の開発を任されることになる。
- 長男：楊凱（10歳） 楊凱は10歳で、好奇心旺盛な少年である。彼は自然を愛し、野外活動に熱中している。楊凱はまた、父親の楊志から土家族の伝統について学び、それを尊重する心を育んでいる。彼は家族や友人との関係を大切にし、人懐っこい性格である。
- 長女：楊麗（8歳） 楊麗は8歳で、穏やかで思慮深い少女である。彼女は絵を描くことや物語を作ることが好きで、創造的な才能を持っている。楊麗はまた、家族の中で聞き役に回ることが多く、人々の話に耳を傾けることで彼らの気持ちを理解しようとする。
- 次男：楊浩（6歳） 楊浩は6歳で、活発で冒険心が強い少年である。彼は常に新しいことに挑戦することを恐れず、その好奇心は彼を周囲の世界の探索に駆り立てる。楊浩はまた、家族や友人と遊ぶことを楽しんでおり、その明るい性格で周囲を和ませる。
- 首長の母：劉淑珍（60歳） 劉淑珍は60歳で、土家族の伝統と知恵を受け継ぐ長老である。彼女は家族の中で尊敬される存在であり、その経験と知識を通じて若い世代に助言を与える。劉淑珍はまた、土家族の歴史と文化の保護者として、その伝承を大切にしている。
＊＊＊＊＊＊
紅軍の長征
中国地図 出典 建築資料研究社「住まいの民族建築学」浅川滋男著 P8
6月11日木曜日の夕暮れ、恩施沐撫大峡谷の金属鉱山作業所にて、ルイスはテキサスから運んだ食材を馬から降ろし始めた。彼の心は、愛する王蓉への想いで満ちていた。
この遠い地で、父ヘクターから受け継いだテキサスのバーベキューのレシピを彼女と共有することで、彼は二人の間の愛を深めたいと願っていた。
しかし、王蓉は異なる提案を持ちかけた。
「貴方のために、私が中華風のバーベキュー料理を提供します。これは、貴方の愛を受け止められない私からの、せめてもの償いです」
と彼女は言った。
その夜、王蓉が用意した羊肉串、烤鴨、そして烤肉は、炭火の温もりと共に二人の間に新たな絆を築き上げた。羊肉串は、クミンと唐辛子の香りが強く、烤鴨の皮はパリパリに焼き上がり、烤肉は醤油と五香粉の深い味わいを放っていた。ルイスも王蓉も料理をしながら、互いの文化と愛情を肴に語り合った。
恩施沐撫大峡谷の静寂を破るように、ルイスと王蓉は互いに深い愛情を確かめ合う。しかし、その愛は、過酷な現実によって試される。王蓉は家族という大切な絆を持ち、ルイスには重大な使命がある。彼は中国全土の征服と人民の解放、すなわち「中国を侵略する諸外国から守る」という責務を背負っている。この使命は、彼らが共に暮らす希望を遥か彼方に追いやる。
夜の帳が下り、彼らは焚き火のそばで寄り添う。ルイスの目は、遠くの星々に思いを馳せ、王蓉の瞳には涙が浮かぶ。「私たちの愛は、この世界のどんな困難にも勝ることができるだろうか？」とルイスが呟く。王蓉は静かに首を振り、「愛は時に、最も重い鎖となる」と返す。二人の心は、愛し合いながらも、それぞれの立場と責任によって引き裂かれていく。
彼らの愛情は深く、純粋だが、現実の壁は高く、厚い。王蓉には夫と子供がおり、ルイスは中国を守るという使命に生きる。この夜、二人は互いの温もりを感じながらも、共に暮らすことのできない辛い運命を受け入れざるを得ない。その複雑な事情は、彼らの愛をさらに尊いものに変え、彼らを知る者に深い感銘を与える。
その夜、ふたりはもう一度結ばれた。ともに寝袋の中で過ごす限り、お互いを求め合う強い情熱を止めることは不可能であった。先の保証のない愛が故にふたりの愛は更に深くいや増すのであった。
☆王蓉とルイスの会話
王蓉は、土家族と苗族の風俗について詳細に語り、その生活様式、居住形態、衣服、飲食、そして民謡についての知識をルイスに提供した。土家族は高い丘に住むことを好み、山の中に多く住む一方で、客家族は山の外に多く住んでいる。土司時代には、特定の地位にある者だけが木枠の家に住み、装飾が施されていたが、一般の土民は竹と茅草で作られた家に住んでいた。現在の土家族の家屋は、「吊脚楼」スタイルが主流である。苗族は集合居住を好み、住居は非常に簡素な「三本の柱が天に通じる」構造か、比較的良いものが吊脚楼である。
衣服については、土家族は伝統的に長い髪をたらし、短い衣を着用し、裸足で歩くことが特徴であり、布で額を締める。男女ともに頭を包み、黒や白の長い布を巻く。苗族の服装は多様であり、女性は一般的に襟なしの斜め襟の上着を着用し、男性は襟なしで右斜め襟が好まれるが、若者は対襟を多く着用する。
飲食においては、恩施の特殊な地理環境により、土家族と苗族の食文化には四川の辛さと湘西の塩辛さが融合している。土家族は雑穀を主食とし、腥臭い味や辛いものを好む一方で、苗族はキビやジャガイモを主食とし、酸っぱい辛いものを好む。
民謡は、労働や日常生活と密接に関連しており、清新で悲哀感があり、郷土風俗や恋愛を主なテーマとしている。代表的な曲としては、「黄四姐」、「龍船調」、「柑子樹」、「巴東石工号子」、「六口茶」などが挙げられる。これらの民謡は、恩施の土家族と苗族の文化のユニークな特色を形成している。
王蓉がルイスに提供した情報は、土家族と苗族の豊かな文化と生活様式を反映しており、その独特の風俗、居住形態、衣服、飲食、民謡は、これらの民族のアイデンティティと深く結びついていることを示している。
ルイス：吊脚楼とはどういう建物なのだろう？
王蓉はルイスに分かるように詳細に教えてくれた。地元の人間でないルイスにとってはすべてが目新しく新鮮であった。
＊＊＊＊＊＊
吊脚楼は、主に土家族や苗族によって建てられる伝統的な建築様式であり、その特徴的な構造は、その名の通り、建物の一部が地面から吊り下げられているように見えることから名付けられています。この建築スタイルは、山岳地帯や不整地に適応するために発展し、自然環境と調和するとともに、生活空間を有効に活用する工夫が見られます。
吊脚楼の主な特徴は、上階に人が居住し、下階が開放されて家畜の飼育や物資の保管に利用される点です。この構造は、洪水から住居を守る効果があるため、水辺や急峻な斜面に建てられることが多いです。建物の基礎は柱で支えられ、その柱はしばしば岩やコンクリートの上に立てられますが、地面に直接接触することはありません。これにより、湿気や害虫から建物を守り、自然換気を促進します。
吊脚楼の建築には木材が主に使用され、屋根はしばしば茅や瓦で覆われます。内部構造は、生活空間、祖先を祭る祭壇、そして厨房が一体となった多機能的な空間配置が特徴です。火坑があり、そこで料理をしたり、冬場には暖を取るために使用されます。また、吊脚楼の内部では、穀物や食材を乾燥させるための空間も設けられていることがあります。
このような吊脚楼は、土家族や苗族の生活様式、社会構造、そして自然環境に対する深い理解と適応の結果として生まれた、独特で実用的な建築様式です。
＊＊＊＊＊＊
王蓉：ルイス様。明日の朝早くに、吊脚楼を見物にいきましょう。百聞は一見にしかずといいます。帰りの道中にありますからそこに立ち寄っても帰宅予定の日「6月14日日曜日」までには間に合いますわ。
ルイスは承諾の印に彼女を優しく抱きしめ、キスをした。ふたりの語らいは夜が白むまで続いた。このふたりだけで抱き合って過ごすひとときを永遠に離したくない思いがふたりをそうさせた。明後日にはそれぞれの道を行かざるを得ないのである。
翌朝、ふたりは出発した。
ルイスと王蓉が訪れた土家族と苗族が共に住む寨「村」では、古い「吊脚楼」が語り部によって紹介された。その一つには、数世紀前に建てられた吊脚楼があり、そこにはある有名な土家族の長老が住んでいたという。長老は、その独特な建築技術で不便な山岳地帯に適応し、一族を豊かな収穫へと導いた英雄であった。この話を聞きながら、ルイスは土家族の知恵と生活の知恵に感心した。
一方、王蓉は苗族の女性が身につけていた華やかな衣装の背後にある物語をルイスに語った。彼女が着ていた衣装は、「百鳥朝鳳」と呼ばれるもので、苗族の中でも特に地位の高い女性が着用するものだった。この衣装は、祖先から受け継がれた手法で細かく刺繍されており、それぞれの模様には家族の歴史や自然への敬愛が込められていた。ルイスは、苗族の衣装に込められた深い文化的価値と、それを通じて表現されるアイデンティティの重要性を理解した。
春が訪れた恩施の大地には、土家族が春祭りの準備で賑わっていた。ルイスと王蓉は、村の広場で行われる色とりどりの祭りの様子を見守っている。土家族の男女が伝統的な衣装を身に纏い、祖先への祈りと豊かな収穫を願う古式ゆかしい舞を披露している。その舞は、力強くも優雅で、祭りの歌声は山々にこだまする。ルイスは、この祭りが土家族にとっての絆と共同体の象徴であることを深く感じ取った。
一方、苗族の村では、姉妹飯の準備が進められていた。この伝統行事は、苗族の女性たちが家族や友人を招いて、さまざまな手作りの料理を共有する機会である。王蓉はルイスを手伝わせ、彼らは一緒に鮮やかな色の野菜や山の幸を使った料理を作った。食事の時間、彼らは地元の酒を囲みながら、古くから伝わる物語や歌を交えて、絆を深めていった。
☆最後の夜「6月13日土曜日午後10時」
ルイスは、遠く異国の地での生活と土家族との深いつながりの間で葛藤していた。彼は自分の使命と恋愛感情の間で引き裂かれ、王蓉との将来について深く考え込んでいた。その夜、ルイスは王蓉に対して、自分の心の中にある不安と期待について打ち明けた。「私たちの愛は、遠い距離と異なる文化の壁を超えられるだろうか？」という疑問を彼は投げかけた。この瞬間、ルイスの内面の葛藤が明らかになり、彼の決断の背後にある動機が浮かび上がった。彼は初めて言葉で王蓉を愛していることを告げた。
一方、王蓉もまた、ルイスとの関係において自分の立場と感情について深く悩んでいた。彼女は自分の文化と家族への忠誠心と、ルイスへの愛情の間で揺れ動いていた。王蓉は、彼女の心の中で戦いながら、自分の祖国と文化を離れることの意味をルイスに語り掛ける。「私たちの愛は、私の祖国と文化及び家族以上に強いのか？」という問いは、彼女の内面の葛藤を象徴していた。
☆6月14日日曜日午後6時。恩施沐撫大峡谷にある土家族首長：楊志邸
ルイスと王蓉は無事に帰宅した。李美麗と王蓉の家族が勢ぞろいしてふたりを迎えた。王蓉は夫の楊志にルイスから預かった額面3万両の小切手を渡し、彼女の発見した金属鉱山の仕事がルイスによって承認されたことを伝えた。楊志は喜色満面でルイスにお礼の言葉を述べた。
王蓉の姑、劉淑珍が主導して用意した「湖北省恩施の家庭料理」による夕食の光景は、地方の豊かな風土と伝統を反映した温かみのある一時を描き出す。
この夕食では、恩施紫油厚朴、恩施玉露、恩施土豆、板橋黨参など、恩施の名産がふんだんに使用されている。紫油厚朴から作られた香ばしい料理、新鮮な恩施玉露で煮出した清涼感あふれるお茶、もちもちとした食感の恩施土豆を使った家庭料理、そして滋養豊かな板橋黨参を活かしたスープなど、恩施の土地が育んだ食材の味わいが、食卓を通じて家族の絆を深め、ゲストのルイスにも暖かい歓迎の意を表している。この夕食は、恩施の文化と伝統を称え、地域の特産品の豊かさと多様性を祝福する場となっている。
☆ルイスの決断
夜更けの恩施で、ルイスは深い葛藤と孤独感に包まれていた。彼の心は、遠く異国の地での重い使命感と、王蓉への強い愛情との間で引き裂かれていた。彼は過去の出来事を思い返し、自分が果たすべき役割と個人的な幸福の間でのジレンマに苦悩する。一方で、王蓉との共有した純粋な瞬間と彼女の笑顔が彼の心を温かくし、彼の人生に新たな色を加えたことを思い出す。
ルイスは、異文化間の愛が直面する困難を乗り越える勇気を内省し、自分の感情と向き合いながら、彼女への未来についての決断を彼女に委ねることにした。この瞬間、彼は自分自身との対話を通じて、選択の重みと、それに伴う不確かさを受け入れる勇気を見出した。ルイスは王蓉に対し、自分の野心と彼女への愛情を打ち明け、二人の未来についての決断を彼女に委ねた。
ルイスからの求愛を受け、王蓉は自身の未来について深く考えることになった。彼女の心は、文化的アイデンティティとルイスへの愛情の間で激しく揺れ動いた。彼女は内面の声に耳を傾け、"私たちの愛は、私の祖国と文化、家族以上に強いのか？"と自問自答する。
最終的に王蓉は、ルイスとの愛が彼女の人生で最も大切なものであるという決断を下す。しかし、彼女はこの決断を祖母に相談することを選び、祖母の家を訪れる。祖母との対話では、王蓉がすでに下した決断に対する追認を求めるに過ぎなかった。祖母は、王蓉の決断を深い理解と愛情で受け入れ、彼女に対して暖かい支持を示す。この支持により、王蓉はルイスと共に新たな人生を歩む勇気を得た。
ルイスと王蓉にはまだ難しいことが残っている。王蓉は夫の楊志や子供たちにルイスと一緒に歩むことを打ち明けなければならない。ルイスが一緒に行こうと言ったが、王蓉はひとりで行くと言って譲らなかった。夫が怒り、泣き喚いてくれればまだ良かっただろう。だが楊志は黙って母親つまり王蓉の姑、劉淑珍を連れて家を出た。
王蓉は彼が子供たちを置いて行ってくれたことに感謝し、慟哭した。ルイスは直ちに決断し、王蓉と一緒に彼女の実家に行った。彼女の父親に会い、土家族の首長を楊志に代わって引き受けてもらわねばならない。
今回はここまでにいたしましょう。次回をお楽しみに。
後書き
第20話は、愛と文化のギャップを超えた深い人間関係の構築を巧みに描いたエピソードであり、ルイスと王蓉の愛の物語を通じて、文化的な理解と共感の重要性を強調しています。彼らの物語は、異なる文化背景を持つ人々が真の理解と受け入れに至る旅を象徴しており、読者にとって深い感動と共感を呼び起こします。
