震災遺構 | 老$の徒然草

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震災遺構>大槌旧庁舎、保存か解体か 検討委も結論出ず 東日本大震災から間もなく2年。被災地では津波の被害や教訓を伝える「震災遺構」をめぐって、今も賛否に揺れている。当時の町長や職員40人が犠牲・行方不明となった岩手県大槌(おおつち)町の旧役場庁舎について昨年11月から保存・解体を検討してきた委員会は23日、両論併記で報告書を出すことを決めた。結論を出さないまま委員会を終了。町は3月末までに方針を示す予定で、難しい決断を迫られる。


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今日、上のニュースを知った。
所沢市と交流がある岩手県大槌町、大槌町碇町長の講演でも、保存か解体かで町としも決められないと言っていた。
やはりと思ったが、かなり時間がかかる問題なのだろう。
一方、震災遺構の保存活動に力を入れる減災・復興支援機構(東京)の木村拓郎理事長は「南海トラフ地震に備えるため、震災遺構の役目は重要だ。被災者にはつらいだろうが、復興支援への恩返しとして保存を検討してほしい」と訴えている。

被災地では今も「忘れてはいけない教訓」と「忘れたい悪夢」のはざまで、住民の心情は揺れ動いている。
もうじき、あれから2年になる。
またまだ復興住宅完成のニュースは少ない。このままだと、仮設住宅の生活が長くなりそうだ。
俺と同年代かそれ以上のお年寄りにはつらいだろう。
今、俺たちが一番渇望するのは、被災地の復興だ。
3.11で被災した人々が日本人で良かったと言ってくれることだと思う。
オリンピック招致成功でも、WBS優勝でもない。


岩手県大槌町は、特別な場所なのだ。


去年の天皇陛下の歌に

「津波来(こ)し時の岸辺は如何なりしと見下ろす海は青く静まる 」

豊かな海づくり大会で当地を訪問されたことがある陛下がヘリから見られた眼下の惨状を謳ったものと思われる。天皇皇后は大槌町の旅館で休憩されたか投宿されたのではないか。
震災後各地を訪れた天皇陛下が最も心を痛められたのは大槌町ではないかと思う。
たけしのCMじゃないが、我々庶民だったら“海のバカヤロー”だ。


今年の秋篠宮殿下の歌に

「湧水(ゆうすい)の戻りし川の岸辺より魚影(ぎょえい)を見つつ人ら嬉しむ」

秋篠宮は、震災前から大槌川上流に生息する「イトヨ」という小魚に興味を持っていた、この歌は震災後に訪れた時のもの思われる。


  イトヨ
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大槌町長もICTに詳しそうだったが、東北の被災地では、ちりぢりになった住民がNETで集えるようにとSNS/Facebookが活用されているらしい。


大槌町長の講演要旨


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