サードキャリアで行動が重要な理由

2025年12月20日  大圖健弘

 

 サードキャリアを考える中、私たちは「考えるよりも行動しよう」をモットーに対処をしていくことが必要だと感じている。その背景は、自分の行動の個人を取り巻く環境に対する影響の大きさの変化である。何か自分のキャリアの中で行動を起こそうと考えた場合、これまで特にキャリア形成の初期の時代にはその行動が所属する組織があったり、利外関係が強い仲間を巻き込んだりする可能性が高く、またそれ以降も、社会で自分の活動が認められてくる時代になると、その行動が利害関係者だけでなく第三者に及ぼす影響が高くなったりで、まず何らかの行動を起こす前に、十分にその行動の内容や行動による結果を考え、自分の行動について考えておかなければ、とんでもない影響を組織に与えたり、失敗による損害を周囲の方々に与えたりする危険をはらんでいた。

これに対し、サードキャリアを歩む時代になると、自分の行動が周囲の環境に与える影響がそこまで大きくなくなってきている。行動によってまずは大それた影響は周囲におよぼすことはすくないのである。また、この年代になると、一握りの層を除けば、行動にかけることができる資金も限られており、その結果、もし何らかの失敗をしても大きな損害を被るような危険性が低く、結果、やり直しもできる可能性が高いところにその行動の特徴があるように感じる。この意味ではいろいろ考えることもまず行動する意味がある。その行動は勿論ビジネス的な意味合いを持つものでも、趣味に関すること、ボランタティア活動に関することでも問わなくともよい。ただ無為に日々を過ごすより、何か行動をしてみることが重要だと考える。

 こうした行動をまず「考えるより先に行う」ということに次の意味は、サードキャリアの年代になると、そんなに考えることを行う時間も少なくなっていることも挙げられる。定年年齢が65歳から70歳に引き上げられる中、サードキャリアとして活動する時間はそんなに長くはない。その中で「じっくり考えて計画を立てて」ということに時間を取られるわけにはなかなかいかない。何かを行うとしても、その何かを探し出したら、まず実施をしてみて一歩一歩積み重ねてみるという方法で実績を作って行くことが短い時間を有効に活用して行くのに重要なことではないかと思う。これまで述べたように、この行動は、大きな結果を必ずしも求めるものでもない。むしろ行動するというプロセスが重要で、生きがいを持って、社会に貢献をしていくと行くことが第一目標になる。こうした、行動をまずはじめ、ヒットアンドエラーを含め行動の中で修正を加えながら、社会に貢献したり、仲間との絆を深める機会としたりして、サードキャリアの活動として持ちたいものである。

 

 

                                 以  上

2025年12月21日
延川和治


サードキャリアに直面され、次のステップに困っておられる方も、少なくないのではないでしょうか。

人は、大事だと思えば思うほど、よく考えたくなる傾向があると思います。
まてよ、失敗はしないように、後悔しないように、この考えは本当のことか、まだ何かあるかも知れないと。
でも、そこまで考えられて、そこからさらに良い考えが出てきた経験は、余り多くないのではないでしょうか。
考えるだけでは、考えがぐるぐる回るだけ、でしょう。

そんな自分でも、判らないことを、いつの間にか自分で調べて、自分の更なる考えにつなげていると思います。 「調べる」という行動を、無意識にしていると思います。 
行動して、次の考えへ、さらに次の行動へ、と進んでいることを、思い起こしてください。

今までの御自身のキャリアのなかでも、思い当たることがあるのではないでしょうか?
あのとき、自分の提案を発表したとき(行動)、こんな反応を頂いたことが、自分のなかでの気付きに繋がり、次の発展(次の考えと行動)につながっていったように。

長く悩んでいるだけでは、先には進まない。
行動を起こさなければ、新たな気付きは得えられない
自分が何にもっとも幸せを感じるのか、何を求めているのかを、本当に知っていくには、
悩みが一杯になったとき、こうと思うことを始めてみる。
これが次を作るのではと思います。

・    自分のキャリアへの思いを書いてみる
・    信頼出来る人に話ししてみる、参考意見を聞いてみる
・    キャリアコンサルタントへ相談をしてみる
・    アセスメントを受けてみる
・    そして思いを巡らし、思い立ったことをやって見る

そこで見えてくるもの、体験すること、気付くこと、それらが次の挑戦への土台になると思います。

サードキャリアは、いままでのキャリアより、自律性が高いと思います。
キャリアを発揮する場も、いろいろな考えができ、断然広いと思います。
どこへ向かうのかは、あなた次第。
あなたが思うあなたと、第三者が思うあなたの違いを、意識しながら、御自身のお考えが、ある程度のところに来たら、そのとき思うところへ、踏み出されて見ませんか?

思ってもいなかった世界に出くわすかも知れません。
思ってもいなかった気付きに出くわすかも知れません。
それらが、より良いあなたのサードキャリアの自律につながっていくと思います。

一歩前に出てみましょうか?

 

以上

 

考えるより、行動をしよう「アジャイル」で

 

2025年11月27日 鈴木 友之

 

皆さんは、重要な事柄を行動に移すのに、考えることにどのくらい時間を要しているでしょうか。いろいろな企画を頭に浮かべながらも、なかなか行動に移せないことは多いのが実情のように思います。しかし、重要な事柄の行動を思い出してみると、行動へ切り替える瞬間は意外と短い、それこそあっけないことが多いように思い直します。

 

私自身の今までの節目に思う行動への切り替えは意外と短かったようです。例えば、就職の応募先や内定先を決める時。私の就活時代は1社から内定が出て受諾すれば就活は終了の時代でした。ですから、応募先を決めることが重要でした。応募には締め切りがありますから時間の余裕はありません。学校に掲示される募集リストから応募先を選びます。従い、予め応募条件をリストしておいて、その条件リストに合うか合わないかで応募先を選択し、優先順位と試験日を見比べながら決めました。意外と時間的余裕はありませんでした。そうなると、与えられた時間内に決める必要がある。そう、締め切りがあるのが重要ですね。今のように、何社も内定を得られると、決める時間が出来て迷うことにつながるようです。決める第1のポイントは「締め切りを設ける」ことと言えるのではないでしょうか。

 

では、結婚のように締め切りが実質ない場合はどうでしょうか。私が若かった時代は、周りが結構心配して、見合いの紹介をするという時代でした。そのような場合には、周りが条件を整理して進めてくれる。或いは、本人が「釣り書き」を準備する中で、条件を紹介者に伝えることも多くある時代でした。そう、「条件を整理する」ことが第2のポイントになると思います。

 

そして、紹介者の説明する条件とのマッチング状況を確認すべくデートをするのですが、これは男性が費用負担をするのが当たり前だったようです。私は見合いではなく自己解決でしたが、費用負担は確かに男性持ちだったように記憶します。それがあると、女性のほうはいつまでも男性に負担させるのは失礼にあたるということで、決断をすることになります。男性のほうもいつまでも負担するのは勘弁ということで、懐とも相談しながら(?)決断をすることになります。その時に決める決め手は何でしょうか? 私は「勘と度胸と、難波節」、即ち第3のポイントには「感情を大切に」を挙げたいと思います。

 

しかし、以上の3つのポイントには弱点があります。第1の「締め切りを設ける」と言っても締め切りが遅くては意味がありません。第2の「条件を整理する」と言っても条件が多すぎては条件を満たすことは得られないでしょう。第3の「感情を大切に」と言っても一時の感情に流されては逆効果です。そこで提案したいのが第4の、しかし最も重要な点になるのは「アジャイル」です。「俊敏な」とか「迅速な」と訳されています。ソフトウェア開発で普及が始まった方法です。完全な完成品にするのを待たずに、ある程度完成したら使用に供して不具合を直して完成させていく方法です。就活における「インターンシップ」もこの応用になるといえます。最近は、結婚よりも同棲が先になっているようです。ある意味「アジャイル」ではないでしょうか。

 

「考えるより行動を」と言っても、以上の4点を大切にして考え行動されることを胸に刻んでいこうではありませんか。

 

以上

サードキャリアにキャリアプランは?

 

2025年10月5日 大圖健弘

 人生を計画的にすごしていくためにキャリアプランを策定することが必要ということが、いろいろなところで提唱され、これから社会人として活躍していこうという方々がキャリアプランについて考えるといったことも多くなっていることと思う。

 しかし、サードキャリアに進む年代になった世代にとってはちょっと考えると、「もうキャリアプランを策定することが必要でなくなったのではないか、なぜなら、時間は自由に使えるし、計画的に物事を進めなければならないという、外部からの要請もないのだから.わざわざそんなことまでするのは面倒だ」という感じでとらえられることと思う。サードキャリア世代にキャリアプランは不要なのだろうか、ということについて考えてみたい。

 これまで暮らしてきたセカンドキャリアまでの生活というのを振り返ると、例えば、社会人をスタートし、仕事キャリアを積んでいく段階ではほとんどの人が、組織に属し、勤め人としてキャリア生活を始めることになっていると考えられる。確かに、「社会人生活を始めるにあたって、仕事生活を終えるまで、40年近くの間、自分はどうしていこうか」と考えた特にキャリアプランとたてることは重要なことのように思うかもしれない。しかし、少なくとも組織に属し、その組織の目標を達成すべく、日々精進している間においては、その組織が自分の目標や日々しなくてはならないことを指示してくれるのであって、極端に言えば、その指示に従っていれば、何らかの成果も残せるし、何とかなっていく世界である。また、セカンドキャリアを過ごす年代になり、新しいことにチャレンジすることに当たっては、まだまだ先が長いキャリアの中、家族がいればその家族を養うことも必要になり、キャリアプランとしては、いかにセカンドキャリアとして自分が見定めたもので成果を残して行くかに邁進する世界である。ここでも、キャリアプランとして目標を定め、それを達成するということはもちろん必要だが、日々の暮らしで行くと、そのために時間を使うことが要請され、自由度というものがあまりない世界である。つまり、セカンドキャリア世代までは、キャリアプランといってもある意味、目標を定め、それに対しでどうするかを決めていく世界で、日々の生活はそれに向かっていく過程をこなすことで占められるため、自由度は必ずしも高くない世界ではなかったかと思う。

 これに対し、サードキャリアのキャリアは随分様相が違ってくる。まず、勤めるといった状況が無くなることが多く、多くの人は、その日々の生活を自分の意志、裁量で暮らすころになる。「その日をどのように暮らすか自体がまず自分にかかってくる。」また、多くのサードキャリア年代の人たちは、子育ても終了し、あるいは年金といった制度も活用することができ、これまでのように何かを稼ぐという必然性も薄れる。つまり一気に生活の自由度があがる。逆に、自分が活躍できる時間というものが非常に短くなってくる。人生100年時代といっても、多くの人が活動を活発に行える時間は、80歳代半ばごろまでであり、そうした意味では、この短い時間の中で納得してキャリアを積めるようにしなければならないのである。ある人はまだまだ仕事でがんばりたいと思うかもしれない。ある人はこれまでできなかった趣味を極めたいと思うかもしれない。ある人は社会貢献が必要と思うかもしれない。こうした個人の目標を、以下に満足に達成するには、これまでのようにある程度目標と筋道だけを決めておくだけではだめかもしれない。短い期間の中で行うのであるから、日々の時間の使い方をある程度明確に定め、具体的な行動の計画を立てていく必要があるかもしれないのである。その中で、サードキャリア年代になると、これまでのように、体も思うよう動かなくなる可能性も出てくる。片や自由度が増すが片やキャリアを積む時間が短くなってくる、こうした現実の中でノープランで過ごしていくと、結局自身がサードキャリアで実現したかったことが全く実現できずに終わってしまう危険性も出てくるのである。

 このように考えると、実は、サードキャリアの年代こそ、具体的なキャリアプランを立てて、実行することが求められるなんだということがわかる。人生、いつまでもノープランでいることは許されそうに無いようである。新しいプランニングに挑戦していこうではないかと思う。

 

                              以  上

2025年10月4日
延川和治

 

サードキャリアでも、その目標設定プラニング、目標達成への行動プラニングの重要性は、いままでと、変わりなしと理解している。
キャリアには、いろいろな思い、能力、環境などの要素があり、それぞれが作用し合うが、究極は、やはり、自分が生涯に渡って追求、発揮しつづける社会的役割の達成という表現にて、その目標をまとめることができるのではないだろうかと思う。

自己への気付き、自己の把握、目標の設定、行動の計画、実際の行動、という流れ、プラニングと行動の流れには変わりはなしと思う。
自分で考えて、考えて、親しい人にアドバイスを求めながら、自分をつかむ。真の自分に気付く。
セカンドキャリアの目標が、未達でもいい、サードに向い、それを継承するのか、新たな目標にするのか、今一度自己に帰り、自己を把握し、体力や社会通念を含む環境の変化を掴み直し、信ずる目標に向う計画をたて、行動する、それがサードキャリアのプラニングになると思う。

人生は、山あり谷あり、右に折れ、左に曲がり、後に戻り、前に進み、ときには大回りし、時には大きくジャンプしと、不定形の連続、それでも、変らず求めるものは自分が追求、発揮したいと心の底から思うもの、ではないだろうか。

毎日が計画の想定と違う現実に出会うことも、いままでのキャリアで経験済み、それらを取り込みながら、自分の発揮したいことを目指し、一歩一歩歩み続ける。
常に前向きに、常にポジティブに、そしてひたすらに。

自分自身が、自分自身の生きる価値に気付き、それを認識し、実行し、目標を目指し、歩んでいく、それがサードキャリアの生きる希望と幸せにつながるのではないだろうか。

 



以上
 

変化の激しい時代のキャリアプラン

 

2025年10月4日 鈴木 友之

 

 かつて転職は30代までと言われた時代がありました。しかし、いまでは転職は入社してから定年まで何時あってもおかしくない時代になりました。特に新入社員の転職サイトへの登録数は10年前に比べて約6倍になったと、ある転職サイトは伝えています。背景には、就職内定は得たけれど、より良い条件ややり甲斐のある仕事への意欲、それを可能にする労働市場の流動化があげられます。また、企業業績が思わしくないという理由だけでなく、業績が好調でも事業変革の一環でリスキリングを進めるのはもちろん、更には事業売却やリストラを進めることをいとわない時代になりました。まさにVUCA(*)の時代と言われる所以です。

*注:V=Volatility(変動性)、U=Uncertainty(不確実性)、C=Complexity(複雑性)、A=Ambiguity(曖昧性)

 

 そのためには、キャリアプランの視点からはどんなことに意識を向ける必要があるでしょうか。キャリアプランの基本は変わらず、①興味・関心、②価値観、③能力の3つの自己理解を基に社会や産業構造の変化を俯瞰し、労働市場でのニーズの変化を把握していくことが第一。そして自己理解での3点をより大きくするために興味・関心を広げ、能力を高める行動が欠かせません。しかし、VUCA時代にどんな能力を高める、即ちリスキリングしたら良いの分からないのが実情と思います。以前のようにPDCAという方法で計画を立て、実行する段階で、早くも求められる能力が変化していく、或いは新しい分野の仕事が登場して新たな興味が沸き、今までにはない分野のリスキリングを素早く行うといったことが当たり前の時代になりました。

 

 そこで登場するのがOODAという方法です。既にご承知の方もいると思いますが、O=Observe(観察)、O=Orient(状況判断)、D=Decide(意思決定)、A=Act(行動)です。PDCAのサイクルでは遅い、特にP=Planを終えてD=Doに入るころには環境が変わってしまっていてPlanからし直さなければならない様では物事が進まないというスピード感への対処方法になります。変化している状況を常に観察して、ここと思うタイミングで新たな行動に打って出ることがポイントになります。

 

 では、どうしたらそのようなことが可能にできるのでしょうか。そこで抑えておきたいことは次の2点です。第一に、O=Observeと言っても、ただ漠然と観察していても何の手掛かりも見つからないことはご理解されているとおりです。どういう自分になりたいのか、どのように世の中に貢献したいのかという目的を明確にしておくことが大事になります。そのうえで、世の中の変化、社会や産業構造、技術進歩等を俯瞰していくことで、これだという自分なりのチャンスが見えてきます。「チャンスは前髪にあって、後ろ髪にはない」ということわざの通り、虎視眈々と目を凝らすことに加えて、チャンスをつかむに足る能力を日ごろから磨いておくことがもう一つのカギになります。これはキャリア理論でいうところの「プランド・ハプンスタンス」ということに他なりません。

是非、自分はどうなりたいか、どのように世の中に貢献したいか目的を明確にして、そのために必要な能力は何かを考えリスキリングに励むというOODAを実践されることを応援します。

 

以上

サラリーマン脳とコンティンジェンシープラン

 

2025年9月7日 鈴木 友之

 

 私が企業に就職して定年まで過ごした40年間弱を思い起こすと、まずいろいろとチャレンジする機会を持つことが出来た。その中で、成功し納得できる成果を得た機会があった一方で、不満足に終わったものもあった。不満足に終わったものを振り返ると、それがゆえに命をとられるような結果に終わったものは幸いにも一つもない。もちろん、命を取られていたら今生きていないわけだが。実際チャレンジングなミッションと言えるリスクはあったが、谷に張られたロープを渡るようなものではなく、臆することなく意欲的に取り組むことが出来た。時には、取り組んだ時期の社会的な環境や組織の状況、更には自らの健康状態などから必ずしも意図したようには取り組みを進めることが出来ずに、軌道修正や撤退、任務交代といった残念な結果になったこともあった。

 

 自身の経験で健康問題から任務を外れることがあったが、それで人生終わりではなく次のチャンスは与えられた。健康を取り戻し気持ち切り替え、意欲をチャージし直して、新たなミッションに取り組むことが出来た。他の人の健康問題から急遽、プロジェクトリーダーの交代に入ったこともあった。その様なことを繰り返すうちに、だんだんと与えられた環境だけでなく自分の得意・不得意が見えてくる。もちろん、周りはよりシビアに人材評価して、その人を生かせるように新たなミッションを選択し、目指す成果を出せるように工夫をしていると理解した。

 

 そこで気づくことは、サラリーマンという立場においては、期待した成果を上げれば雇用する側も雇用される側も万々歳だが、期待した成果に至らなかった場合でも、その結果を参考にして人材を生かせるように雇用する側は考え、次の機会を考えていく。特に、日本の簡単には解雇できない雇用制度に於いて、雇用する側として必須の考慮ポイントだ。一方、雇用される側としては、チャレンジでの成功と失敗を通して自分の健康状態はもとより資質や興味の特徴を把握する。それらを生かした活躍へと工夫と努力をして雇用する側の期待に応え、自分の成長につなげることが出来る。すなわち、サラリーマンの強みの一つは、仕事の好き嫌いは別にして、仕事は与えられることにある。もちろん、チャレンジ制度などで自ら申請する機会はあっても、申請した仕事の事業計画が承認されなければならない点で、与えられるという位置づけになる。しかも万が一体調不良等でミッション遂行が不可能になれば、交代要員を用意してもらえる。これは、雇用が保証されていることだけでなく、雇用のバックアップ体制が出来ていることは、サラリーマンという立場のものすごい強みに思う。

 

 一方で、サラリーマンを卒業して自ら事業を始めることになれば、事業計画を作って周りの協力を得て仕事をするだけでは済まない。その事業での資金調達から開発・生産、購買、販売、マーケティングなどすべてを自己責任で協力者を得ながら運営しなければならない点が大きく違う。ささやかながら、個人事業主として講師・カウンセラーの仕事を始め、時には他の個人事業主や企業の人たちとも協力して仕事をするとき、一番の課題は人材のバックアップ体制だった。いま一緒に取り組む人たちとのチームはできていても、自分だけでなくチームの一人でも病気や事故で参加できなくなった時にどうするか。実際に一人急病になったときの交代を手配しなければならなくなった経験がある。企業の中でのサラリーマンという立場で交代要員を手配してもらえる環境との大きな違いとリスクを感じた。コンティンジェンシープランの重要性が顕在化した時だった。その経験をしてからは、仕事仲間との連携におけるバックアップ体制を常に意識し、お互いの健康管理に注意を払うようになった。コンティンジェンシープランにおけるサラリーマン脳を捨てた時だった。

参考になれば幸いだ。

                                                       以上

2025年9月6日
延川和治

長い間、会社という組織の中で活躍されてこられた皆さん
日々の仕事をやり遂げ、責任を果たし、組織に貢献してこられたことは、大きな誇りだと思います。 ご苦労様でした。

サラリーマン脳とは
    上司や組織からの指示を待つ、指示に従う。
    指示された役割の中でベストをつくす、その専門性を追求する。
    役割に不要な責任やリスクを避ける
などの感覚・思考様式。
これら、知らず知らずのうちに身についた「サラリーマン脳」と呼ばれるもの。
これまでは、この感覚がむしろ組織貢献につながっていたと思います。
ですが、御自身のセカンドキャリアやサードキャリアを考えるとき、この習慣が思わぬ壁になることがあります。

「相棒」がいなくなるとき
いままでは「指示」や「役割」という「相棒」が常にそばにいました。
与えられた目標に向かって努力し、チームや組織に貢献する。これは素晴らしい働き方です。
しかしセカンドキャリアやサードキャリアに入ると、その「相棒」がそっと姿を消します。
自分の進む道を決めるのは、自分自身。
目標を設定し、その実現のために行動を選び、責任を負うのも自分です。
もちろん、仲間とチームを組むキャリアの形もあるでしょう。 その場合はいままでの経験が活きるでしょう。
けれど、多くの人にとっては「相棒のいない道」、「自分がリーダー」「自分が選ぶ」「自分が決める」場面が増えると思います。

変化には時間がかかる
今までの「サラリーマン脳」とは真逆の世界と思います。
この変化への対応には時間がかかると思います。
だからこそ大切なのは、事前の準備と思います。
今のキャリアが終わってから「さて、何をしようか」と考えるのではなく、今のキャリアのうちにいるときから、少しずつ気持ちを切り替えていくことと思います。
これが次のキャリアを充実させるカギになると思います。

まずは御自身が、セカンドキャリア、サードキャリアで何をされたいのか、御自身の自己理解、御自分の目標設定を、準備期間に進められることと思います。

小さな準備のステップ
準備といっても難しく考える必要はありません。
たとえばこんなことから始められます。
    30分だけ時間をとって「自分がやりたいこと」を思いつくまま10書き出す
    「お金」「やりがい」「仲間」のなかで大事にしたいものの優先順位を考える
    過去のキャリアで充実感を覚えた瞬間を振り返り、その要素を抽出する
こうした小さな取り組みの積み重ねが、次のキャリアへの道標へのきっかけになっていくと思います。

最後に
セカンドキャリア、サードキャリアを充実させる第一歩は、「サラリーマン脳」からの卒業と思います。 「相棒」はなく、自分自身で選び、決め、切り開いていく。
その準備は、今から始められます。
これまでの経験は確かな財産。そこに新しい考え方を加えれば、これからの人生はもっと豊かになると思います。
    趣味を仕事につなげた人
    地域活動からやりがいを見つけた人
    小さな起業を始めた人
などなど。
変化への対応は、今からでも十分に間に合います。
ご自身のこれからのキャリアを、ご自身の手でデザインしていきましょう。

 

 

以上
 

サラリーマン脳とサードキャリア 

 

2025年8月31日 大圖健弘

 サードキャリアの議論をする中では、サラリーマン脳を脱却して、自律的に、自分のキャリアに取り組むといった内容の議論を伺うことが多くなってきた。確かに、サードキャリアを歩む年代になると、そもそもその年齢から雇い人になる機会は少なく、むしろこれまでの経験を生かして、独立して事業を行うことをキャリアとする方が圧倒的に多いと思う。事実、筆者もここ数年、個人事業主として活躍されているキャリアコンサルタントの方や社会保険労務士の方と仕事上密接にお付き合いさせていただいているが、こうした方々の多くがセカンドキャリア、あるいはサードキャリアとして活躍される方々であり、サラリーマン脳から脱却されて自分の世界を築かれている。

 しかし、筆者自身は、基本的には会社にやとわれている所謂サラリーマンとして日常を送っている。こうした筆者であるが、そうは言いながら従来のサラリーマン脳と違った行動様式や、行動原理がこのサードキャリアの中で芽生えているなと感じることがある。

 一般に、サラリーマン脳という表現は

①    サラリーマンの生活習慣として他律的に始終業時間が決定されており、時間に縛られた働き方をしている。

②    上記の結果、仕事のオンオフが明確であり、余暇の過ごし方も計画的に行える。

③    勤務時間によって収入が保証されるが他律的ある為、仕事の出来高等に対し執着がなく、投資的な考え方がない。

④    会社の中での評価等を主に認識し、顧客や周囲の為という認識が薄い。

⑤    上記に関連して、社内の競争に終始し、周囲が見えにくい。

等が挙げられている。

筆者もサラリーマンであるため、確かに時間管理面の習慣は若い時代とは変わっておらず、遅刻や早退には罪悪感を感じ、管理職でなくなっているため、かえってセカンドキャリア以前より時間管理面の認識は高くなっているように思う。特に、管理職時代については残業をいくらしても、給料と関係しないため、いつまでも深夜残業をしたり、時間雄管理にルーズなところもあったように感じる。その意味では、今の方が時間管理に関してはサラリーマン意識が高くなっている。

 しかし大きく従来のサラリーマンの考え方と変わったところがある。それは、先に挙げたサラリーマン脳の④⑤にあたるところである。現在の仕事においては、特に社内における評判や、社内の目を気にする必要が無くなっており特に社内での競争とも無関係になっている。この為、会社の中の意向よりも直接、顧客の意向を重要視でき、真のお客様志向の仕事ができるようになったと感じることが多い。確かに、筆者の仕事が、商品を売買する仕事ではなく、顧客がら受託したサービスの実施という仕事である、ということがその大きな内容であるからということもあるが、それでも、特に、初めて会社に入ってから、中年に至るまでの、社内競争への意識、また、社内の状況に関して忖度しなければならない状況と比較すると、サードキャリアとして今の仕事についている立場はかなり、顧客中心で、自由度の高い仕事ができていると感じられる世界となっている。

 サードキャリアとして組織に属さず、活躍されている皆さんは更にこうした自由度と、責任を担っていらっしゃることを思うと、筆者のような疑似サードキャリアを歩んでいるものは、まだまだ入門者に過ぎないが、少し考えると年によって、よって立つところが違ってくるのだなと感じる今日この頃である。

 

 

                              以   上

サードキャリアの挑戦と安全

 

2025年7月27日  大圖健弘

 筆者には30歳前の息子がいる。その息子は近年、ある合唱団に参加して活動をお子練っている。その合唱団が先週、あるプロの交響楽団と難解な「レクイエム」の公演を行い非常に好評を博した。その合唱団では、公演を行う際にはすべて暗譜であり、当日も、1時間を優に超える演奏曲目をほぼ完ぺきに暗譜で演奏していた。それでも、大変なことであるのに、9月には3時間近い大曲に挑むという。

 本職でもない息子がこのような公演に参画するのはまさに、挑戦というほかなく、すべてを暗譜し、間違いなく演奏することは勿論、その中でその曲としての芸術的な背景を理解し、指揮者の要求にこたえて演奏していくことは並大抵のことでは達成できない挑戦ではないかと思う。

 ここで、この話をさせていただいたのは、サードキャリアのおける挑戦が考えるにあたって、こうした挑戦ではないなと思ってのことである。サードキャリアを考える私たちの年齢にあっては、若い頃と違って、残念ながら体力的にも、記憶力等について考えてみても衰えを考えざるを得ない。その中で挑戦をするといっても無理をした挑戦はなかなか難しい。息子の例を考えるとそもそも3時間にも及ぶ演奏に耐えられるかどうか疑問であるし、それをすべて記憶するということもまず難しい。勿論何度か演奏していれば別であるが、それにしても、演奏する機会自体がそんなに多くなく、なかなか挑戦できない代物である。その中で、失敗すると、個人の演目ではないを言うことから、多くのメンバーに迷惑をかけてしまう結果に終わってしまう。たとえ、個人が満足する内容でも、多くにメンバーに迷惑をかける結果に終わっては、全体としての満足を得ることは難しい。

 こう考えると、サードキャリアにおける挑戦はおのずから安全を視野に入れながらのものでないといけないなということを強く感じる。勿論、よく目にする年配者の無謀な登山による事故などもそうであるが、ただ、挑戦してみたいからという思いで挑戦して、人に迷惑をかけたり、自分が危険な目に遭ったりすることは、是非避けなければならない。身が危険にさらされるということだけでなく、周りに迷惑をかけるということも避けなければならないことなのだ。独りよがりの挑戦でなく、第三者に迷惑をかけない安全な挑戦ということがサードキャリアに求められることだと改めて思う今日この頃である。

 

                              以  上