アダム・グラントのGIVE&TAKEはビジネス書、自己啓発本として読書が好きな自分を好きな気取った読書家からは厭われ、自分が賢いという自己演出をしたい意識高い系からは間違った解釈をされて頻繁に利用される悲しき著書である。

 

そもそも、ネットに書かれるこの本の要約や説明の大元が誤っていて、その誤った解釈を未読者が参考に新しく制作したファスト教養コンテンツを世に出し、それをまた…という形で、使いまわした画像がどんどん荒くなっていくような現象が発生している。(これに限った話ではない。ネットで学術的な事を調べるとほぼそうなっている。特に文系は間違いを正すオピニオンが出す事が非常に困難だから)

もはや人間の快楽、欲求の都合に合わせて、「学術的な知識を理解すること」という本来の目的から大きく乖離する系譜を辿るミーム(宿主の意志とは関係なく、自らを複製しやすい形態を持った情報が生き残る生存機械)である。

 

GIVE&TAKEなんてのはもうただ「人に親切に出来る人は成功者の素質がある」「人に要求ばかりをする人は人非人である」という理解しかもっていない。

そしてそんな理解しかできないからこそ逆に使う人が目立つ訳。頂き女子りりちゃんも使ってたよね。

「テイカー気質」がどうとか、いや、それわざわざギバー、テイカーとか横文字使う必要ある?というような、本来の文脈に関係ない使い方になる。

心当たりある人はここまでの話で自尊心が傷付けられたかもしれないが、今ならまだ引き返せるから正当化出来る理由を探すのはやめた方が良い(言葉は変わるものなんだ!とか皆言ってるから総意が正しいに違いない!とかそれってあなたの感想ですよね?とか)。

 

じゃあ何なんだよって話は、語りたい本題とはちょっとズレるが説得力の為、説明はしよう。

 

 

 

・GIVE&TAKEって本当はなんの話しているの?

 

端的に言えば、ゲーム理論、特に進化生物学で言う生存戦略の様な物をビジネスに当て嵌めた理論だ。

ここまでミームやら進化生物学やらを出しているが、この話しは丁度都合が良いのでそのまま引き継いで話をするとドーキンスの代表作、先にも度々挙げたミームという言葉の初出である「利己的な遺伝子」をそのまま引用すれば、10章乃至12章には、

・お人よし(Sucker)

・ごまかしや(Cheater)

・恨みや(Grudger)

という単純化した生存戦略(ESS)を例としている。

もうこの時点でギバーテイカーマッチャーを思い浮かべた人はいると思うが、厳密には全然違うものの、凡そそれらを当てはめてもらって結構だ。

お人よしに当たる自己犠牲型ギバーは一方的に損するし、ごまかしやにあたるテイカーは一方的に奪う為に当人自体のスコアに限ればプラスになりやすい。

恨みやは比較的マッチャーに相当し(正確にはグラントが推奨する他者志向型ギバー)、過去恩を返さなかった相手に対して何かしら復讐を行うという生存戦略だ。

恨みやという遺伝子が蔓延る事でごまかしやを監視、排除する事になり…とか、そう言う感じの話が展開されるのだが、アダム・グラントの理論も抜本的にはビジネス界での進化ゲーム理論的な話をしているという事だ。

 

つまり、ギバーが良くてテイカーが悪いなんて話はしていないのだ。

三つの生存戦略があり、個々人の話をすればテイカーが得をするのは当たり前だが、実は統計上ではギバーの方が成功幅が大きいし、生産性を持つ(略奪によるものではなく、お互いが補い合う戦略の為、市場全体にマイナスがない)。

ビジネス界がより良く健全かつ効率的になるにはギバーとマッチャーの性質を兼ね揃えた他者志向型ギバー(ここで言う恨みや)を増やした方がいい。

それは個人としても共同体としても得になる事なんだ。

って話なの。

 

最後にもう一度要約すると。

要するに、道徳の授業や人格評価の話ではなく『ビジネス市場という生態系で、どの戦略アルゴリズムが一番生き残って利益を出すか』というゲーム理論の話な訳だ。

 

 

 

 

・ここから考えられるファスト教養の弊害について

 

語りたい本題についてだが、冒頭で前述した通りファスト教養についてだ。

ネットで調べた事は一旦正しいかどうか保留した方がいい。

youtubeのファスト教養コンテンツでは引用元が書いて無ければ論外だし、書いてあっても怪しい。

しっかり力を入れていても解釈を誤る事は当然ある。

特に論文なんかは論文という我々無教養人はその言葉の権威に振り回されてしまうが、勝手な個人解釈を混ぜていい様に言ってる事が多いし、そもそも確度が保証された論文かどうかも怪しい(論文芸人だとナゾロジーやDaigoがいい例かな)。

ある学者もノーベル賞受賞のインタビューか何かで、論文なんて100件あって4年後には90件間違ってるなんて話もしている。

やっぱり真に受ける物ではない。(※科学哲学の入門として参考にするならサイエンスフィクション、教養としての査読等)

あとは例などをそのまま真に受けて単純化する事もあるだろう。たとえば私がつい先ほど書いたグラント理論の説明をみて「ビジネスのESSである」というように、例えを断言として理解・暗記されたらたまったものではない(実体としては進化理論的な発想で読み解いているだけ。どちらかというと、ゲーム理論の話って暗記した方がまだ遥かに正確)。

そして今時AIやネットでググればそれらしい情報がいくらでも出てくるし、敵もあの手この手でそれらしく演出してくるが、それを真偽を確かめられるかどうかは個々の教養によるもので、ネット社会では寧ろ知識に格差が生じると言われるのはこの部分だ。

誰しも自分は賢い。と確信を持っている為に、難しい問題なのだが、ある事を覚えておけば最悪を回避できるかもしれない。

その人が賢いと思われたいだけの馬鹿か、教養人かの見分け方があり、それはファスト教養を正当化するかどうかの境界がある。

ファスト教養も便利で上手く使う分にはいいが、ちゃんと調べる勉強するという行程を効率化する為のもので、飽くまでその工程をスキップできる物ではない。

スキップできる物ではないのだが、賢いと思われたいだけの馬鹿には都合が悪い為に自己欺瞞が発生する。

つまり、それを自分が行っているかどうかを注意する事が出来れば回避できるという事。