酔っ払った勢いで
何か訳の分からないモノを書いてしまった。

大雑把でメチャクチャだし
あれから先はとてもじゃないが

公の場で書けないレベルなので

書かないで良かった。

誰も見てないからと言って変なもの残しちゃだめですね。
酔わないように気をつけなくては。
精神的な疲労がピークなりそうなころ

あまりにも、隣人からの幻聴(?)が鬱陶しくなる。

僕の行動に合わせて説明をしているような

突然、言わなくなったり

徹底的に言い始めたりする

なんというか、都合の良い幻聴(?)

前回のこともあり、隣人が何かしているのでは?

などと、思いはじめてしまう。

と、ここまで書いて結局

本題は書けないや。

ただ、言えることは

世の中だれでも、なろうと思えば被害者になれるってことです。

とりあえず眠いので、以上。
かなり、ザックリになってしまっているけれど。
まぁ、伝わらないよね。

さて、きっかけは咳払いでした。

専門学校を卒業したあと就職したものの長続きせず

アルバイトを転々として

救急外来の事務員に落ち着いて来た頃(この時点で24歳)

当時、飼っていた犬の散歩の最中に

被害妄想だけれども

知らないおばさんが僕を確認してから

咳払いをした。

それから、すれ違う人々がかなりの頻度で咳払いをし始めた。

外にいると

こほん、ゲホ、こほん、ゲホ。
なんだ、そんなことかと感じるかも知れないけれど気になり始めたら本当に鬱陶しい。
被害妄想だけれども。
なんで、自宅で家族に話していた内容と重なる会話を
知らない人たちが、毎日してるんだ?とか
友達と電話で話した内容でなんで学生が笑っているんだ?とか
普通に生きたいだけなのに
応援されたり
馬鹿にされたり
初対面で嫌われていたり
興味が無いとか言われたり

意味が分からない。
自分は精神病などではないと腹の中で思いながら
家族のため
精神科に通院し安定剤も飲んで
専門学校の入学も決まり
2年くらいは平和でした。
家族も僕も

でも

また

始まりました。

誰かに聞かれている気がする、見られている気がする

八王子の家は窓は2重ガラスの気密性の高い一戸建て

嘘だろって感じだった。

専門学校で出来た友達(同じ会社に入社した)にも、なんか表情変わったねなどと言われ始める。
僕は神奈川で奇怪な行動をし始めた。
隣人が盗聴をしていると妄想を膨らませ
なぜか
生卵を投げたり
車のナンバープレートを曲げたり
かなり
おかしくなっていた。

そんなことをすれば住み難くなるなんて
すこし考えれば分かるのに(数年後同じ事が起こるとは)

母方の実家で三ヶ月間休養することになりました。

その土地は居心地が良く精神後退(母に抱きつたりしてた)した僕の心もだいぶ回復した。
ずいぶんと、まわりに迷惑をかけてしまったなぁ。

通信制の高校でなんとか高卒にはなれた、4年かかったけれども。

神奈川はかなり住み難くなってしまったので
新天地である八王子へ引っ越すことになった。

だけど、本当の地獄はこの後でした。
先に書いておきたい。
僕は自分の事をクズだと思っているし
いま、世間様から何を言われても仕方がないと思う。

現代の一般的な生活をしている真っ当な人は赤の他人の人生まで知りたかないだろうけれど
今までのことを全て書こうと、決意したので一応です。

ということで、高校を中退した僕は引きこもりになりました。
父は最初に打ち明けた時に泣いてくれました、母は僕の見ていないところで泣いていたようです。

だだの引きこもりだったら、良かったのですが
病んでしまった。
自分の部屋に盗聴器が仕掛けられているなどと僕は言い始めました。

父はお酒が入ると暴れてテレビを投げてきたりした。誰も聞いて無いから確かめろ!と言って
窓の前に一晩中立たされたこともあります。

一年くらい引きこもりをしていたと思う。
たまに散歩に外に出たときに、中学時代の友達に会ったことがありました。
その子は中学のころはどちらかというとイジラレキャラ的な子だったのだけれど
そのときは、すごく垢抜けていて「久しぶり!」などと声を掛けられ
なんだか酷く惨めな気持ちになったことを覚えている。

見かねた家族が、相談に行くだけだからと僕を市役所の精神相談へ連れて行きました。
なんで、ぜんぶ言わなかったのだろうか、僕は漏らしたから絶対に自分は臭いのだと心の中で思っていた。病気ではないと思っていた。
フレッシュな高校1年生の教室の中に便臭を漂わせている僕。

女子の中にはハンカチで鼻を押さえる子もいる

「くさい」が連呼される

その後の高校生活はもう決まってしまっていた。

それでも、一年間は通った

限界だった。

普通に考えれば、一年間も臭うはずがないし
臭いくらいで人間は死なない。
でも
一年間ずっと「くさい」と言われ続けた。
友達を笑わせるのが、外での生きがいだったのに
逆に迷惑をかけていると感じていた。

だんだんと、不登校になり

退学した、この時にやっと理由を家族に説明した。

でも、漏らしたことは言わなかった。
中学の卒業式を終え、高校入学式直前にかつてないほどの
便秘になる。

そして

成長期の人間には多すぎる量の便秘薬を服用する

嗚呼、本当にくだらない

布団の中で漏らす(大)

自宅では感情表現のない、クール(?)な人格で通していたので

誰にも相談できない

そのまま

高校の入学式へ。
関東の人間のピリピリした感じに動揺しつつも無事に小学校を卒業、柿生中学校に入学。

振り返るとここが人生の頂点だった。

人格が徐々に固まりはじめる。

自宅では感情表現なし、だけど学校では友達を笑わせることしか考えていなかった。
本当に平和な生活。

何事もなければ普通に成長していたと思う、たぶん。

でも、中学校卒業と同時に一生を変えてしまうくだらないミスをする。
生まれて初めて『ならいごと』をした。
どうゆう成り行きだったか忘れたが、水泳教室に通い始めた。
そこで生まれて初めて挫折をしました、あまりにもスパルタだった。
というか、なぜか僕にだけ女性講師は厳くまわりの子供が引くほど(主観です)でした。
とにかく、ピンポイントで僕だけよっぽど出来ない子だったらしくプールに顔を叩き付けられたりした。
すぐにサボるようになり、親にばれるが、何故かその頃から『感情表現ができなかった』
言い訳さえしなかったと記憶している。

母が自宅に友人を招いた際にゲームソフトをねだったところ、
たぶんあしらう心算だったと思うがOKと言ってくれたのを本気で喜んでしまい
あとではぐらかされた時に、母の眼鏡をへし折る等々。
小学生のころからその後の人生を暗示するような事をしている。

小学校5年生でまた神奈川にお引越し、それほど多くはないが友達がみんなで
お金を貯めて木彫りの熊をくれた(今も部屋に飾ってある)、別れ際には電車の見送りまでみんなで来てくれて
隣にいた母は泣いていた。