自分ブランドで生きる ~世界一シンプルな私の創り方~ -11ページ目

自分ブランドで生きる ~世界一シンプルな私の創り方~

自分で決めて、自分で生きる。
自分を愛して、自分を生きる。

「傷つけられた」という概念が消えている...

ふと、そう思った。
洗濯物を干していたら(笑)


「誰もあなたのことを傷つけることなど出来ない。」

以前、こんな言葉を受け取ったことがある。


そのとき理解したことと、今の理解とでは全く変わっている...

ということにも、今、気が付いた。


攻撃をはねのける強さがあるから傷つかない、のではなくて、

傷つくことなどありえない完全な存在。

攻撃する・攻撃される、ということから脱した存在。





日常の中に、不快な出来事は起こる。
別に、嫌なことが無くなるわけではない。

こんな生活スタイルになったというのに、
びっくりするくらい(笑)の出来事に遭遇して
それこそ、びっくりしたことも、だいぶあった。

怒りや悲しみは、当然、起こる。
苦しさも感じる。


ただ、それに対して

私は傷つけられた。
私は傷ついた。

という言葉をあてることが、自分の中には無い。



「傷ついた、と相手に言わないから、あなたはダメだ。」

そう言われ、反省して、そう言ってみたこともあった。


でも、それはずっと自分の中に違和感があり続けた。
それでも、その当時は、「それは私にはフィットしません。」と、それこそはっきりと主張することが出来なかった。
自分のことが今ほどわかっていなかったし、自分に自信が無かったから。


私には何かが違っていた。
その方法、考え方は、自分に全くマッチしていなかった。


私の中に、「傷つけられる」という概念が無くなっていたからだ。


私がとってもいい人で、何もかも許せるスゴイ人、だからではない。

くどいようだが、怒りも悲しみもおぼえる。

ただ、それは表層の部分で、そう、ただの「部分」でしかなく、
私という全体、その一番奥にあるものには、
「傷つけられる」という言葉を使う概念が、無くなっているということ。


やせ我慢しているんじゃないの?
自分の感情を押さえつけているんじゃないの?
みないふりしているんじゃないの?

そういう声も、自分の中に当然出てくる。
いわゆる、エゴの声ってやつが(笑)。


無い。

ただ無い。


私の奥から返ってくるこたえは、それだけ。


何度もくどいとは思うけれど、怒りも悲しみもあるんです。
ここを一番誤解して欲しくない。

でも、

傷つけられる存在では無い

ということを知っている、わかっている。

どう表現してもしっくりこないが、それでしかありえない。

今、空気を吸えることと同じくらいあたりまえに、そうでしかない。
空気は目に見えなくても、呼吸が出来て、自分は窒息することがないとわかっているように、当たり前のこととして。


自明。


なるほど、そういうんですね(笑)



傷つかない、のではなく、傷つくという概念が無い。


完全なものは、欠けることがありえない。

言葉にすると、どんどん離れていってしまうけれど。


表層で覚える痛みも苦しみも、自分の根底にあるものに立ち返れば、どうでもいいものになる。


痛みも苦しみも、「消えて無くなる」。

かつての私なら、そう言ったかもしれない。
その方が、かっこいいし(笑)。

でも、今は、「決して無くなりはしない」、と思う。

ただ、それがあってもいい、と思える。
無理に無くす、消す、必要を感じなくなった。

それがあろうがなかろうが、この「私」は何もかわらないから。

痛みを感じている自分も、それはそれでいいかな、と思う。
それもまた、面白いな、とどこかで笑って見ていられる。




じしんのないかみさまだった。

こんな言葉が浮かんだんだけど。

漢字変換したら、こんなふうに出た!


自身の無い神様


なんだかとっても面白いね!


引き寄せとか、アファメーションというものは、
実のところ、あまり得意ではない。

得意ではない、というより、
本当はあまり興味がわかなかった。

でも、なんだか

やった方が、いいらしい
望みはもっともっと望んだ方がいいらしい
欲しがらないのは、ブロックがあるらしい

こんな思考から、無理にやっていたかもしれない。
まるで、競争に参加するみたいに(笑)。


かなうものもあるが、かなわないものも多い。
かなわなければ、自分を責める方向に思考は走る。


でも、本当に自分がそれを欲しがっているかというと、

そんなに欲しくはない。
あった方がいいかもしれないが。


本当のところ、欲しいものなど、とりたててないのだ。


足りない、とは思っていないから。

という境地までは、達してはいないが(笑)。


足りないかもしれないけれど、でもどうでもいい。
足りなくても、あまり影響は無い。


そんなところにいる。


「物」だけではなく、なにもかも。


足りなくても、どうでもいい。


だから、無理に何かを「引き寄せる」という概念がなくなっていく。


望む、というより、思ったことは実現している。


ああ、そうだ。

力いっぱい(笑)、望むことは、

そうならないと困る!
なんとしてでも、それを得たい。

と思っている状態で、それは何も現実を変えない。


ただ、「ああ、そうだ...」と頭に浮かぶことは、かなっている。

「かなっている」というより、「そういう現実になっている」。

だから、あまり感激もなく、「そういえば。ふ~ん。」と、淡々と過ぎていく。

一応、喜んで感謝しといた方がいいのかなぁ、などと思って、喜んでみたりもする。
それはそれで、楽しい儀式のようなものだ。



本当の「癒し」とは、こういうことなんじゃないだろうか。

何が起ころうと、何が起きなかろうと、
毎日、生きていくことが出来る。

ただ、淡々と、楽しく。



「引き寄せ」は、きりがない。

また次の「何か」を、欲する。




でも、飽きるまでやったらいいとも思う。

「飽きる」ポイントは、人それぞれだと思う。

私は、もう飽きただけで、まだ飽きていない人のことをどうこう思っていない。

やりたければやればいいだけの話。

人、それぞれ。

ただの「好み」、「違い」でしかない。

(という説明を付け加えておかないと、安心しない、私の「癒されていない部分」がある(笑))




この世界は私が作っている。
だから、なんでも出来る。

ということかと思っていたが、


この世界は、私も何もなく、ただ起きているだけ。

だから、そこにとらわれることもない。


でも、だからこそ、

この世界に反映されている「私」は、
生きることの素晴らしさを、ありがたく感じ、感じ続けていきたい。


何も付け加える必要などなく、

ただこのままの出来事を、感じきっていたい。



すべて降参して、受け入れる。

それが、ありのまま。



このさい、連投(笑)。

その「神秘体験」のことを書こうと思ったのだが。

どうも違うらしい(笑)。



ずっと前にこんな記事を書いた。

松葉杖(2012年1月2日の記事)


私は、外からは見えない「ハンデキャップ」を持っている。


このときにもその「ハンデキャップ」の詳細については書かなかった。
今も、ここに書く気は無い。

それを、私のブロックと笑う人は勝手に笑えばいい、と思う。
そんなことは、表層に過ぎない。


この記事を書いてから、ずいぶんだったころ、ある1冊の本を読んだ。

詳しい事情は省くが、自分から選んだのではない。
目的とは全く違うその本の中の別の1篇を読むために、私はその状況に置かれたのだと悟った。


名前を盗むお猿のお話。


私も、自分の名前を無くしていた。

それが、私のハンデキャップだった。



「シンクロニシティ」をテーマにした短編集で

まさにシンクロニシティが起こったのだと悟った。

こんなことが起きるんだ、と自分でもあっけにとられた。


そのお猿は、名前と一緒にそこに付帯している何もかも、悪しきものもいっしょに持っていくと言う。

本の中の主人公が、名前と一緒に持っていかれた「悪しきもの」。
それについて、お猿はこんなふうに語る。


あなたのお母さんもお姉さんも、あなたのことを愛したことは一度もありません。
あなたは、その事実から目をそむけ蓋をして生きてきました。
そのせいで、誰かを真剣に、愛することが出来なくなったのです。


お猿から、名前(高校の寮の名札)を返してもらった主人公は、再びその名前と生きていく。

お話はこんなふうに締めくくられている。


彼女はこれから再びその名前とともに生活していくことになる。
ものごとはうまく運ぶかもしれないし、運ばないかもしれない。
しかしとにかくそれがほかならぬ彼女の名前であり、ほかに名前はないのだ。


(『品川猿』 村上春樹著 東京奇譚集より)



この出来事から数週間後。

私は、あちらのブログの表記を、本名に変えた。


私は、この名前で生きていく。

対話セラピスト 大野木睦子の
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「突拍子もないこと」と、自分で書いて思い出した。

ずっと私は公の場(笑)では、「神秘体験なんて、一切ありません。」と言っていた。
特別な体験など、何も無いと。


すみません。
それ、うそついていました。


「神秘体験」という認識すらなかった。
というと、カッコよすぎるな。

そういう体験をすると、「布団かぶって」通り過ぎるのをまっていた。
全部、「無かったこと」にしていた。

何も無かったように、それまでと同じ日常を過ごしていた。
そのために、物凄いエネルギーを費やしていたのだと、思う。


なぜ、無かったことにしていたか。

単純に、わけがわからなかったから。
わけがわからなくて、怖かったから。

そんなことを口にしたら、ヘンな人だと思われる。
そんなことを言い出したら、世間からつまはじきにされる。

それが怖かった。

でも、一番大きかったのは、「カッコ悪い」だったような気がする。

最初は、わけがわからない、だったけれど、少しずつ消化できるようになっていったら、「そういうこと」を口にしている人たちが目につくようになって。
それは、私には「カッコ悪い」と映った。

「特別なこと」のように、ときには「悲劇のヒロイン」のように、ときには「選ばれた人間」のように語ることが、カッコ悪い、と思った。

それはつまり、自分自身も「そういうこと」を特別なことだと思っていたからに他ならない。

特別なことを経験した、特別な人間だと。
何より自分自身が思っていた。
自分のエゴが肥大していただけのこと。


長い時間をかけて消化して、今はもうそれはどうでもいいことだと思うようになった。
だから、こうやって、書く気になったのかもしれない。
「特別なこと」では無くなったから、かもしれない。

いや、100%「ありふれたこと」だとは思っていない。
私のエゴは、まだまだそれを「特別視」したがる。
でもそれもいいじゃないかと思う。

求めたわけでもなく、望んだわけでもなく、それがやってきたことは、
とても幸運なことなのかもしれない。

でも、私にとってはずっと「不幸なこと」だった。
心の底から、「いらない!」と思っていた。


今は、幸でも不幸でもない。
ただ、そういう経験をした、ということだけ。


こうやって認めてしまえば、もうそれは終わる。

そんな気がしたよ、今(笑)。


それはもう、特別、ではなくなっただけでなく、
私の一部、私と同化したということ。

外側、

あー、言葉がむずかしい。

起きているのは自分の内側だけれど、自分ではない「何か」を体験している、という意味での「外側」。

そう、もうそういう「外側」では無くなったということらしい。



そういえば、こういうことを、「○○からのメッセージです。」と言えたら、どんなに営業的にラクだろうかと思っていた(笑)。

今でも、そう思うな、やっぱり(爆)。


でもそれは、私の感覚にそぐわない。

そういう方法が、たくさんの人を救う一方で、たくさんの人を誤解させていると私は思う。

また別の苦しみを作っている。

「それ」を求めさせてしまう。

自分ではない特別な「何か」があると勘違いさせてしまう。

目覚めることから、遠ざけてしまう。



私はやっぱり「それしか出来ない」人なんだ(笑)。

そうした方がいいと言われようと、
その方が近道だよと言われようと、

出来ない。
やりたくない。


「ウソも方便」と言われても、どうしても出来ない。


私は私の道を行くしかない。

母が亡くなってしばらくたったときに、ふっと頭に浮かんだ。


「もう誰にも迷惑をかける心配は無くなったんだ。」


それは、どこか「解放」のような感情だった。

私がどれだけ突拍子もないことを言おうがやろうが、もういいんだ、と。

母が生きているときに、母の存在によって自分の行動が制限されているなどと、1%も考えたことはなかった。

それなのに、こんな想いが出て来たことを不思議にながめていた。





「もう誰も私のことを、心配してくれる人はいなくなったんだなぁ。」

最近、いろんな瞬間瞬間にそう思う。

もちろん、心配してくれる友人・知人はいるだろう。

でも、全く無条件にただいつも思っている存在、というのは、母親以外にいないのかもしれない。

父が亡くなったときには、こんなことは思わなかった。

母親、というのは、特別な存在なのかもしれない。


何度か書いたかもしれないが、うちの家族関係は少し変わっている。
特に何も話さない。
話さなくてもわかる、ということとは、違う。
ただ、何も無いだけ。

でも、母が亡くなってみると、その「不在」を大きく感じる。
兄弟とは全く違った存在で。

この世界で何があろうと、「私のことを知っている唯一の存在」、だったのだと、
いなくなって初めて知った。

「知っている」という表現はおかしいのかもしれない。

母は、私のことを何も知らないと思う。
私も母のことは、何も知らない、と言ってもいいだろう。

それでも、母というのは、「私のことを知っている唯一の存在」だという気がしてならない。

意識していなくても、常に私のことを心配している存在、と言う方がわかりやすいのだろうか。

意識の上では全く忘れていても(実際、そういうところのある人だった)
常にあの人の中には私がいて、私の中にはあの人の存在がある。

そういうものだったのかもしれない。

私は子供を持たないので、今まで「親」というものの気持ちがよくわからなかった。
こんな感情なのだろうか。



もう迷惑をかける人がいなくなった、という開放感は、

もう迷惑をかける人さえいなくなった、という寂しさに、
少しだけ変わったかもしれない。


それでも、生きていかなくては。


本当に自由に。

誰がなんと言おうと、
自分の生きたいように。


どう頑張っても、それしか出来ない。


そんなふうに生まれついてしまったのだから、仕方が無い。


選択肢があるようで無いものなんだねぇ。