このさい、連投(笑)。
その「神秘体験」のことを書こうと思ったのだが。
どうも違うらしい(笑)。
ずっと前にこんな記事を書いた。
松葉杖(2012年1月2日の記事)
私は、外からは見えない「ハンデキャップ」を持っている。
このときにもその「ハンデキャップ」の詳細については書かなかった。
今も、ここに書く気は無い。
それを、私のブロックと笑う人は勝手に笑えばいい、と思う。
そんなことは、表層に過ぎない。
この記事を書いてから、ずいぶんだったころ、ある1冊の本を読んだ。
詳しい事情は省くが、自分から選んだのではない。
目的とは全く違うその本の中の別の1篇を読むために、私はその状況に置かれたのだと悟った。
名前を盗むお猿のお話。
私も、自分の名前を無くしていた。
それが、私のハンデキャップだった。
「シンクロニシティ」をテーマにした短編集で
まさにシンクロニシティが起こったのだと悟った。
こんなことが起きるんだ、と自分でもあっけにとられた。
そのお猿は、名前と一緒にそこに付帯している何もかも、悪しきものもいっしょに持っていくと言う。
本の中の主人公が、名前と一緒に持っていかれた「悪しきもの」。
それについて、お猿はこんなふうに語る。
あなたのお母さんもお姉さんも、あなたのことを愛したことは一度もありません。
あなたは、その事実から目をそむけ蓋をして生きてきました。
そのせいで、誰かを真剣に、愛することが出来なくなったのです。
お猿から、名前(高校の寮の名札)を返してもらった主人公は、再びその名前と生きていく。
お話はこんなふうに締めくくられている。
彼女はこれから再びその名前とともに生活していくことになる。
ものごとはうまく運ぶかもしれないし、運ばないかもしれない。
しかしとにかくそれがほかならぬ彼女の名前であり、ほかに名前はないのだ。
(『品川猿』 村上春樹著 東京奇譚集より)
この出来事から数週間後。
私は、あちらのブログの表記を、本名に変えた。
私は、この名前で生きていく。
対話セラピスト 大野木睦子の
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