
私は基本的に大変おしりが重い。
石橋を叩いて叩き割るタイプ。
行こうか行くまいか、やろうかやめようか。
悩んで迷って、動き出すのに非常に時間がかかる。
なのにごくまれに、後から振り返れば、なんでそうなったのか自分でもわからないくらい突然、何かに向かうことがある。
会社を休職したのだって唐突だったし、クラニオだって気がついたらセミナーを受けに行っていたし。
去年は大嵐の中、普段の私なら考えられないくらい遠くまで、とあるセッションを受けに行ったっけ。
養生園に行ったのだってそうだった。
何かに突き動かされるように、怒涛の勢いで突き進むことがある。
その突然の波がやってきて、今日、とあるマッサージを受けた。
2週間くらい前だったか、「ああマッサージを受けたいなあ。こんなふーって感じの...」と頭の中にイメージが浮かんだ。
うつぶせになって、マッサージされて、ふぅぅぅーっとからだの芯から何かが開放されていくような、何か、何か、そんなものが今必要なんだ、と思った。
イメージはリアルだったけれど、それがどんなものか、どんな種類、どんな名前のものかはまったくわからない。
なんなのかなぁ、とぼんやり思っていた。
そうしたら、ひょんなことから「これかも?」という情報がやってきて、あっという間に、今日、セッションを受ける、ということになった。
何が起きたのか、何がどうなのかはわからないけれど、深い深い、魂に届く何か、だった。
自分は受け取ることがにがてで、受け取ることを自分に許していないのだなぁと思う。
自分に贅沢をすること、それはもちろん金銭的な贅沢ではなく、豊かさを受け取ると言うこと、豊かな自分であることを、認められない。
自分が価値のある存在であること。
素晴らしい存在であること。
受け取るにふさわしい存在であること。
そういうもろもろを自分に許していない。
受け取ることに恐れやためらいがあるということ。
どれほど素晴らしい存在であるのか。
それを認めることを自分に許すこと。
豊かさ・美しさを受け取ることを、味わうことを、楽しむことを、許す。
O.K.を、GOサインを出すこと。
もうそろそろ、そうしてもいいんじゃない?
それに気がついても、いいんじゃない?
そんなことを、今日、思った...