ちょっと振り返り。
ブログの方は、10月に入りましたが、ちょっと戻って、9月に。
平成13年9月は、世界的に衝撃を与えた「同時多発テロ」が発生した年でした。自分は、兵庫に仕事で移住していました。母親と弟は、東京にいました。父親は、アメリカに単身赴任。
同時多発テロの時、人生で始めて、肉親の安否確認をしました。日本時間では夜10時くらいでしたので、父親の会社に電話しても誰もいません。父親のアメリカ国内での出張も、全部を把握していた訳ではないので、どこにいるのか分からない。NYに出張に行く予定は聞いていたけど、日にちはいつだったか?
その頃、ピッツバーグに住んでいた父親、ピッツバーグにも飛行機が落ちたという事で、更に不安は増大。この時、距離の遠さ、時差、連絡手段が限定されるという事で、本当に生きた心地のしない3時間でした。
深夜1時くらいに、アメリカの父親から携帯に直接電話があって、安堵した事を覚えています。もう二度と、あんな気持ちにはなりたくないですね。
自分を除いた家族は、その翌週、NYに旅行に行く予定でした。が、旅行もキャンセル。もしも、エアーのチケットが予定通り、9月上旬で取れていたら・・・自分の家族がいなくなっていた可能性もあったと考えると、ゾッとします。家族の大切さを改めて知った、1日でした。
今日は余談でした。
平成13年9月は、世界的に衝撃を与えた「同時多発テロ」が発生した年でした。自分は、兵庫に仕事で移住していました。母親と弟は、東京にいました。父親は、アメリカに単身赴任。
同時多発テロの時、人生で始めて、肉親の安否確認をしました。日本時間では夜10時くらいでしたので、父親の会社に電話しても誰もいません。父親のアメリカ国内での出張も、全部を把握していた訳ではないので、どこにいるのか分からない。NYに出張に行く予定は聞いていたけど、日にちはいつだったか?
その頃、ピッツバーグに住んでいた父親、ピッツバーグにも飛行機が落ちたという事で、更に不安は増大。この時、距離の遠さ、時差、連絡手段が限定されるという事で、本当に生きた心地のしない3時間でした。
深夜1時くらいに、アメリカの父親から携帯に直接電話があって、安堵した事を覚えています。もう二度と、あんな気持ちにはなりたくないですね。
自分を除いた家族は、その翌週、NYに旅行に行く予定でした。が、旅行もキャンセル。もしも、エアーのチケットが予定通り、9月上旬で取れていたら・・・自分の家族がいなくなっていた可能性もあったと考えると、ゾッとします。家族の大切さを改めて知った、1日でした。
今日は余談でした。
大物の訪問
東京出張も終わり、兵庫から東京に帰る日にちも決まりました。東京に戻ってからの仕事は、「居酒屋革命!」と、自分と上司のKさんと2人で勝手に命名してしまいました。(笑)居酒屋の仕事をする事になったからです。
9月28日は、自分の誕生日。
赴任早々は、みんなに嫌われ、人間関係を築くのに大変だったのが嘘の様に、夜、仕事の無いスタッフが集まって、誕生日会をしてくれました。
女性6名に自分1人。大好きな焼肉を食べて、幸せ。そして、祝ってくれた事に感謝したい気持ちでいっぱいです。そして、とても嬉しかったのでしょう、今でも、その時の事を思い出します。
また、送別会までしてくれました。誕生日会とは別で。
最初は、大変でしたが、みんな良い人達で、今も、たまに連絡をしているくらいです。ここを離れるのが、本当に残念で仕方なかったです。異動したくなかったです。
そんな行事も終わり、引継ぎ資料の作成、そして、T支配人、Mマネージャー、Hさんを交えた引継ぎもほぼ終了し、後は帰京するだけとなった自分。
そんな帰京する1週間前に、そのおばさんはやってきました。
朝8時に出勤し、売店のオープンをしようとしたら、おばさんとMマネージャーが話していて、呼ばれました。
「なんで、こんな売店にしたの!!!ロビーに広げるなんて。」と叱られました。が、ホテルの責任者である、T支配人も了承し、東京本部の部長からもOKを貰って進めた仕事を、そのおばさんは、一言で否定をしたのです。
更に、お客様が来たので、「失礼します」と言ったら、「話は終わっていない」と、お客様主義ではなく、自分主義のおばさんと判明。
その日は、ブルーな気分で、仕事をしたけど、部屋で自分を責める時間が多かったです。(住んでる場所は、ホテル内の寮だったので)
そのおばさんは、会社の新しい会長です。入社した時の社長が、その年に亡くなり、本妻と後妻の間で確執があったのち、後妻の変なおばさんが会長として、会社をリードしていく事になったのです。そして、このおばさんのバカ息子が、常務をしていて、GWに自分に電話をしてきた張本人なのです。
このおばさん、いくら会社の組織で決めた事でも、自分の好き嫌いで変更させるのが得意で、これから、ぴょんは、このおばさんに振り回されるのでした。
この時点で、ぴょんは、会長と常務からは、「問題児」として、名前を覚えられる事になるのでした・・・・
9月28日は、自分の誕生日。
赴任早々は、みんなに嫌われ、人間関係を築くのに大変だったのが嘘の様に、夜、仕事の無いスタッフが集まって、誕生日会をしてくれました。
女性6名に自分1人。大好きな焼肉を食べて、幸せ。そして、祝ってくれた事に感謝したい気持ちでいっぱいです。そして、とても嬉しかったのでしょう、今でも、その時の事を思い出します。
また、送別会までしてくれました。誕生日会とは別で。
最初は、大変でしたが、みんな良い人達で、今も、たまに連絡をしているくらいです。ここを離れるのが、本当に残念で仕方なかったです。異動したくなかったです。
そんな行事も終わり、引継ぎ資料の作成、そして、T支配人、Mマネージャー、Hさんを交えた引継ぎもほぼ終了し、後は帰京するだけとなった自分。
そんな帰京する1週間前に、そのおばさんはやってきました。
朝8時に出勤し、売店のオープンをしようとしたら、おばさんとMマネージャーが話していて、呼ばれました。
「なんで、こんな売店にしたの!!!ロビーに広げるなんて。」と叱られました。が、ホテルの責任者である、T支配人も了承し、東京本部の部長からもOKを貰って進めた仕事を、そのおばさんは、一言で否定をしたのです。
更に、お客様が来たので、「失礼します」と言ったら、「話は終わっていない」と、お客様主義ではなく、自分主義のおばさんと判明。
その日は、ブルーな気分で、仕事をしたけど、部屋で自分を責める時間が多かったです。(住んでる場所は、ホテル内の寮だったので)
そのおばさんは、会社の新しい会長です。入社した時の社長が、その年に亡くなり、本妻と後妻の間で確執があったのち、後妻の変なおばさんが会長として、会社をリードしていく事になったのです。そして、このおばさんのバカ息子が、常務をしていて、GWに自分に電話をしてきた張本人なのです。
このおばさん、いくら会社の組織で決めた事でも、自分の好き嫌いで変更させるのが得意で、これから、ぴょんは、このおばさんに振り回されるのでした。
この時点で、ぴょんは、会長と常務からは、「問題児」として、名前を覚えられる事になるのでした・・・・
繁忙期も過ぎて・・・
夏休みの繁忙期も終わり、毎日満室、約600人近くの人が宿泊していたホテルも、9月になると200名以下に。
夏休みの家族連れの為に導入した、野菜販売も単価が低いものの人気があったし、宿泊客の売店に対する考えもアンケートを行い、お客様のニーズと販売側の考えのズレを証明したし、夜店の売上も前年よりも1週間、営業が短かったのに、売上金額で100万円以上の増加を行い、夏休みが終わった頃には、みんなに毛嫌いされていた自分も、ある程度の地位を築く事ができました。
そんな中、T支配人からは、裏でMマネージャーに対し、「ぴょんは、ずっとここにいる訳ではないのだからね」と、釘をさされた様でした。
仕事が終わると、T支配人と食事に行くか、姫と食事に行くかという日々でした。シフトも自分で自由に決められるので、8回/月ある休みの半分程度を、意識して姫と合わせ、神戸や大阪の街にデートしに行っていたのでした。
旅行のプランも決まり、楽しくて仕方ない日々でした。
この頃は、東京に帰るよりも、兵庫のホテルに骨を埋めても良いと考えるまでになりました。
もともと、東京本社で採用されたのですが、仕事の関係上、全国にあるホテルに出向する形だったので、異動ばかりだったので、精神的に疲れていたのもあります。
9月上旬に、夏のお疲れ会があり、東京本社のY部長もやってきました。
そこで初めて聞きました。「10月から東京に戻って、居酒屋の仕事をしてくれ」と。上司のKさんと一緒に、居酒屋の他店舗展開を行うマーケティングをしてくれという内容でした。
自分は断りました。姫との生活が楽しいので、帰りたくないと。
しかし、会社の命令。渋々承諾したのでした。
9月の20日くらい。とうとう、姫との旅行の日がやってきました。
この頃は、頭痛も無く、精神的にも穏やかだったと思います。この時に、姫に東京に帰る事を告げました。その時は、非常に悲しんでいました。
姫とは、友達以上恋人未満という関係だっとと、勝手に思い込んでいます。
キスもしなければ、Hもしなかった。今となっては、それで良かったと思っています。
実は、東京に来た時、自分は家に帰りました。彼女は、家から歩いて10分程度のホテルに宿泊していました。初日、彼女をホテルまで送り、部屋でアイスを食べている時に、「先にシャワーを浴びたら」と彼女から言われました。
ぶっちゃけ、疲れていた自分は、断ってしまったのです。最初で最後のチャンスでした。今でも、悔やんでも悔やみきれない時間です。
そして、彼女との楽しい2泊3日が終わり、羽田空港まで送りました。
自分は、その後2日間、東京本社に出社し、今後の予定、仕事内容の打ち合わせ、本社引越しの為の荷造りがあったのでした。ちなみに、本社の机の引き出しに、「ゴルゴ13」があったのは、自分だけでしょう。(笑)
そして、残りの兵庫の仕事を終わらせるために、また、兵庫に戻ったのでした。
9月は頭痛も無く、非常に楽しい毎日でした。
夏休みの家族連れの為に導入した、野菜販売も単価が低いものの人気があったし、宿泊客の売店に対する考えもアンケートを行い、お客様のニーズと販売側の考えのズレを証明したし、夜店の売上も前年よりも1週間、営業が短かったのに、売上金額で100万円以上の増加を行い、夏休みが終わった頃には、みんなに毛嫌いされていた自分も、ある程度の地位を築く事ができました。
そんな中、T支配人からは、裏でMマネージャーに対し、「ぴょんは、ずっとここにいる訳ではないのだからね」と、釘をさされた様でした。
仕事が終わると、T支配人と食事に行くか、姫と食事に行くかという日々でした。シフトも自分で自由に決められるので、8回/月ある休みの半分程度を、意識して姫と合わせ、神戸や大阪の街にデートしに行っていたのでした。
旅行のプランも決まり、楽しくて仕方ない日々でした。
この頃は、東京に帰るよりも、兵庫のホテルに骨を埋めても良いと考えるまでになりました。
もともと、東京本社で採用されたのですが、仕事の関係上、全国にあるホテルに出向する形だったので、異動ばかりだったので、精神的に疲れていたのもあります。
9月上旬に、夏のお疲れ会があり、東京本社のY部長もやってきました。
そこで初めて聞きました。「10月から東京に戻って、居酒屋の仕事をしてくれ」と。上司のKさんと一緒に、居酒屋の他店舗展開を行うマーケティングをしてくれという内容でした。
自分は断りました。姫との生活が楽しいので、帰りたくないと。
しかし、会社の命令。渋々承諾したのでした。
9月の20日くらい。とうとう、姫との旅行の日がやってきました。
この頃は、頭痛も無く、精神的にも穏やかだったと思います。この時に、姫に東京に帰る事を告げました。その時は、非常に悲しんでいました。
姫とは、友達以上恋人未満という関係だっとと、勝手に思い込んでいます。
キスもしなければ、Hもしなかった。今となっては、それで良かったと思っています。
実は、東京に来た時、自分は家に帰りました。彼女は、家から歩いて10分程度のホテルに宿泊していました。初日、彼女をホテルまで送り、部屋でアイスを食べている時に、「先にシャワーを浴びたら」と彼女から言われました。
ぶっちゃけ、疲れていた自分は、断ってしまったのです。最初で最後のチャンスでした。今でも、悔やんでも悔やみきれない時間です。
そして、彼女との楽しい2泊3日が終わり、羽田空港まで送りました。
自分は、その後2日間、東京本社に出社し、今後の予定、仕事内容の打ち合わせ、本社引越しの為の荷造りがあったのでした。ちなみに、本社の机の引き出しに、「ゴルゴ13」があったのは、自分だけでしょう。(笑)
そして、残りの兵庫の仕事を終わらせるために、また、兵庫に戻ったのでした。
9月は頭痛も無く、非常に楽しい毎日でした。
夏休みの繁忙期に突入
仕事も忙しくなってきた7月。
自分以外も、予約、遊園地関係も忙しくなってきて、みんなイライラが出てきました。そんな中、自分も6月下旬から、毎日の様に、夕方4時になると、頭痛が出てきました。毎日の様に頭痛薬を服用する自分を見て、周囲の人から「病院へ行け」と言われる様になってきました。
7月の上旬、繁忙期に入る前に、町の診療所にとうとう行く事になりました。
診療所で、「頭痛が続く。毎日、頭痛薬を服用している」という話をして、診察を受けました。CTを受け、問診をした結果は、「ストレスで頭頂部が少し腫れている。これが原因かもしれない。後、視力が悪くなってきて、メガネが合っていないのではないか」という結論でした。
特にこれといった対処法も無く、薬も無く、また、頭痛薬に頼る日々に戻ったのでした。
しかし、この頃は、周囲の人間関係も築けてきて、多少の悩みなら話せる相手も出来ました。しかし、一緒に本社から来たスタッフは、仕事ば違うので、なかなか話す機会もなく、自分の事を話せない状態でいました。
そんな中、姫との距離も近づいてきて、彼女とご飯を食べに行く機会も増え、彼女と話をする事で癒されていたかもしれません。
また、シフト制なので、休みの曜日もバラバラ、出勤時間もバラバラ。が、自分でシフトを決めていたので、多少は楽になりました。自分の体の体調を考えて、シフトを決める事ができる様になったので。
夏の売店の準備、夜店の準備も整い、夏休みに突入!!!
毎日、ホテルは満室。朝~夕方までは売店の仕事、夜は10時まで夜店の仕事。夏休みの間は、休み無し。毎日、8時~22時まで。週に1度、夜勤があったので、1日36時間勤務という日もありました。
売店のバイト達の管理や夜店は自分が責任者だからという、責任感、義務感から長時間勤務をしていました。
が、体もそんなに続く事もなく、たまに20時くらいに帰って、姫とご飯を食べるのが、唯一の楽しみでした。また、夜店のゲームの景品が足りなくなる事もあり、大阪まで買い物に行くのも、息抜きに良かったです。
そんな忙しい中、姫と一緒にTDSに行く話が出てきました。夏休みが終わった後の9月に、一緒に休みを取って、東京まで旅行に行く計画が出たのでした。このイベントを楽しみにして、夏休みの繁忙期を乗り越えたと言っても、過言ではありません。
この時期、自分の中では、姫という女性が大きな存在でした。そして、いつしか、彼女を好きになっていたのでした。
自分以外も、予約、遊園地関係も忙しくなってきて、みんなイライラが出てきました。そんな中、自分も6月下旬から、毎日の様に、夕方4時になると、頭痛が出てきました。毎日の様に頭痛薬を服用する自分を見て、周囲の人から「病院へ行け」と言われる様になってきました。
7月の上旬、繁忙期に入る前に、町の診療所にとうとう行く事になりました。
診療所で、「頭痛が続く。毎日、頭痛薬を服用している」という話をして、診察を受けました。CTを受け、問診をした結果は、「ストレスで頭頂部が少し腫れている。これが原因かもしれない。後、視力が悪くなってきて、メガネが合っていないのではないか」という結論でした。
特にこれといった対処法も無く、薬も無く、また、頭痛薬に頼る日々に戻ったのでした。
しかし、この頃は、周囲の人間関係も築けてきて、多少の悩みなら話せる相手も出来ました。しかし、一緒に本社から来たスタッフは、仕事ば違うので、なかなか話す機会もなく、自分の事を話せない状態でいました。
そんな中、姫との距離も近づいてきて、彼女とご飯を食べに行く機会も増え、彼女と話をする事で癒されていたかもしれません。
また、シフト制なので、休みの曜日もバラバラ、出勤時間もバラバラ。が、自分でシフトを決めていたので、多少は楽になりました。自分の体の体調を考えて、シフトを決める事ができる様になったので。
夏の売店の準備、夜店の準備も整い、夏休みに突入!!!
毎日、ホテルは満室。朝~夕方までは売店の仕事、夜は10時まで夜店の仕事。夏休みの間は、休み無し。毎日、8時~22時まで。週に1度、夜勤があったので、1日36時間勤務という日もありました。
売店のバイト達の管理や夜店は自分が責任者だからという、責任感、義務感から長時間勤務をしていました。
が、体もそんなに続く事もなく、たまに20時くらいに帰って、姫とご飯を食べるのが、唯一の楽しみでした。また、夜店のゲームの景品が足りなくなる事もあり、大阪まで買い物に行くのも、息抜きに良かったです。
そんな忙しい中、姫と一緒にTDSに行く話が出てきました。夏休みが終わった後の9月に、一緒に休みを取って、東京まで旅行に行く計画が出たのでした。このイベントを楽しみにして、夏休みの繁忙期を乗り越えたと言っても、過言ではありません。
この時期、自分の中では、姫という女性が大きな存在でした。そして、いつしか、彼女を好きになっていたのでした。
新しい出会い
東京への一時帰京も終わり、兵庫へ出向して2ヶ月が経過しました。
戻ってきて、新しい業者さんなどの導入をしつつ、仕事は遅れながらも進み始めました。T支配人とマネージャーのMさん、アシマネのOさんそして、私とHさんとの会議もあり、自分が出向している間の体制がやっと、整ったのです。
そうなれば、こちらのもの。自分の進め方、やり方で目先の売上を上げる事が最優先となりました。
ホテルの隣には、遊園地があり、そこの売店のスタッフと仲良くなりました。ホテルで息が詰まったら、遊園地の売店スタッフと話しをする事で、息抜きをしていました。
頭痛薬を服用するのは、6月中旬までは、無かったです。
遊園地のスタッフとの会話が、知らずのうちにストレス発散になっていた様です。また、この頃になると、少し休みを取得する事ができるようになったので、大阪や神戸(車で1時間)なで、街に出かける事が多くなりました。
そんな時、ホテルのフロントで勤務をしている「姫」と仲良くなり始めました。仕事の後、ご飯を食べに行ったり、休みの日に一緒に神戸などにデートをするようになり、仕事で溜まったストレスを彼女 と一緒に過ごす事で、解決できる様になっていたようです。
6月になると、本番の夏休みまで残り1ヶ月。その計画、そして、ホテルで開催する夜店の責任者にも任命され、仕事は忙しくなっていくのでした・・・
戻ってきて、新しい業者さんなどの導入をしつつ、仕事は遅れながらも進み始めました。T支配人とマネージャーのMさん、アシマネのOさんそして、私とHさんとの会議もあり、自分が出向している間の体制がやっと、整ったのです。
そうなれば、こちらのもの。自分の進め方、やり方で目先の売上を上げる事が最優先となりました。
ホテルの隣には、遊園地があり、そこの売店のスタッフと仲良くなりました。ホテルで息が詰まったら、遊園地の売店スタッフと話しをする事で、息抜きをしていました。
頭痛薬を服用するのは、6月中旬までは、無かったです。
遊園地のスタッフとの会話が、知らずのうちにストレス発散になっていた様です。また、この頃になると、少し休みを取得する事ができるようになったので、大阪や神戸(車で1時間)なで、街に出かける事が多くなりました。
そんな時、ホテルのフロントで勤務をしている「姫」と仲良くなり始めました。仕事の後、ご飯を食べに行ったり、休みの日に一緒に神戸などにデートをするようになり、仕事で溜まったストレスを彼女 と一緒に過ごす事で、解決できる様になっていたようです。
6月になると、本番の夏休みまで残り1ヶ月。その計画、そして、ホテルで開催する夜店の責任者にも任命され、仕事は忙しくなっていくのでした・・・