初めての年頭指針
平成14年1月。入社以来、初めて、本社で年頭指針を聞きました。「足を引っ張る社員を排除します」みたいな話をしていたのを覚えています。この時点で、こんな経営者のいる会社は嫌だ!!と、思ったのです。
居酒屋の仕事も3ヶ月目。段々と、既存スタッフの信用も得て、昨年の兵庫のホテルでの人間関係に苦しんだのが嘘のように感じます。
そして、仕事面でもそろそろ、新しい事にチャレンジしていこうとしていたのですが・・・
この時期、「ホットペッパー」が創刊されました。営業の方が店に来て、どうでしょうか?と、営業活動に来られました。
最初に自分が話しを聞いて、費用対効果などの話を聞いて、店長のKさんに報告しました。Kさんとは、入社以来3年の仲。上司部下ですが、一緒に生活をしたこともあるので、お互いの事は分かっていると思っていました。
Kさんの答えは、「認知度が低い。コストバランスからみると、難しい」と答えが返ってきました。
自分の報告の仕方が悪かったのかもしれませんが・・・・・・・
気がついたら、Kさんとホットペッパーで話し合いが進んでいて、気がついたら、契約という事になりました。
「何故、自分にさせてくれなかったのか?」「裏切られた」という気持ちでいっぱいでした。そして、なぜか、「自分は今のままでは、成長できない。」「自分は、今の店にとっては、不必要な人間」と感じる、考える機会が多くなってきました。
この時期は、ほとんど本社に行く事もなく、13時に出勤して、12時過ぎに退社というサイクルでしたが、段々と、朝起きるのが辛い、仕事に行きたくないという気持ちが強くなってきたのでした。
居酒屋の仕事も3ヶ月目。段々と、既存スタッフの信用も得て、昨年の兵庫のホテルでの人間関係に苦しんだのが嘘のように感じます。
そして、仕事面でもそろそろ、新しい事にチャレンジしていこうとしていたのですが・・・
この時期、「ホットペッパー」が創刊されました。営業の方が店に来て、どうでしょうか?と、営業活動に来られました。
最初に自分が話しを聞いて、費用対効果などの話を聞いて、店長のKさんに報告しました。Kさんとは、入社以来3年の仲。上司部下ですが、一緒に生活をしたこともあるので、お互いの事は分かっていると思っていました。
Kさんの答えは、「認知度が低い。コストバランスからみると、難しい」と答えが返ってきました。
自分の報告の仕方が悪かったのかもしれませんが・・・・・・・
気がついたら、Kさんとホットペッパーで話し合いが進んでいて、気がついたら、契約という事になりました。
「何故、自分にさせてくれなかったのか?」「裏切られた」という気持ちでいっぱいでした。そして、なぜか、「自分は今のままでは、成長できない。」「自分は、今の店にとっては、不必要な人間」と感じる、考える機会が多くなってきました。
この時期は、ほとんど本社に行く事もなく、13時に出勤して、12時過ぎに退社というサイクルでしたが、段々と、朝起きるのが辛い、仕事に行きたくないという気持ちが強くなってきたのでした。
忘年会シーズン
さて、平成13年の12月に突入。
居酒屋のホールとしての作業も覚え、予約獲得の営業も行っていました。
プライベートでは、10月に兵庫から東京に帰京する時に写された、オービスの写真の為に、地元警察に出頭し、赤切符を切られました。
オービスのカメラは、道路の上にあるのに、写真のアングルは、左斜めから。
これじゃ、ナンバーを倒していても、意味無いじゃん!!って、いうのが、率直な感想。(笑)それにしても、綺麗に写っているものです。みなさんも、夜のオービスで写されて、その写真の美しさに驚く事をお勧めします。(爆)
仕事は、さすがに予約が多数入ってくるので、忙しさに厨房もホールも準備、そして営業、とてんてこ舞いでした。片付けて帰るのに、池袋発品川行き山手線内回りの終電、0時50分に店から走って乗るといった日々でした。
また、社内営業も行い、部署単位の宴会もしてくれました。会社の女の子には、「焼酎お湯割り梅干入り」に、梅干3個も入れて、「潰す楽しさが無い!」と怒られた事もありますが・・・・・
そんな中、バカ会長が忘年会に出席するために来店しました。10月に会った印象が良くない自分は、その席に行くのを避けていたのですが・・・・
案の定、呼ばれました。「確か、あなたは、兵庫のホテルにいたわよね?」と言われ、「私が怒った子でしょ?」って感じで社員の前で言われてしまいました。ここでも、他のテーブルでお客様が呼んでるのに、行かせてくれない。このジレンマは嫌でしたね。そして、とうとう、このおばさんに名前と顔をインプットされてしまったのでした。
お店は、アルバイトは女子大生だけ。自分は、その中で、イトキンという女の子がお気に入りで、彼女が洗い物をしている時に、後ろからケリをいれたりして、スキンシップを図っていました。(っていうか、傍目からは、セクハラですよね?)
そんな感じで、12月は、肉体的にも精神的にも疲れた1ヶ月でした。忙しくて、色々な事を考える余裕がなかったですね。とにかく、予約を取り、店を回り、売上を前年対比で+にする事しか考えていませんでしたから。
そして、平成11年4月に会社に入社して以来、初めて年末年始を東京で過ごす事ができたのでした。父親はアメリカに単身赴任をしているので、母ちゃんと弟の3名ですが。
平成13年は、自分は、25歳。店が終わって、オールで店のスタッフと飲みに行ったりしていましたが、翌日は、皿やグラスを割る事が多く、「ぴょん、オール飲み禁止令」が出るほどでした。(爆)
そして、平成13年の除夜の鐘が窓の外から聞こえてきたのでした。
居酒屋のホールとしての作業も覚え、予約獲得の営業も行っていました。
プライベートでは、10月に兵庫から東京に帰京する時に写された、オービスの写真の為に、地元警察に出頭し、赤切符を切られました。
オービスのカメラは、道路の上にあるのに、写真のアングルは、左斜めから。
これじゃ、ナンバーを倒していても、意味無いじゃん!!って、いうのが、率直な感想。(笑)それにしても、綺麗に写っているものです。みなさんも、夜のオービスで写されて、その写真の美しさに驚く事をお勧めします。(爆)
仕事は、さすがに予約が多数入ってくるので、忙しさに厨房もホールも準備、そして営業、とてんてこ舞いでした。片付けて帰るのに、池袋発品川行き山手線内回りの終電、0時50分に店から走って乗るといった日々でした。
また、社内営業も行い、部署単位の宴会もしてくれました。会社の女の子には、「焼酎お湯割り梅干入り」に、梅干3個も入れて、「潰す楽しさが無い!」と怒られた事もありますが・・・・・
そんな中、バカ会長が忘年会に出席するために来店しました。10月に会った印象が良くない自分は、その席に行くのを避けていたのですが・・・・
案の定、呼ばれました。「確か、あなたは、兵庫のホテルにいたわよね?」と言われ、「私が怒った子でしょ?」って感じで社員の前で言われてしまいました。ここでも、他のテーブルでお客様が呼んでるのに、行かせてくれない。このジレンマは嫌でしたね。そして、とうとう、このおばさんに名前と顔をインプットされてしまったのでした。
お店は、アルバイトは女子大生だけ。自分は、その中で、イトキンという女の子がお気に入りで、彼女が洗い物をしている時に、後ろからケリをいれたりして、スキンシップを図っていました。(っていうか、傍目からは、セクハラですよね?)
そんな感じで、12月は、肉体的にも精神的にも疲れた1ヶ月でした。忙しくて、色々な事を考える余裕がなかったですね。とにかく、予約を取り、店を回り、売上を前年対比で+にする事しか考えていませんでしたから。
そして、平成11年4月に会社に入社して以来、初めて年末年始を東京で過ごす事ができたのでした。父親はアメリカに単身赴任をしているので、母ちゃんと弟の3名ですが。
平成13年は、自分は、25歳。店が終わって、オールで店のスタッフと飲みに行ったりしていましたが、翌日は、皿やグラスを割る事が多く、「ぴょん、オール飲み禁止令」が出るほどでした。(爆)
そして、平成13年の除夜の鐘が窓の外から聞こえてきたのでした。
居酒屋革命
会社から、「居酒屋の他店舗展開」の命題を受け、東京に帰ってきました。
まず最初は、店舗のスタッフとコミュニケーションを作る必要があります。お店は、池袋にあり、営業時間が17時~23時まで。ホールに、8人くらいかな?調理場に4名のお店です。調理場は、昔ながらの上下関係があり、板長の顔色を見て、仕事をする事が多かったですね。
最初の頃は、「集客」をいかにしてあつめるか。その中には、販促もあれば、営業もあります。池袋と場所柄、企業や事務所などに営業をかけたり、道でチラシ配りなどを行いました。営業時間中は、大学生の女の子のアルバイトに、料理やドリンクの作り方などを教えて貰うという状況でした。
1ヶ月もすれば、ホールのオペレーションも回せる様になり、少しづつ信用、信頼を得ていく事ができたのでした。
しかし、一番嫌な仕事はチラシ配りでした。自分と同じ年くらいの会社員に対してチラシを配ると、自分を卑下する感覚が、この時点でありました。
また、山手線の終電に間に合うように、片付けをして、金銭管理を行い。
店を閉めてからの時間が、忙しかったですね。
そして、怒涛の12月。忘年会シーズンに突入するのでした。
まず最初は、店舗のスタッフとコミュニケーションを作る必要があります。お店は、池袋にあり、営業時間が17時~23時まで。ホールに、8人くらいかな?調理場に4名のお店です。調理場は、昔ながらの上下関係があり、板長の顔色を見て、仕事をする事が多かったですね。
最初の頃は、「集客」をいかにしてあつめるか。その中には、販促もあれば、営業もあります。池袋と場所柄、企業や事務所などに営業をかけたり、道でチラシ配りなどを行いました。営業時間中は、大学生の女の子のアルバイトに、料理やドリンクの作り方などを教えて貰うという状況でした。
1ヶ月もすれば、ホールのオペレーションも回せる様になり、少しづつ信用、信頼を得ていく事ができたのでした。
しかし、一番嫌な仕事はチラシ配りでした。自分と同じ年くらいの会社員に対してチラシを配ると、自分を卑下する感覚が、この時点でありました。
また、山手線の終電に間に合うように、片付けをして、金銭管理を行い。
店を閉めてからの時間が、忙しかったですね。
そして、怒涛の12月。忘年会シーズンに突入するのでした。
新しい仕事
兵庫での仕事も半年で終わり、平成13年の10月に東京に戻ってきました。
半年間で沢山の出来事がありました。
・人間関係の難しさ
・会社経営者からの注目(悪い意味で)
しかし、実績としては、夏休みの夜店で前年対比120%、売店の仕事で105%と、前年をUPする事に成功したのです。
が、会社の考え方としては、あげて当然。それが、むなしいですね。
誰も誉めてくれない。逆に、怒られるばかり。これじゃ、ストレスもたまりますよ。兵庫にいたときも、ストレス発散に六甲山を攻めていて、車の右フロントタイヤとサスを交換する自損事故もしましたし。
さて、東京に戻ってきて最初の出勤日。実は、9月の東京出張の際に、自分のデスクの荷造りをし、10月から新しい本社での仕事となりました。
原宿にあった本社を売り、早稲田にある自社ビルに引越しをしたのです。
また、1から全ての社内ルールを覚え、会長、常務に挨拶をして。
本社での仕事は、今後取り組む居酒屋のデータ整理。これに1週間かけて、実際に現場に入る予定です。今回の仕事は、今までの上司のKさん。(社内では、迷コンビとして有名になりつつあります)そして、1つ下の女の子。
この3名で、居酒屋の他店舗展開をするマニュアル、店舗展開に必要な情報、現状の外食産業を実際に肌で感じるというミッションでした。
半年で、新しい仕事。兵庫のホテルの仕事は、引継ぎはしたものの、なんとなく、後ろ髪をひかれる思いでした。
そして、実際に店舗に行って、仕事をするのです。
半年間で沢山の出来事がありました。
・人間関係の難しさ
・会社経営者からの注目(悪い意味で)
しかし、実績としては、夏休みの夜店で前年対比120%、売店の仕事で105%と、前年をUPする事に成功したのです。
が、会社の考え方としては、あげて当然。それが、むなしいですね。
誰も誉めてくれない。逆に、怒られるばかり。これじゃ、ストレスもたまりますよ。兵庫にいたときも、ストレス発散に六甲山を攻めていて、車の右フロントタイヤとサスを交換する自損事故もしましたし。
さて、東京に戻ってきて最初の出勤日。実は、9月の東京出張の際に、自分のデスクの荷造りをし、10月から新しい本社での仕事となりました。
原宿にあった本社を売り、早稲田にある自社ビルに引越しをしたのです。
また、1から全ての社内ルールを覚え、会長、常務に挨拶をして。
本社での仕事は、今後取り組む居酒屋のデータ整理。これに1週間かけて、実際に現場に入る予定です。今回の仕事は、今までの上司のKさん。(社内では、迷コンビとして有名になりつつあります)そして、1つ下の女の子。
この3名で、居酒屋の他店舗展開をするマニュアル、店舗展開に必要な情報、現状の外食産業を実際に肌で感じるというミッションでした。
半年で、新しい仕事。兵庫のホテルの仕事は、引継ぎはしたものの、なんとなく、後ろ髪をひかれる思いでした。
そして、実際に店舗に行って、仕事をするのです。
そして帰京
会社の会長から感情的怒りを受けて1週間後に帰京する事が決まっていました。その間は、仕事をするよりも、休みにあててました。
京都に行ったり、天橋立に行ったりと観光をしていたのでした。
姫とのデートも、最後になり・・・・最後のデートで喧嘩してしまいました。
些細な事なのに・・・・非常に残念な時間でしたね。
そして、帰京する日。
朝から仕事をして、夕方に荷造りも終わり、一番お世話になった地元の業者さんにご挨拶。無理難題を言っては、一緒に解決した方なので、大変お世話になりました。今も、元気にしているのだろうか???
最後、ホテルのスタッフ全員に、挨拶をして回ります。これも毎回のこと。しかし、今回違った事は、花束を貰ったり、泣かれたり・・・
最初は、どうなる事か??と、不安だらけであったのに、嬉しい限りです。
そして、夕方の6時にホテルを出発しました。自分の車に荷物を全て搭載して。大阪の友達とご飯を食べた後、本当の最後。姫とご飯を食べに行きました。本当は、彼女を東京に連れて行きたかったのですが、彼女が東京に来れば、自分は幸せなれた事でしょう。しかし、彼女の立場になった時、もし、別れたら・・・と考えると、強く一緒に来る事を言えませんでした。
姫との別れ際、自分が泣いてしまいました。本当に好きな女性との別れは、悲しいものですね。
そして、東京に向けて、深夜の名神高速を東へ向かって走って行ったのでした。
と、終われば、いい話なのですが、帰り道の吹田で、なんと、オービスに写真を撮影されてしまったのです。これが、ぴょんを悩ませる事になるとは・・・
京都に行ったり、天橋立に行ったりと観光をしていたのでした。
姫とのデートも、最後になり・・・・最後のデートで喧嘩してしまいました。
些細な事なのに・・・・非常に残念な時間でしたね。
そして、帰京する日。
朝から仕事をして、夕方に荷造りも終わり、一番お世話になった地元の業者さんにご挨拶。無理難題を言っては、一緒に解決した方なので、大変お世話になりました。今も、元気にしているのだろうか???
最後、ホテルのスタッフ全員に、挨拶をして回ります。これも毎回のこと。しかし、今回違った事は、花束を貰ったり、泣かれたり・・・
最初は、どうなる事か??と、不安だらけであったのに、嬉しい限りです。
そして、夕方の6時にホテルを出発しました。自分の車に荷物を全て搭載して。大阪の友達とご飯を食べた後、本当の最後。姫とご飯を食べに行きました。本当は、彼女を東京に連れて行きたかったのですが、彼女が東京に来れば、自分は幸せなれた事でしょう。しかし、彼女の立場になった時、もし、別れたら・・・と考えると、強く一緒に来る事を言えませんでした。
姫との別れ際、自分が泣いてしまいました。本当に好きな女性との別れは、悲しいものですね。
そして、東京に向けて、深夜の名神高速を東へ向かって走って行ったのでした。
と、終われば、いい話なのですが、帰り道の吹田で、なんと、オービスに写真を撮影されてしまったのです。これが、ぴょんを悩ませる事になるとは・・・