新たな世界の始まりに立った女優と演出家

2019年 監督/ 黒沢清


アイドルに興味が無くても、AKB48をよく知らなくても、前田敦子の名前を知らない人はいないかもしれない。

彼女がアイドルを卒業し、女優への転身を発表した時は、"俳優業をナメて貰っては困る"とか、"すぐに挫折するだろう"とか、とにかくネガティブな感想しか抱けなかった。


そんな彼女に興味を持ったのは、つい最近のこと。彼女が毎日2本もの映画を鑑賞する、無類の映画好きであることを知ったからである。特に1950〜1960年代の映画を好む彼女は、生涯のベストムービーに『雨に唄えば』を挙げ、往年の大女優若尾文子を崇めている程の映画通なのだ。そして最も納得出来る理由がもうひとつ。実は兼ねてより女優になる夢を抱いてのだという。


そんな彼女を女優として称賛する映画業界の一人が、映画監督黒沢清である。世界からリスペクトを受ける日本映画界の名匠は、「誰とも交わらず、1人ぽつんとフレームに写るだけで存在感を出せる女優」と評価している。それがリップサービスでない証拠に、黒沢監督は自身の作品『Seventh Code』『散歩する侵略者』での起用を経て、本作『旅のおわり世界のはじまり』で再び主演に迎えている。


『旅のおわり世界のはじまり』は、ウズベキスタン共和国で海外ロケを敢行する、バラエティ番組の撮影隊を追ったフェイクドキュメンタリーである。

テレビリポーター業をこなしながら、いつか歌手になりたいと願う主人公葉子の姿は、俳優としての成功を求めもがく現在の前田敦子と被って見えた。

もちろんその姿は、元トップアイドルのあっちゃんではなく、本気の女優前田敦子としての姿だ。既に女優としての成功を認める意見もあるかもしれないが、女優前田敦子の魅力はまだまだ未知数であり、更なる高みがあると感じている。なにより、彼女自身がまだまだ満足していないだろう。

本作を観れば、前田敦子を好きな人も嫌いな人も、きっと素直に感動出来るはず。そして、その新たな魅力に気づくはず。


本作は、ウズベキスタンとの国交樹立25周年記念、そしてナヴォイ劇場完成70周年記念作品として、黒沢監督がオリジナル脚本で挑んだ作品である。魅力的なキャスティング、そして斬新なアプローチが光る、新たな黒沢清の世界を味わって欲しい。




【この映画の好きなとこ】


◼︎吉岡 (染谷将太)

主演の前田、加瀬、柄本の誰もが魅力的だが、染谷将太は特に好きかもしれない。冷徹でキレやすい若手ディレクターだが、不意に見せる人間味が魅力。

振り幅のあるキャラクターが最高



◼︎大衆食堂

撮影隊の無理な注文から、生焼けの料理を食べさせられる葉子。撮影後に作り直された料理を出されるも、無碍に断るディレクターの吉岡と葉子の姿がリアル。

「今度はよく焼けたよ」「いらんて」
「じゃ持っていきなさい」「はあ…」
これにあとで救われる



◼︎山羊のオック

狭い檻で飼われる山羊を不憫に思った葉子が、山羊を買取り野生に放すよう交渉する。あっさり応じた飼い主だが、その直後にとんでもない裏切りが…。葉子の咆哮がストレートに響く。

もう二度と人間なんかに捕まるんじゃないよ
怒れる葉子が飼い主に激しく詰め寄る
冷徹なディレクター吉岡が葉子の為に動く。カコイイ!



◼︎黒沢演出

ドキュメンタリー形式ながらも、随所に黒沢演出は健在。ウズベキスタンの観光地より、市場や裏通りばかりを描写。市街戦でベトナム戦争を描いたキューブリック監督の『フルメタル・ジャケット』に通じるものが?

スラム街のような緊張感
そしてやっぱり暗い映像



◼︎ナヴォイ劇場

劇場に迷い込んだ葉子が見た白昼夢。歌手を目指す自身が劇場の大舞台で"愛の讃歌"を歌う。幻想的でありながら予知夢のようでもあり、そこに葉子の芯の強さを感じる。

私、ナヴォイに立ったのよ!
そして歌ったのよ!
スゴいわ私(うっとり)



◼︎

カメラマンの岩尾に将来の夢と、帰国後の計画を語る葉子。「歌は心の底から湧き上がる感情が無いと歌えないもの」という葉子に、エールを贈る岩尾の包容力が際立つ。

説得力のある言葉で現状を悟らせながらもエールを贈る
加瀬亮上手いな。『アウトレイジ』しか知らなかった



◼︎逃走

撮影禁止区域と知らずカメラを回した葉子が警察の制止を振り切り逃走する。追手が迫る緊張感を黒沢監督ならではの演出術で描いた。黒沢清ファンのみなさま、お待たせ!

全編をI Can't Understandで乗り切ろうとする葉子

黒沢清節が錯列する!

心臓破りのジリジリ攻防はさすがだ!



◼︎尋問

葉子が刑事に詰め寄られたのは、無許可撮影や逃走した事ではなく、人としての在り方。現地人とのコミュニケーションを拒んできた葉子が思い知らされる痛烈な説教。

そんなに私たちが怖いですか?
マジすみません (´༎ຶོρ༎ຶོ`)
やっぱり暗くなる黒沢演出…怖いて



◼︎いい国

彼氏と電話する葉子はウズベキスタンを「いい国だよ。みんないい人で」と評した。バイクの青年、大衆食堂のおばさん、バスで席を譲ってくれた青年、警察官。其々の親切心に対し、一方的に心を塞いでいた葉子が一皮剥けた瞬間。

なんか泣きそう



◼︎愛の讃歌  

幾多の困難を乗り越え、愛で満たされた葉子が"心の底から湧き上がる感情"を乗せて歌うエンディング。ミュージカル女優を目指す葉子、そして女優前田敦子の新たな始まり。

あ…
ちょっと嬉しいサプライズが!
大自然をバックに気持ちよさげなあっちゃん
映画的ダイナミズムに溢れた気持ちいいラスト




ドキュメンタリーを装いながら、最後は映画的アプローチで締める黒沢監督の鮮やかな手腕にまたしても惚れずにはいられません!

『旅のおわり世界のはじまり』は黒沢監督の新境地であり、新たな傑作です。黒沢ファンでもランキング上位には選出しない作品かも知れませんが、ボクは今のところトップ3に入れちゃうくらい好きですね!物語を追う必要もありません!一緒に旅に放り込まれて、道中を時にハラハラしたり、時にときめいたりしながら楽しめる作品です!しかも、心を綺麗に洗ってくれます!


黒沢監督には、まだまだ女優前田敦子を育てて欲しいですね!そして、いつか二人の新たな代表作であり、世界が認める大傑作を放って欲しいと思います。いや、この二人ならきっと出来るはず!




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