眠っている時も起きている時も
ずっと、力を抜けずにいた王がいた。
王の位についた時から
ひと時も何かに身をゆだね、ぐっすりと眠ったことがなった。
この国の王は、失敗が許されなかった。
王として采配をふるったものは、
どんなことがあろうと王が責任をとる。
失敗は許されず、良い結果しか許されない。
一度でも失敗し、無能な王と周りから評価されたら
王の座から降ろされ、死ぬまで幽閉されるか、首を切り落とされる。
そして、側近の長が王の座に座る。
そのうえ、側近が王の座を狙い、王を殺し
王の座に就くこともある。
この国ではそうして、王の座が受け継がれていくこともあった。
それは決して、珍しいことではなかった。
彼の父親もそうして、王となった。
そして、そんな父が病気で亡くなり、彼が王を受継いだ。
そんな、王の継承を見聞きしていた彼にとって
ひと時も休まる時はなかった。
妻も他国から嫁いできたお姫様育ちで
女王として、ただ、その座に座っていればいいという女性だった。
そんな彼女に、彼は何も話すことができなかった。
そして、周りの国ともうまくやっていかなければならなかった。
自分の国だけが豊かにならないようにと
自国の中での産業を抑えた。
本当は、自国の民が豊かで幸せに暮らせる国を作りたかった。
皆が笑い、毎日お過ごしていけるような国を作りたかった。
でも、側近たちは、そんな空想のような国造りは
この国をダメにする甘い考えだと
聞こうともせず、自分たちの利益になることばかりを口にする。
それが国のためなんだと言いながら…
そして、自分の国だけが豊かになれば
それを奪うために、他国から攻め入れられることも分かっていた。
そうして、他国の刺客にねらわれることも少なくなかった。
だから、王は、自分の想いを抑え
自国の民が生活に困らない程度に
さまざまなものを王の命令として抑えていった。
他国と争いになれば、他国に商いに行っている者たちが、
たちまち囚われてしまう。
それだけは、避けなくてはいけないとも思っていた。
そんな怖れと不安と絶望を押し隠しながら
不満一つ言わず、弱音一つ吐かず
彼は、王らしくふるまった。
そして、彼は今の人生が早く終わることを願っていた。
そして、今度生まれ変わるなら、
愚者として生まれ変わりたいと願っていた。
そんなある月夜。
いつものようにベットに横になる。
そして、目をつむるが眠れないでいた。
なにか落ち着かないというわけではない。
ただ、何もかもに生気を感じず
自分の何かが、空っぽになったように感じていた。
彼は、隣で眠る妻を起こさないように
そっとベットから抜け出した。
そして、家来たちの目を盗み、城から出た。
どこに行こうということもなく、ただ、歩き続けた。
力ない足取りで歩き続ける。
いつの間にか
幼いころ、よく両親に内緒で出かけていた
森の中の小さな湖に向かっていた。
懐かしい想いが心の底から湧いて来た。
そこで少しの間だけ、一人で過ごしたいと思った。
そこにたどり着いた彼は、
昔、いつも休んでいた、
大好きな木の下に人影があることに気が付く
彼は、一瞬、息をひそめた、
そして、見つからないようにその場を離れようかと思った。
王がこんな場所にいることが知れたら、大変だと思った。
でも、その人影がこちらに向かって「誰?」と声をかけてきた。
彼は焦った。身動きとれずにじっとしていた。
そして、その人影が、こちらに向かってくる。
けれど、彼はあきらめ、もうどうでもよくなっていた。
王である自分がここにいることを知られようが、
この人影が、他国の刺客であろうが、
もう、どうでもよかった。
そして、自分からその人影のほうに歩み寄り、
月の明かりの下へ出た。
その人影は、彼の顔を見て表情ひとつ変えなかった。
そして、また、元いた木の下に座り、夜空を眺めていた。
そして、その人影は、
「あなたも座って、この夜空を楽しんだらどうです。
その為にやって来たんでしょう。」と彼に声をかけた。
その言葉で、彼の緊張がほどけた。
彼は、その人影の男性の少し離れた場所に
腰をおろし静かに夜空を眺めていた。
懐かしい場所。
一人になりたいとき必ずやってきた大好きな場所。
そんな場所に身を置けることが、とてもうれしかった。
やっと、王ではない自分に戻れた気がした。
空っぽに感じていた何かが、
優しく包まれていくように感じた。
そして、そんな、思いが口からこぼれだしていた。
その話を、近くにいる人影の男性は
聞いているのか、いないのかわからなかったが
それでも、彼は昔ここに来ていたころの話を話し続けた。
ひとしきり話し終えた彼は、
そろそろ帰らなくてはいけないことに気づき、立ち上がった。
そして、その人影の男性に礼を言い
「あたなたは、明日もここいるのですか?」と尋ねた。
返事はなかった。
でも、彼は「また、来ていいですか?」と聞いた。
やはり返事はなかった。
そうして、それから毎晩のように、その場所に出かけて行った。
そして、いつも返事のないその人影にのそばに座り
自分の話したいことを話し、
城に帰るという日々を過ごしていた。
ある日、いつものようにその場所に出かけて行くと、
その人影の男性の姿がなかった。
その男性は他国から来た旅人だった。
王は、男性が、なにも告げずいなくなってしまう日が、
いつかやってくるだろうと思っていた。
さびしかったが、たくさんの自分の想いを
何も言わず、黙って聞いていてくれた男性に、
ひどく助けられた気がした。
そして、また、いつか出会える気がしていた。
その時には、その男性に感謝の気持ちと
人生で一番の心の友だと思っている気持ちを伝えようと思った。
そして、彼は、一人その場所で少しの時を過ごし、
また、王の自分をやり遂げるために城へと向かった。