~ 枯れ果てたおばあさんと帰ってきた女性 ~ | おはなしてーこのお話

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枯れ果てたおばあさんは、張りのある姿になり、木の幹の家に帰る決心をした。

村の中を通り、村のはずれにある森の一番大きな木を目指して歩く。


久しぶりに見る村、歳月が流れてはいるけど、変わった様子の中に懐かしさを感じる。

そして、顔見知りの人とも出会わず、声を掛けてくる人もおらず、

それが、彼女をほっとさせた。


ただ、今の彼女の姿を見て、彼女だと分かる人はいないだろう。

ここにいた彼女は、若々しい女性だったのだから


村を通り過ぎ、村から少しはずれ、

森の一番最初に見える大きな木が、彼女の住んでいた木だ。

まだ、あの木は立っているのだろうか?幹の家はあるんだろうか?

そんな思いを持ちながら、その木が見える場所へと近づいていく

その木が、一番に目に飛び込んでくる。

以前よりも、どっしりとした感じの木になっていた。

少しずつ、少しずつ、その木に近づく


一瞬、風が吹く、そして、

「やっと、帰ってきたか」 とうれしそうな声がする。懐かしい声。

家の木が、彼女の姿を見つけ、声を掛ける。

この木は、風で葉や枝がこすれる音で、語りかけることが出来るのだ。


そして、また、風が吹く

そして、幹の家の前に付くと、入るのをためらっている彼女に、

家のドアを大きく開けてくれる。

恐る恐る、階段を登り家の中に入る。

家の中は何も変わらず、すっきりとしたきれいな空気が流れる。

彼女がいつも歌っていた出窓も変わらずあった。


「おまいさん、ずいぶんさびしい思いをしてきたんだなぁ」と木が声を掛ける。

幹の家の中に入ると、風がなくても木の言葉を感じることが出来る。

「おまいさん、大好きな歌を奏でていたその口で、

 ずいぶんと人を傷つけ、自分を傷つけてきたんだな。

 その、両端が曲がった口を見れば分かるよ。」

彼女はその言葉にびっくりし、口を両手で隠す。

そして、今までの悲しさと、自分のしてきたことへの後悔で涙があふれる。


そんな姿を見た木が、

「おまいさんと始めて会った時も泣いとったなぁ」と懐かしそうに言う。


そう、彼女はこの木と出会う前にも

悲しみと孤独の寂しさとで、押しつぶされそうになり、

この木のある森の中をさまよっていた。

もう、ここで、ひっそりと自分の存在をなくしてしまえればいいと思って

冷たい雨の降る森の中を歩き続けていた。

そして、この木の下で、座り込んだときに、

その雨を見ていた彼女の口から、自然と歌が出ていた。

あふれる涙をそのままにして、静かに歌っていた。


その悲しそうな歌声を聴き、彼女のそんな姿を見て

木は、何も聞かず、幹の家のドアを開け、彼女を家に住まわせてくれた。


そして、「ここに住んで、おまいさんの歌を、毎日、聞かせておくれ。」と

木が言ってくれたのだ。

彼女は、歌が得意なわけではなかった。

でも、それでもいいという木のために歌った。

悲しみも、喜びも、怒りもそのままに、歌に乗せそのまま歌い続けた。

歌に想いを込め、一音一音を包み込むように大切に歌った。


最初は決して、上手とは言えなかった。けれど、心地のいい歌声だった。

そして、彼女の中の悲しみや喜び、怒りが歌とともにきれいになったとき

周りの悲しみや喜びが彼女の中に入ってきた。

そして、それを今までの自分の感情と同じようにして歌い続けた。


そうして、彼女は出来事を歌で伝え、

その中にある悲しみや喜びのすべてを、地の力を借り、天に投げかけていたのだ。

「おまいさん、また、ここで歌ってくれんだろ?!

だから、帰ってきたんだよな。」と木が言う。

彼女は、今までの自分が情けなく、恥ずかしいという思いで、「でも・・・」と言う。


「おまいさんなぁ。何が大切か、気が付いたんだろ?!

 それにな、わしはおまいさんが、間違っとったとは思っておらんよ。

 確かに、技術に気をとられ始めたときのおまいさんの歌は、どんどん変わっていた。

 聞いていて、苦しいくらいだっだよ。

 でも、わしは、おまいさんが、おまいさんなりに一生懸命だったことは知ってるよ。

 だから、何も言わなかった。

 いつか、きっと、また、おまいさん自身が

 楽しいと思える歌を歌えるようになると思っていたからな。」と木が、彼女に話し続ける。


「今すぐにとは言わん。おまいさんが、歌いたいと思ったときに、どんな歌でもいい。

 また、歌を聞かせてくれ。まぁ、とにかく、ここでのんびりしていればいいよ。」と

木は彼女に言った。


そうして、彼女は数日を幹の家で過ごす。

彼女の歌っていたときの服が、クローゼットにかかっているのを見つける。

懐かしいさと胸を締め付けるような思いを感じる。


そして、ある日、冷たい雨が降り続けるのを、彼女は、ぼんやりと見つめていた。

それを見ていたら、死んだような森に住んでいたときの自分を思い出す。

悲しみと絶望と怒りと寂しさのたくさん詰まった想い。


それを感じたとたん、彼女はその想いを吐き出すように歌い始めた。

窓を開け、冷たい雨に流してもらうように、ただ、自分の想いを歌に乗せた。


彼女の周りで、何かが輝き始めた。

彼女の姿は、以前の若々しい女性の姿に戻っていた。


そして、その歌声を聴き、その姿を見た木の笑い声が聞こえ

それが、いつしか、天からの笑い声に聞こえた。


それからは、

歌を楽しむ彼女の歌声が、

森からの風に乗り、聞こえてくるようになった。


少しして、そんな彼女の歌声は

死んだようになった森に届く

そして、森は青々とした森に戻る。


そして、枯れ果てたおばあさんの言葉の悲しみに飲み込まれ

その森から、動けなくなってしまっていた少年の瞳に輝きが戻ってきた。