~ 服 ~ | おはなしてーこのお話

おはなしてーこのお話

ふっと生まれたお話や感じたことを書いてます。

腕を曲げることも足を曲げることも窮屈で
横になっても座っていても、落ち着かず、
どこか居心地の悪い毎日を過ごしていた人物がいました。

ある日、その人物は、この居心地の悪さを何とかしたいと思って
山の上にある木で作ったお城に住む、
不思議なお医者さんのところに出かけることにしました。

そのお城は着くと

そこには、大きな木の扉があり
その扉を開けると、不思議な雰囲気が流れています。
でも、その感じはとても心地よいものでした。
久しぶりに息をつけたように感じていました。

そんな風に感じてホッとしていたら
奥から、穏やかな笑顔の男性が現れました。

その男性は、年齢を重ねた落ち着きを感じさせながら
若々しさも感じさせる、年齢の分からない
不思議な雰囲気の医者でした。

その医者は「どうしたのかな?」と人物に声をかけました。
その人物は、自分の心地の悪さを話しました。

その話を聞いて、医者は笑いながら
「それはそうだと思うよ。そんなに服を着ていればね。」と言い
人物の前に大きな鏡を持ってきました。

その鏡の中の自分の姿を見た人物は、
自分の姿を見て、びっくりしました。
腕が曲がらないほど、パンパンに
たくさんの服を重ねて着ていたのです。

そして、鏡を覗き込んで驚いている人物に

医者が 、「簡単なことだよ。その服を脱げばいいだけなんだからね。」と
そして、「まずは、その分厚くて硬そうな上着から脱いだら?」言いました。

人物は、恐る恐る、まず、上着を脱ぎました。
とても、軽くなりました。
腕もひざも腰も以前よりずっと、軽く曲がるのです。

医者は人物に
「そうやって、一枚、一枚、脱いでいけばいいんだよ。
 そうやって脱いでいって、
 一人で脱げない服があったら、またおいで」と言いました。

人物は、脱いだ服を手に自分の家に帰りました。
そして、少しずつ服を脱いでいきました。
そして、脱いだ服を一枚ずつ丁寧に
クローゼットに掛けていきました。

そして、脱げない服が現れるたびに、
医者のところへと出かけていきました。

そうして、何度目かに医者のところに行った時
人物を見て、
「ああ、やっぱり、君は女性だったんだね。
 あまりにそれを隠そうとしているから、
 それを言ってはいけないのかと思っていたよ。」と、
医者が笑いながら言いました。

そう言われて、人物もやっと
自分が女性であることを思い出しました。

そうして、彼女は、また、少しずつ服を脱いでは
医者のところに出かけることを繰り返していました。

そんなことを繰り返し、
彼女の家のクローゼットがあふれんばかりになった頃
また、医者のところに出かけていきました。

どうしても、最後の一枚が脱げないでいたのです。
彼女は、いつものように、医者にそのことを言いました。
そして、いつものように、医者の前で
その服を脱ごうとボタンに手をかけたとき
その下に、ボロボロになった服を着ていることに気がついたのです。
そして、その服を隠すために
懸命にたくさんの服を重ねて着続けていたことを

その彼女の気持ちを察した医者は
「無理ならそのままでいいよ。
 ただ、自分の家に帰ったときだけは
 その最後の一枚を脱ぎなさい。
 それも無理なら、せめて寝るときだけでも
 そのボロボロになった服の姿で眠りなさい。
 そして、その最後の一枚を脱ぐときだけは
 私のところに来てください。」と言いました。

今まで、そんなことを言ったことのない医者の言葉を
彼女は不思議に思っていました。

そんな彼女に
「その時、そのボロボロになった服の変わりに
 君に一番似合う、君自身が誇れるような服を用意しておくからね」と、
うれしそうに医者が言いました。

そして、医者は続けます。
「その服を着たとき、君の家にある服が君の財産になるよ。
 そのボロボロの服もね。」

彼女は医者の言っていることが分かりませんでした。
今まで、自分を苦しめ、それを一所懸命脱いできたのに
今さら、何でそんなことを言うんだろうと思いました。

また、医者が言います。
「新しい服は、君自身のように感じる服になるからだよ。
 だから、その服の上に今までの服を着てもいいし、
 着なくてもいい。それを君が決めることが出来るんだよ。
 そして、今までと違うのは
 いつでも脱ぐことが出来ることなんだ。
 だから、今度は服を楽しめばいいんだよ。」

その言葉を聞いて、彼女は安心しました。
そんな彼女を見て

「楽しみに待っているからね。」と
医者はとてもうれしそうに笑みを浮かべていました