暮らしのあり方を考える*私のさんぽ道 -8ページ目

暮らしのあり方を考える*私のさんぽ道

3児の母になった私が、はたらく(職業人・家庭人・地域人など)を語ります。

姉妹弟愛、いいなぁと思いました。
思い通りにならないときは、うぎゃーとなり何もしたくなる。でも、そのとき自分はどうしたかったのか?ちょっと冷静になり思い出すと、交渉の第1歩になるし、様子をみていた人からの助け舟も出るんだなぁと思いました。


子どもたちの姉弟の交渉。
2つのパンを3人が狙っていました。早起きして一番最初にパンを食べだしたのは次女。残る1つを何とか弟から分けてもらおうとする11歳の長女。相手は「イヤ」というのが得意な3歳児。


最初に行ったのは、非主張的な交渉。
「このパンが良かったー。」とうぎゃーっとうずくまってしまいました。これじゃパンは食べれないわ。


このパンが欲しいの?弟に交渉したらいいんじゃない?と声をかけました。


どうするかなと思ったら、交渉を始めてました。
「パンくれなかったら、iPad なしだよ。」
「イヤーーー」


あぁあぁあぁ。これはちょっと攻撃的(汗)
「あのさ、これってお母さんが、勉強しなければ、家に入れてあげないよと言ってるのと同じだと思うんだよね。もうちょっと違う方法でお願いした方がいいんじゃない?」


そして、頭を抱える長女。


ついに長女、
「半分にしていい?また、買ってきてもらおうね。」


この様子をみていた次女。すでに食べ始めていたパンを少しちぎって、弟にそっと渡しました。


弟は渋々、うんという。


おぉ姉妹弟愛。


続いて私に交渉。
「今日のパンは美味しかった。次は3つ買っていてね。」


そうかそうか。わかったよ。


みていて微笑ましい爽やかな交渉でした。


もしかしたら親のひいき目で、ちょっと美化されたかもしれないけど、
こんな感じの姉妹弟のやり取り。
3人きょうだいっていいなぁ。


私も、交渉って得意じゃない。
自分の思い通りにならないときは、ちょっとだけ間をとって、自分は何がしたいのか?を考えて、主張的に交渉をしたい。
優しく助け舟を出せるようにもなりたい。


そんな気持ちにさせてくれて、
ありがとう子供たち。






今は一体何ができるのかわからない。ただ、真面目に考えて行動することで、祖父のように次の世代に何か残すことができるのかもしれないと思いました。


2月に入り、100分de名著はアドラーがテーマになったのですが、大好きなアドラーはひとまず置いておいて、1月の「代表的日本人」内村鑑三の方で振り返りをしておこうと思います。


{104704DB-26A6-4885-8AC6-984B34835C37:01}


最終回の第4回目を見終えての感想は、納得、でした。私の中には、私が生まれる前に亡くなった祖父の思想が生きているからです。私は母親からは薬剤師になるように言われて、育ちました。途中反発もしましたが、今は夫と一緒に薬局を立ち上げて、母より語りきかされた保険薬局の薬剤師になりました。母の語りは祖父の言葉だったときいています。


100分de名著代表的日本人テキストより引用
“自分のやりたいことをやるのが人生の目的ではない、自分が求められていることを実践するのが人生である。”

“自分で何をなすか、ではなく、他者から何を受け継ごうか、と考えて人生と世界を見るとき、私たちは初めて、自分たちに残された「遺物」の豊かさに気づくのではないでしょうか。”


今、私は職業人として、やりがいを感じながら、日々を送っています。社会状況は保険薬局の薬剤師にとって厳しい面もありますが、それを受けて、一緒に働く仲間たちとどうしたら患者さんや地域の人たちの役に立てるのか考えることもできて、実にありがたいことだと思います。


100分de名著代表的日本人テキストより引用
“種から始まり、樹木になり、実を成し、それを拾って食べる他者がいる。食べることでその者は心身を養う。しかし、そのことを木そのものは知らない。
人の生涯は、自分が何をしたかなどということはわからないまま過ぎていくものだ、それでよいではないか、それだからこそすばらしい”


今は一体何ができるのかわからない。ただ、真面目に考えて行動することで、祖父のように次の世代に何か残すことができるのかもしれない。


そう思えてきました。


第1回目を終えたとき、スピリチュアルタスク、使命との向き合い方が楽しみと書きました。それは、ただ真面目に生きていけば、自ずと向き合えるんだなぁと、感じることができました。


内村鑑三「代表的日本人」全く知りませんでしたが、主にスピリチュアルタスクを中心に考えるきっかけをもらいました。この1ヶ月、楽しく過ごせました。


いよいよ今月は、アドラー。
また張り切って、100分de名著見ていきたいと思います。




聴くことで今の私のコトバを伝えながら、
患者さんから徳も学ばせてもらって、
信頼される薬剤師を目指していきたいと思います。


“学者とは「徳と知識」をあわせて持つもの”
100de名著内村鑑三3回目を見てから、頭を離れません。


「信頼される薬剤師になりたい」前に薬局に来ていた学生さんが言っていました。
私もそう思います。


じゃあ信頼される薬剤師って、どんな薬剤師?具体的に意見を出し合い、「人間性と専門知識を持った薬剤師」と最終的にはまとめ上げました。
まさに「徳と知識」と同じ答えを彼女たちは出したのでした。


専門知識は、大学で学んだベースがあり、学ぶ術も想像がつくのだけど、
徳は、どうしたら身につくのんだろう?


朝ドラで、あさも「私の欲しい信頼を、旦那さまは持っている。」というセルフを言っていたけど、あの人徳は、「人の話が聴ける人はそうはいません。」と五代さんが指摘していたから、きっと聴く力の賜物なんだろうと感じています。


聴くって、どういうことだろう?


時よりよぎるこの問い。


100de名著内村鑑三のテキストより、
“哲学者の井筒俊彦は「言葉」と「コトバ」と使い分けていましたが、彼にとって言葉は、言語あるいは文字として認識されるもの、コトバは不可視なものを指します。画家なら色、音楽家なら音、彫刻家なら形がコトバです。また、行為もコトバになることがある。たとえば私が悲しみに沈んでいる。そうしたときに親友が隣で、何も言わずにずっと一緒にいてくれる。このとき彼は何も語りませんが、その沈黙の行為こそ、雄弁なコトバです。”


このことからも、聴く行為はコトバを発しているんだろうと思うわけです。


先日、アドラー心理学ELM勇気づけ勉強会 
第2章『聴き上手になる』
を学生さんと一緒に体験学習したところ。聴く態度で、話しやすさは全然違う。


患者さんの顔をみて様子を伺いながら、話を聴く。今の私のコトバを伝えながら、患者さんから徳も学ばせてもらって、信頼される薬剤師を目指していきたいと思います。


{B45D8989-429F-41AB-B312-D09679FFCB3D:01}