“徳”と“聴くこと” | 暮らしのあり方を考える*私のさんぽ道

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3児の母になった私が、はたらく(職業人・家庭人・地域人など)を語ります。

聴くことで今の私のコトバを伝えながら、
患者さんから徳も学ばせてもらって、
信頼される薬剤師を目指していきたいと思います。


“学者とは「徳と知識」をあわせて持つもの”
100de名著内村鑑三3回目を見てから、頭を離れません。


「信頼される薬剤師になりたい」前に薬局に来ていた学生さんが言っていました。
私もそう思います。


じゃあ信頼される薬剤師って、どんな薬剤師?具体的に意見を出し合い、「人間性と専門知識を持った薬剤師」と最終的にはまとめ上げました。
まさに「徳と知識」と同じ答えを彼女たちは出したのでした。


専門知識は、大学で学んだベースがあり、学ぶ術も想像がつくのだけど、
徳は、どうしたら身につくのんだろう?


朝ドラで、あさも「私の欲しい信頼を、旦那さまは持っている。」というセルフを言っていたけど、あの人徳は、「人の話が聴ける人はそうはいません。」と五代さんが指摘していたから、きっと聴く力の賜物なんだろうと感じています。


聴くって、どういうことだろう?


時よりよぎるこの問い。


100de名著内村鑑三のテキストより、
“哲学者の井筒俊彦は「言葉」と「コトバ」と使い分けていましたが、彼にとって言葉は、言語あるいは文字として認識されるもの、コトバは不可視なものを指します。画家なら色、音楽家なら音、彫刻家なら形がコトバです。また、行為もコトバになることがある。たとえば私が悲しみに沈んでいる。そうしたときに親友が隣で、何も言わずにずっと一緒にいてくれる。このとき彼は何も語りませんが、その沈黙の行為こそ、雄弁なコトバです。”


このことからも、聴く行為はコトバを発しているんだろうと思うわけです。


先日、アドラー心理学ELM勇気づけ勉強会 
第2章『聴き上手になる』
を学生さんと一緒に体験学習したところ。聴く態度で、話しやすさは全然違う。


患者さんの顔をみて様子を伺いながら、話を聴く。今の私のコトバを伝えながら、患者さんから徳も学ばせてもらって、信頼される薬剤師を目指していきたいと思います。


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