ジェルキャンドルを通じて、ムスコへの勇気づけを考えています。
夕食の準備をしているとき、ムスコがブーブであそぼと誘いにきました。
夕食を作っているからあとでねぇと話したら、その場を離れたので、
私は料理を続けたのですが…
ムスコはその時、次女が一生懸命作ったジェルキャンドルに手を突っ込み、
ぐちゃぐちゃにしていた…みたい。状況証拠が揃っていた(涙)。
ムズカシイと感じながら、一人で作った作品だったので、
私もとても悲しくなって、泣く次女と一緒に悲しいねぇと話しました。
ムスコはその状況を、驚いた様子。
「これ、○○ちゃんやったの?」と聴くと、「うん」と。
「どうしてやったの?」と聴くと「美味しそうだったから。」だって。
よく見ると口にジェルがついているじゃないの。
そんでもって、リビングにあったムスコが大好きな本が、ビリビリに破られていた。
絵本も一緒に読みたかったんだろうなぁ。
ムスコにはお母さんがすぐに遊んであげられなかったけど、
みんなのご飯の用意をしていたからだよ。
お姉ちゃんの大切なものに、こんなことしちゃだめだね。
悲しくなっちゃうよって伝えました。
人が悲しむことをするのは良くないことなんだということは、
これからいろんな体験をして、覚えていくのだと思う。
だから、その都度、感じたことを伝えながら、時には注意をして、
普段は、適切な行動に注目して、接していきたい。
弟に壊されたジェルキャンドルをみながら、「砂のところは綺麗だね」と話す
次女には救われました。
一連の様子をみて、いつもよりやさしく妹に接する長女にも癒されました。
この子たちも一緒に、いろんなことを感じて成長していくんだなぁ。
襲われたジェルキャンドル。
お友達にそっと湯煎をするとイイよって教えてもらって、
早速やってみたら、泡に戯れる動物たち程度まで修復できました。
実家にお泊りに行っている次女がみたら喜んでくれるかなぁ。
怖いけど、目をそらしてはいけないね。
次女が寝る前の読書タイムにこれ読んでと本を持ってきました。
”もったいないばあさんと考えよう世界のこと”
心底むかつきました。
子どもに教育を与えず、労働者や兵士に仕立てるなんて、なんてことをするんだって。
大人の助けを得ず、子供だけで生活していかなきゃならないなんで、
どんなに過酷なんだろうと思いました。
その晩、オットと一緒に
”NHKスペシャル “あの子”を訪ねて~長崎・山里小学校 被爆者の70年~”を観ました。
想像できないなと思いました。
悲惨なのはその時だけではない。その後を生きること。その運命を背負うこと。
幼いころならなおさらだと感じました。
そして、今の70代以上の人たちはみな、
そのときとその後を生きたという経験をしているのだなぁと思いました。
誰もが自分の置かれている環境に対し、自律して生きていくことにはなると思う。
だけど、その環境を作ってきているのは、その前を生きた大人たち。
生まれながらにして、幼いころから、その過酷な環境を背負い、
生きるための基礎力を得る教育環境もないまま、生活しなければならない
そんな環境を作ってしまうのは、心身の不健康を与えてしまうのは、
どうかと思う。
昨晩も、次女は”もったいないばあさんと考えよう世界のこと”を持ってきました。
そのとき、長女は、「私この本、嫌い。だって怖いじゃん。」と。
長女の気持ちはよくわかる。
私自身、世界の貧困な生活を想像したり、戦争を想像したり、怖くてたまらない。
テレビも観るヒマないとかココロでつぶやいて、
安保法のことも、原子力のことも、今の日本の社会課題に関しても、
どこか遠くのことだと逃げてしまう自分もいる。
怖いけど、目をそらしてはいけない。
世界の貧困な生活と戦後70年、そして今の私の生活。
どこかでつながっているという現実。
そう感じるきっかけを、子供たちにもらいました。
ありがとう。
次女が寝る前の読書タイムにこれ読んでと本を持ってきました。
”もったいないばあさんと考えよう世界のこと”
心底むかつきました。
子どもに教育を与えず、労働者や兵士に仕立てるなんて、なんてことをするんだって。
大人の助けを得ず、子供だけで生活していかなきゃならないなんで、
どんなに過酷なんだろうと思いました。
その晩、オットと一緒に
”NHKスペシャル “あの子”を訪ねて~長崎・山里小学校 被爆者の70年~”を観ました。
想像できないなと思いました。
悲惨なのはその時だけではない。その後を生きること。その運命を背負うこと。
幼いころならなおさらだと感じました。
そして、今の70代以上の人たちはみな、
そのときとその後を生きたという経験をしているのだなぁと思いました。
誰もが自分の置かれている環境に対し、自律して生きていくことにはなると思う。
だけど、その環境を作ってきているのは、その前を生きた大人たち。
生まれながらにして、幼いころから、その過酷な環境を背負い、
生きるための基礎力を得る教育環境もないまま、生活しなければならない
そんな環境を作ってしまうのは、心身の不健康を与えてしまうのは、
どうかと思う。
昨晩も、次女は”もったいないばあさんと考えよう世界のこと”を持ってきました。
そのとき、長女は、「私この本、嫌い。だって怖いじゃん。」と。
長女の気持ちはよくわかる。
私自身、世界の貧困な生活を想像したり、戦争を想像したり、怖くてたまらない。
テレビも観るヒマないとかココロでつぶやいて、
安保法のことも、原子力のことも、今の日本の社会課題に関しても、
どこか遠くのことだと逃げてしまう自分もいる。
怖いけど、目をそらしてはいけない。
世界の貧困な生活と戦後70年、そして今の私の生活。
どこかでつながっているという現実。
そう感じるきっかけを、子供たちにもらいました。
ありがとう。
無自覚に話していることを、子供は受け止めているんだなぁと思いました。
夏休み中の長女に、母不在の1日はどう過ごしたのか話を聴くようにしているのですが、
昨日は、本を読んでいたと。また本?ずっと本を読んでいたのか?とたずねると、
「うん。もう2回目だよ。お母さん、本は2回読みなさいって言ったでしょ。」だって。
記憶がないけど、私の言いそうなことだなぁ。
私は読みたかった新しい本を手に取ると、嬉しくなってすごいスピードで読んでしまう。
時には真ん中を飛ばして、最後を読んでから、前に戻ることもあるわけで。
それほど、先を先に進めたい気持ちが先行してしまい、
そのあと、読み終えた達成感に浸って、満足してしまうことも多々ありました。
ある時、研修の課題で、テキストを読み込む作業をして、気づきました。
私の普段の本の読み方って浅いよね。これじゃあ勿体ないなぁって。
それからは、印象の良い本は、繰り返し読むようになりました。
時には付箋やラインを付けたりして。簡単な感想文も残すようになりました。
実際今読んでいる本も2回目です。
自分の経験をもとに、子供にも同じようなことを話していたんだなぁ。
ということは、日々の生活で、自分が取り組んでいること、大切にしていることを、
無自覚に伝えているわけで、
結局、子どもにこうあってほしいという希望の姿を押し付けるのではなく、
私が体現し続けていないといけないんだろうなぁと思ったのでした。
『私がおぼえていることは、自分が悩み決断した内容。
子どもがおぼえていることは、たわいもない日常のことで、私の記憶には残っていない。』
子育ての先輩よりそんな経験談を聴きました。
きっと私も同じ。
無自覚で記憶に残らないことはたくさんあると思う。
それも含め、思いっきり私らしく生きる姿を子どもたちに見せていこうと思います。
夏休み中の長女に、母不在の1日はどう過ごしたのか話を聴くようにしているのですが、
昨日は、本を読んでいたと。また本?ずっと本を読んでいたのか?とたずねると、
「うん。もう2回目だよ。お母さん、本は2回読みなさいって言ったでしょ。」だって。
記憶がないけど、私の言いそうなことだなぁ。
私は読みたかった新しい本を手に取ると、嬉しくなってすごいスピードで読んでしまう。
時には真ん中を飛ばして、最後を読んでから、前に戻ることもあるわけで。
それほど、先を先に進めたい気持ちが先行してしまい、
そのあと、読み終えた達成感に浸って、満足してしまうことも多々ありました。
ある時、研修の課題で、テキストを読み込む作業をして、気づきました。
私の普段の本の読み方って浅いよね。これじゃあ勿体ないなぁって。
それからは、印象の良い本は、繰り返し読むようになりました。
時には付箋やラインを付けたりして。簡単な感想文も残すようになりました。
実際今読んでいる本も2回目です。
自分の経験をもとに、子供にも同じようなことを話していたんだなぁ。
ということは、日々の生活で、自分が取り組んでいること、大切にしていることを、
無自覚に伝えているわけで、
結局、子どもにこうあってほしいという希望の姿を押し付けるのではなく、
私が体現し続けていないといけないんだろうなぁと思ったのでした。
『私がおぼえていることは、自分が悩み決断した内容。
子どもがおぼえていることは、たわいもない日常のことで、私の記憶には残っていない。』
子育ての先輩よりそんな経験談を聴きました。
きっと私も同じ。
無自覚で記憶に残らないことはたくさんあると思う。
それも含め、思いっきり私らしく生きる姿を子どもたちに見せていこうと思います。




