前の続きの記事を書きます。
さて、私はやっと日本人女性達の力を借りて、宿を決める事ができました。
(ヴィクトリア駅の近くで、石作りの3階建くらいの大きな屋敷でした)
この宿ではシングル・ルームを貰いましたが、質素な部屋というイメージでした。
全ては白色で統一され、まるで病室か?と思う様な部屋で、ベッドの他には裸電球が2つ程度でした。
(他の日本人女性は短期滞在でツイン・ルームでしたが、新装のかわいらしい部屋をあてがわれており、カーテンとクッションカバーがお揃い、マーガレットか何かの花柄で、ヨーロッパテイストを感じる家具調度品もありました)
値段は、確か変わりませんのに、何故でしょうか?
スタートから不運に恵まれ過ぎております。
其の上、最初に前金で3週間分の宿泊代金を入れてしまったのが、後々大きな後悔をすることになりました。
(ロンドンを起点に色々と見て回るのも良いけど、3週間滞在するのは長すぎた・・・。だって、観光ビザとしてイギリスでの滞在許可は1ケ月しかなかったので、ほとんどをロンドンで過ごさないと行けなくなったのです。最初の宿で英語のハンディーを痛感したのと、しょいこのようなバッグの重さが半端なく、自分で旅先で宿探しすることがちょっとばかり億劫になっていたのです。)
ここの家主はクリスチャンであるらしく、女子寮の中には、立派な祈祷室がありました。
そこの前の通路を渡って自分の部屋に入る時は、何となく陰気臭くて怖~い霊気が漂っていました。
ベッド&ブレックファストの宿でしたので、朝は朝食が付いています。
しかし、この朝食が毎回同じ物ばかりでしたので、ちょっとうんざりでした。
紅茶、ミルク、コーンフレイク、カリカリの超薄切りブレッドをトーストして焼いたもの、ジャム、バター、バナナ。
他には何もありません。
皆さん長期滞在者の方々は自分でベーコンエッグでも焼いて会社なり学校へ行かれていたようです。
自炊もできるような設備もちゃんと完備されていました。
このキッチンで出会った女性達と話す事が、唯一の私のイギリスでの英会話レッスンとなりました。
年齢的にも近い女性達が多かったのですが、片言しか話せない私に耳を傾けてくれそうな人は多くはいません。
香港からロンドンの大学で会計学を学びにきていた女性は知的で、教養もありそうで、親切でした。
(やはり、同じアジア人同士ということで、気持ちが通じそうでした)
他に、フランスから来ていた年下の女性がいて、その子が何かとおしゃべりの相手をしてくれまして、一緒に公園に遊びに行ったりしておりました。
他には、老齢のご婦人がいて(家主さんと友達みたいでした)、ここにずっと住まわれているようでしたが、お部屋に遊びにいらっしゃいと言われて、親切にして貰いました。
でも、悲しいかな、自分の自己主張はできても、相手のお話を理解することは、30%くらいも出来ていなかったと思います。
(いつも、 I want to ~。 I like ~。 What is this? だけで乗り切っていました)
ロンドンでは、大英博物館やマダムタッソー(蝋人形館)やウエストミンスター寺院、トラファルガー広場、バッキンガム宮殿、ハイドパーク、ソーホー地区等が記憶に残っています。
大英博物館は無料です。見るのに、3日間は欲しいです。
ここで、レオナルド・ダ・ビンチ作のデッサン画をみた記憶があります。踊り子のような・・・。
他に、中国から持ち帰ってきたような美術品や、日本の写楽など。
大英博物館から出て、入口で地図を広げていたら、警備?のおじさんから、
May I help you?
って言われて、「おお、教科書で習ったフレーズや!」って、驚いた事を覚えています。
他には、ロンドンを起点にして周辺の近場の観光地を回るようになった私は、身軽になったので、行動範囲も広がったことだけは何よりでした。
(それ以降の旅みたいに、ロッカーに荷物を預ける心配もなく、宿探しの時間も不要でしたし、友達もできましたので、宿に帰った時は、我が家に帰った時のような安堵感がありました)
オックスフォード、ケンブリッジ、港町(名前は忘れました)等を旅しました。
この宿を出てからは、上へ上と北上していきました。
目的地は、エジンバラ。
(スコットランドですので、人の気質も違うと言われていました)
途中、湖水地方にも寄りました。
9月だというのに、湖水観光は、震え上がる寒さでした。
ロンドンのマークス&スペンサーという大手スーパーでジャケットを買っていたのですが、それを着用してもまだ寒い!
天気は曇りだし、湖水の上に吹く風は、ボートが走るのと相まってかなり体温を奪っていきました。
風景を堪能する余裕なし!
(一刻も早く、この場から立ち去りたい!)
そして、エジンバラへやっと到着しました。
続きは、又。
さて、私はやっと日本人女性達の力を借りて、宿を決める事ができました。
(ヴィクトリア駅の近くで、石作りの3階建くらいの大きな屋敷でした)
この宿ではシングル・ルームを貰いましたが、質素な部屋というイメージでした。
全ては白色で統一され、まるで病室か?と思う様な部屋で、ベッドの他には裸電球が2つ程度でした。
(他の日本人女性は短期滞在でツイン・ルームでしたが、新装のかわいらしい部屋をあてがわれており、カーテンとクッションカバーがお揃い、マーガレットか何かの花柄で、ヨーロッパテイストを感じる家具調度品もありました)
値段は、確か変わりませんのに、何故でしょうか?
スタートから不運に恵まれ過ぎております。
其の上、最初に前金で3週間分の宿泊代金を入れてしまったのが、後々大きな後悔をすることになりました。
(ロンドンを起点に色々と見て回るのも良いけど、3週間滞在するのは長すぎた・・・。だって、観光ビザとしてイギリスでの滞在許可は1ケ月しかなかったので、ほとんどをロンドンで過ごさないと行けなくなったのです。最初の宿で英語のハンディーを痛感したのと、しょいこのようなバッグの重さが半端なく、自分で旅先で宿探しすることがちょっとばかり億劫になっていたのです。)
ここの家主はクリスチャンであるらしく、女子寮の中には、立派な祈祷室がありました。
そこの前の通路を渡って自分の部屋に入る時は、何となく陰気臭くて怖~い霊気が漂っていました。
ベッド&ブレックファストの宿でしたので、朝は朝食が付いています。
しかし、この朝食が毎回同じ物ばかりでしたので、ちょっとうんざりでした。
紅茶、ミルク、コーンフレイク、カリカリの超薄切りブレッドをトーストして焼いたもの、ジャム、バター、バナナ。
他には何もありません。
皆さん長期滞在者の方々は自分でベーコンエッグでも焼いて会社なり学校へ行かれていたようです。
自炊もできるような設備もちゃんと完備されていました。
このキッチンで出会った女性達と話す事が、唯一の私のイギリスでの英会話レッスンとなりました。
年齢的にも近い女性達が多かったのですが、片言しか話せない私に耳を傾けてくれそうな人は多くはいません。
香港からロンドンの大学で会計学を学びにきていた女性は知的で、教養もありそうで、親切でした。
(やはり、同じアジア人同士ということで、気持ちが通じそうでした)
他に、フランスから来ていた年下の女性がいて、その子が何かとおしゃべりの相手をしてくれまして、一緒に公園に遊びに行ったりしておりました。
他には、老齢のご婦人がいて(家主さんと友達みたいでした)、ここにずっと住まわれているようでしたが、お部屋に遊びにいらっしゃいと言われて、親切にして貰いました。
でも、悲しいかな、自分の自己主張はできても、相手のお話を理解することは、30%くらいも出来ていなかったと思います。
(いつも、 I want to ~。 I like ~。 What is this? だけで乗り切っていました)
ロンドンでは、大英博物館やマダムタッソー(蝋人形館)やウエストミンスター寺院、トラファルガー広場、バッキンガム宮殿、ハイドパーク、ソーホー地区等が記憶に残っています。
大英博物館は無料です。見るのに、3日間は欲しいです。
ここで、レオナルド・ダ・ビンチ作のデッサン画をみた記憶があります。踊り子のような・・・。
他に、中国から持ち帰ってきたような美術品や、日本の写楽など。
大英博物館から出て、入口で地図を広げていたら、警備?のおじさんから、
May I help you?
って言われて、「おお、教科書で習ったフレーズや!」って、驚いた事を覚えています。
他には、ロンドンを起点にして周辺の近場の観光地を回るようになった私は、身軽になったので、行動範囲も広がったことだけは何よりでした。
(それ以降の旅みたいに、ロッカーに荷物を預ける心配もなく、宿探しの時間も不要でしたし、友達もできましたので、宿に帰った時は、我が家に帰った時のような安堵感がありました)
オックスフォード、ケンブリッジ、港町(名前は忘れました)等を旅しました。
この宿を出てからは、上へ上と北上していきました。
目的地は、エジンバラ。
(スコットランドですので、人の気質も違うと言われていました)
途中、湖水地方にも寄りました。
9月だというのに、湖水観光は、震え上がる寒さでした。
ロンドンのマークス&スペンサーという大手スーパーでジャケットを買っていたのですが、それを着用してもまだ寒い!
天気は曇りだし、湖水の上に吹く風は、ボートが走るのと相まってかなり体温を奪っていきました。
風景を堪能する余裕なし!
(一刻も早く、この場から立ち去りたい!)
そして、エジンバラへやっと到着しました。
続きは、又。