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Future Cafe

音楽レビューのようなもの〜TECHNO、JAZZ、BREAKBEATS etc

「Hellfire」BLACK MIDI

 

 

 前作『 cavalcade』にすっかりハマってしまった筆者は、自分がロックと疎遠になってしまっていたため知らなかっただけで、この種の音楽がきっと新しいムーブメントを形成しているに違いないとにらみ、似たテイストのバンドを捜してみたのだが、これがなかなか見つからない。かつてのジャーマン・ロックとまでは言わないまでもマッド・チェスターやブリット・ポップ、グランジ、シューゲイザー、ディスコ・パンク、チル・ウエイヴぐらいのうねりがあっても良さそうなものなのに、ない。2021年7月3日付のブログにおいて 筆者は「(ブラック・ミディは)プログレのようだが、大きな物語には特別な関心が無く、その世界は脈絡を欠いて断片的だ」と直感的に書き綴ったのだが、実際にフォロアーといえるバンドの少なさこそが、そのことを裏書きする現象なのかも知れない。つまるところ、何でもありで、特定のムーブメントには回収されにくいポストモダンの一形態と言うことになるのだが、それはインターネットやサブスクリプションの日常的な利用から必然的に導き出されたポストモダンであり、ホーンセクションを大胆に導入したキング・クリムゾンばりに周到な展開とは裏腹に、過去のコンテクストを踏まえていないように見えるところが面白い。

 比較手短いインターバルでリリースされた本作『Hellffie』でも、その展開の変幻自在ぶりは健在だ。しかし、②「Sugar/Tzu」や④「Welcome To  Hell」のようにカオティックな展開にエモーショナルなヴォーカルをぶつけたダイナミックな楽曲は今作の特徴といえるだろう。これを音楽性の進化と捉えるか、ポピュリズムの現れと捉えるかでその評価も変わってくるだろう。とはいえ、これをポピュリズムであると言い切るのは少々乱暴だ。おそらく本作の聴き所は、前作ではアルバム単位で表現されていた〈秩序〉と〈混沌〉が、曲単位に圧縮されて濃密度を増しているところだ。緊張感を孕んだ室内楽的なパートやバートバカラックを想起させる極甘トラックの唐突な挿入など、前作の方がインパクトがあったことは否めない。しかし、ロックバンドである以上、いずれはバンドアンサンブルに回帰しなければならない。本作は実験的なコンテンポラリー作品であることと、ロックであることの狭間で、ぎりぎりのラインを狙ったんだと思う。バンドアンサンブルと言っても彼らの場合、フォークからクラシック&ジャズ風アンサンブル、バート・バカラック風メロディ、エレクトリック・ボディ・ミュージックばりの咆哮までが〈秩序〉と〈混沌〉を重層化させながら、目まぐるしく展開していくのだからたまらない。

 アルバムの中盤、⑥「Harf Time」とタイトルが付けられたわずか数秒の間奏曲は完全に電子ノイズだが、ここにブラック・ミディのこだわりが透けて見える。要するに単純なロックはやらないぞと。ストリングスアレンジを効かせた⑨「The Defence」や、エンディングにエンターテインメントであることを種明かしするような仕掛けが施された⑩「27 Questions」を聴いていると、バート・バカラックはもとより、ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンやミッシェル・ルグランにも匹敵するポップスアルバムのをつくることができるのではないかと夢想してしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「猫舌カモミールティー」乃木坂46(4期生)

 

じつはこの曲、2021年リリースされた「さよならFingers Crossed」のカップリング曲なのだが、今頃になって、その凄さに完全にやられている。何をどう変換すれば、猫舌カモミールティーなどというチャーミングなワードが生まれるのか。これだから秋元康からは目が離せない。

 

 

 

「#前に進む唄」神宿

 

タイトルはド直球。グループ名は狙い過ぎの暴投。売れる要素は微塵もないんだけど、曲はいい。J-popっぽさとアイドル歌謡らしさが絶妙なバランスで配合されていて癖になる。神は細部に宿る(byミース・ファンデルローエ)ってか?本当は神宮前+原宿で神宿らしいが。

 

 

 

「僕がここにいる意味」ハープスター

 

にゃんこスターならぬハープスターのシングル曲。これまたメッセージ性の高さがタイトルに出てしまっている。アイドル歌謡路線としては及第点の泣きのメロディもGOOD。ビジュアル系バンド、シドのようないなたさとポップさのせめぎ合いが聴き所か。

 

 

 

「しそうでしないキッス」NGT48

 

AKBグループの中では影の薄いNGT48だが、このシングルは乃木坂風でせつな美しい。どこか小田和正の「ラブストーリーは突然に」に似ているのと感じるのは私だけだろうか。

 

 

 

「ラタタタハンター」はちみつBLACK

 

韓国のガールズユニットブラックピンクと同じ発想のグループ名。ベビーメタルのような出だし。デスラビッツのようなアートワーク。既視感の塊だが、案外オリジナリティがあるかも。サビのドライヴ感は技ありの1本!

 

 

 

「世界の中心で虹を叫んだサマー」虹のコンキスタドール

 

本作も2021年の作品。小泉今日子の「なんってたってアイドル」への令和からの回答ともいえるサビのメロディが秀逸。でんぱ組inkのようにカラフルなアニメヴォイスも華を添える。アイドルによる夏うたの決定版といってもいいだろう。このグループはいい歌が多い。

 

 

 

 

「Persistence」Daniel Maunick

 

 

 中高年のノスタルジーが跋扈する昨今の音楽シーンをことある度にディスっておきながら、当ブログで取り上げるアルバムも次第に既視感を帯びたものが増えてきた。アジムスやジョイス、マルコス・ヴァーリ、アルチュール・ヴェロカイなどの新作を手がけ、90年代にブラジリアン・ミュージックとクラブ・ミュージックをつなぐ架け橋としての役割を果たした〈ファー・アウト〉から今年リリースされたダニエル・マウニックのセカンドアルバムも、どこか90年代における折衷主義の影を引きずった作品といえるだろう。アジムスやマルコス・ヴァーリをはじめ、テリー・キャリアー、ポール・ウェラー、父親の在籍するインコグニートの作品に参加し、デビュー作の『Macumba Quebrada』ではムーディーマンやロン・トレントなどディープハウス界のカリスマを起用するなど、クラブ・ミュージック第2世代ならではの卒のなさが感じられるダニエルだが、2作目となる本作でも、独創性に富んでいるとはいえないが、実に精巧な見取り図に基づいて構築されたハウスサウンドが聴ける。

 ①「Arraia」はムーディーマンやロン・トレントを思わせるディープハウスだが、アフロ/ブラジリアンのビートが、漆黒の楽園へと聴く者を誘う。②「Persistence 」、③「Bitter Regret」、⑧「Just Deserts」などは、セオ・パリッシュあたりのビート感覚に近く、デトロイトハウス/テクノからの影響を伺わせるトラックだ。④「Illusion」は、メロウでドラマチックな楽曲だが、ディープハウスから一転して、「High-tech Jazz」のURを思わせるジャジーテクノへと変化する瞬間はゾクゾクさせられる。⑨「Shadow  Bower」もそうだが、ホアン・アトキンスなどデトロイトテクノをオーガニックに進化させたようなサウンドが最高だ。④「Illusion」は、このアルバムのベストトラックだと思う。⑤「The Love Has Gone」はドラムンベースなのだが、フォーテックさながらに間を活かしたダークな音が印象的だ。〈ファー・アウト〉だけに、ラテンドラムンベースを持ってきそうなものだが・・・。アジムス風のインタールード曲⑥「Reflectibns」や、アフロ/ブラジリアンが炸裂する冒頭からインナーゾーンオーケストラ的プログラミング世界へと厚みを増していく「Remnants  Of Joy」は本作のグルーブに、ラテンのエキゾチシズムを注ぎ込んでいる。⑪「A Second Chance」はアシッドハウスというか、ブリープハウスというか懐かしのコンピュータサウンドが格好いい。エンディングをサウダージ感が漂うラテンサウンド⑫「Promessa」できっちり締めるところなど抜け目のないダニエルだが、このアルバムはダンスサウンドとしても、メロウサウンドとしても聴けてしまう懐の深さが魅力だと思う。⑩「Addicted」のようなメロウなに楽曲こそ、〈ファー・アウト〉の遺産が受け継がれている。それにしたって、オヤジのノスタルジーであることには変わりがない。

 

 

 

 

 

「 Keep On With Falling」The Boo Radleyds


 

 ロバート・グラスパーの『ブラック・レディオ』シリーズの最新作を聴いていたら、ティアーズ・フォー・フィアーズの1985年の名曲「エブリバディ・ウォント・トゥ・ルール・ザ・ワールド」のカバーソングが流れてきた。そのことと関係あるのかどうかは分からないけど、ティアーズ・フォー・フィアーズの新作『The Tepping Point』がリリースされた。結論を言えば、彼らはデビュー以来、5年に1枚ほどのペースで新作を出し続けており、別に久しぶりの新作というわけではなかった(随分と寡黙なペースではあるが・・・)。

 再結成話など、それこそ掃いて捨てるほどあるし、マイ・ブラディ・バレンタインの活動再開というサプライズ以降、少々のことでは驚かなくなっていた僕が目を疑ったのは、ザ・ブー・ラドリーズの24年ぶり新作リリースのニュースだった。ファン的には元祖シューゲイザー、オルタナポップ職人であるリバプール出身のロックバンドだけど、一般の音楽ファンにとっては「Wake Up boo!」で知ってる一発屋バンドの再結成。これを奇跡と言わずしてなんと言おう。普段は中年のノスタルジーが蔓延する音楽シーンにうんざりモードの私でも、このニュースには微笑みを禁じることは出来なかった。日本における若年層によるスピッツ再評価みたいな波が世界的にもやってきているのだろうか。 

 ここで間違ってもしては駄目なのは、「Wake Up Boo!」の再来を期待することだろう。サイス、ティモシー・ブラウン、ロブ・シーカのメンバー3人は健在だが既に皆おじさんだ。それに大ヒットした「Wake Up Boo!」は、彼らにとっては例外的な楽曲であり、あれをやったところで二番煎じの印象はぬぐえない。僕が彼らに期待するのは、成熟とは無縁の中年男たちによる青春の続きだ。往生際が悪いといわれようが、藤井風に青春病と揶揄されようが、あのキラキラした時間を再び見せてくれるなら、それ以上のことはない。

 24年ぶりの新作『Keeo On With Fallinig』は前作を超えることはできなくても、想像は大きく超えるアルバムだった。オープニングを飾る①「I've Had Enough I'm Out」のギターを聴いただけで、あの頃の感覚が蘇ってきた。打ち込みが印象的な表題曲は、同郷のビートルズのようでオレンジ・ジュースのようでもある良曲。つまり、商業ロックとネオアコのいいとこどりこそが、ザ・ブーラドリーズの持ち味。もちろん、暗くてダークな側面があることも知っているけど。ペイルファウンテンズさながらホーンを導入した「I Say a Lot of Things」は、青春全開のキラーチューンといっていいだるう。ギターがメインだが、ストリングスをフィーチャーした曲も多い。前半に良い曲が集まり過ぎといった欠点もあるが、24年ぶりの新作としては及第点だろう。ギターポップの瑞々しさに触れられるエヴァーグリーンなアルバムとして若い世代にもおすすめだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Strata Records:The Sound of Detroit 」Reimagied by Jazzanova

 

 

 1970年代のアメリカでは、黒人による黒人のためのジャズを掲げたインディペンデントレーベルが数多く誕生し、ひとつのムーブメントを形作っていた。ニューヨークの〈ストラタ・イースト〉、デトロイトの〈ニンバス〉、〈ストラタ〉、〈トライブ〉、西海岸の〈ブラックジャズ〉といったレーベルがその代表で、ジャズに限定されることのない豊かな音楽性が、改めて90年代以降のクラブシーンで高く評価され、注目を浴びるようになった。〈ストラタ〉の活動時期は、1973年から75年のわずか3年余りと短く、リリースされた作品も6枚と少ない。今回、〈ストラタ〉の未発表曲を含む過去カタログの再発を請け負ったDJ アミールが、音源の発掘を進める過程で出会ったジャザノヴァと意気投合し、〈ストラタ〉の楽曲を再構築した今回のアルバムを制作するに至ったという。

 ジャザノヴァは1995年にベルリンで結成された7人組のDJ/プロデューサーによるチームで、ソウルやブラジリアン、アフロ等とクラブミュージックを融合したハイブリッドなサウンドがクラブジャズファンの間でかつては絶大な人気を博していた。しかし、活動のピークは90年代後半から00年代初頭であり、その後はボーカルを前面に出した生演奏ソウルなど、趣味性の強いアルバムをひっそりと地味にリリースするに留まっている。今回のアルバムもその延長線上にあるのだろうが、この遅過ぎたコラボレーションは、リミックスではなくあくまでもミュージシャンによる再演というスタイルが取られているので、生演奏に傾倒する現在のジャザノヴァこそが適役なのかも知れない。

 全11曲。その内訳はザ・ライマン・ウッドワード・オーガニゼーション3曲、ケニー・コックス2曲、サム・サンダース2曲、マウラウィ2曲、スフィアとバート・マイリックが各1曲となっている。ショーン・ハーフェイのソウルフルなボーカルをフィーチャーしたザ・ライマン・ウッドワード・オーガニゼーションの②「Creative Musisians 」やケニー・コックスの①「Lost My Love」、⑦「Beyond the Dream」、サム・サンダースの④「

Face At  My Window」(原曲は女性ヴォーカル)、スフィアの⑥「Inside Oursolves」は、どこかロイ・エアーズやマーヴィ・ゲイ、ジョニー・ブリストルを思わせるコズミックなフリーソウル(by 橋本徹)的ナンバー。エレクトリックピアノなどジャザノヴァお得意のメロウネスが聴き所だが、特に②などはAOR的な乾いた味わいもあっって興味深い。ザ・ライマン・ウッドワード・オーガニゼーションの代表曲⑧「Saturday Night Special」はハンドクラップを加え、アップテンポにしたアレンジにジャザノヴァらしいセンスと器用さが伺える。マウラウィの⑤「Orotunds」はリズムをドラムンベースに置き換えた印象的なチューン。同じくマウラウィの⑤「Root in 7-4 Plus」は10分を超えるスピリチュアルなテイストの楽曲をポップに調理、バート・マイウイックの⑩「Scorpio's Child」はホーンによるテーマを強調したナンバーで、クラブジャズ全盛期のイデア6やスケーマ・セクステットなどを思い出す。アルバムのラストを飾るのは、サム・サンダースの⑪「Loser」。渋さの中にファンタジックなオーケストレーションが映える、これまた00年代スケーマ風の1曲だ。

 今回のアルバムを語る上で、忘れてはならないのはジャザノヴァが白人によるユニットということだ。〈ストラタ〉もそのひとつである1970年代の黒人ジャズレーベルは、1950年代〜60年代の公民権運動を経た当時の空気を反映しており、自由や自立、独立を希求するる黒人たちの政治的な立ち位置と決して無縁ではなかった。それどころか、レーベルの運営は、音楽に形を変えた独立運動だったとさえいえるのではないだろうか。そのレーベルの再演盤を手がけたのが、黒人ではなく、黒人の音楽を愛したジャザノヴァだったというのは、ちょっと素敵な話だ。ジャザノヴァが手を加えることにより、黒人ならではの精神性は薄まり、その分エンターテイメント性が高まった気もするが、過剰な意味や物語から解放された黒人音楽も悪くない。