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Future Cafe

音楽レビューのようなもの〜TECHNO、JAZZ、BREAKBEATS etc

「ラブラドール・レトリバー」 AKB48





 「ポニーテールとシュシュ」、「Everyday、カチューシャ」、「真夏のSounds good!」、「さよならクロール」。毎年、この季節にリリースされるAKB48の投票券付きシングルは、神曲揃いでまったく外れがない。先日発売された新曲「ラブラドール・レトリバー」もまた、何度聞いても飽きない名曲だ。
 イントロはシルヴィ・バルタンの「あなたのとりこ(原題:Irrésistiblement)」をベースにしているが、全体的にもフレンチポップスのフレイバーが効いていて、「やっぱり歌謡曲はこれじゃないと」という気にさせられる。「真っ白なパラソル」という歌詞が出てくるあたり、かつて「白いパラソル」という曲を唱っていた松田聖子へのオマージュもあるのだろう。最近のアイドルソングは、あえて王道を避ける傾向にあるように感じられるのだが、それも致し方ないだろう。10代、20代はフレンチポップスなんか知らないし、そんなものに心の琴線を震わされているのは中年以上のオヤジだけなのだから。
 それにしてもだ。中島みゆきが手がけたことで話題になったももクロの新曲「泣いてもいいんだよ」は本当につまらないし、その前のシングル「GOUNN」もビミョーな出来、でんぱ組.incの「サクラあっぱれーしょん」にも見られるように、ニホンの保守化、ネトウヨ化を反映したかのようなジャパネスク調がよさこいを連想させて“なんだかね”という感じにさせられてしまうのだ。恐らく、黒うさP feat. 初音ミクの「千本桜」のヒットが果たした役割が相当大きいのだろう。
 最近は、アイドルソングやアニソンにも、「カゲロウプロジェクト」などを展開するじんに代表されるように、ロックの影響を受けたものが多いのではないだろうか。昭和から続いてきたアイドル歌謡の伝統だが、そろそろ継承者がいなくなっても不思議ではない。例えば、でんぱ組.incに小沢健二の「強い気持ち・強い愛」(作曲・筒美京平)のカバーがあるように、スーパーガールズには松本伊代の「センチメンタル・ジャーニー」(作曲・筒美京平)のカバーあるが、そんなアイドルグループも少なくなってきているような気がする。
 AKB48が歌謡曲の王道を保っている数少ないグループであるとすれば、それはプロデューサーの秋元康の趣味によるところが大きいのだろう(何せ50代のオヤジだ)。「ラブラドール・レトリバー」には“Oh Ma Chérie(私の愛しい人)”というフランス語の歌詞も出てくるが、これはもちろん資生堂のマシェリではなく、フランスのポップスター、ミッシェル・ポルナレフの「シェリーに口づけ(原題:Tout,tout pour ma chérie)」を意識したものだろう。
 AKB48というアイドルのあり方がどうであれ、昔からの歌謡曲ファンは最後のよすがとして彼女たちの楽曲を見守り続けるしかない。




「DROP THE VOWELS」 MILLIE&ANDREA





 なんとも人を食ったジャケットとユニット名だ。モダン・ラブレーベルを代表する2人、ディムダイク・ステアのメンバーであるマイル・ウィテカーとアンディ・ストットによるミリー&アンドレアの1stアルバム「DROP THE VOWELS」は、ディムダイク・ステアの作品とも、アンディ・ストットの作品とも異なる肩の力の抜けたアルバムといえるだろう。“ミリー&アンドレアは私たちです”といわんばかりに振り向くバス停の老人を捉えたジャケット写真といい、2人の名前を女性名にしたユニット名といい、モダン・ラブレーベルのトーン&マナーを踏襲しながらも、これまでにない陽性の魅力を感じさせてくれる。
 ユニットの結成は2008年というから意外に古い。本作は、ジューク/トラップといったポストダブステップやドラムンベースの導入が話題となっているが、正直、いまさらという感が拭えないのも事実だ。しかし、さすがにモダン・ラブを牽引する2人だけあって、同じジューク、トラップ、ドラムンベースの要素を素材にしても、オリジナルの味付けで、しっかりと自分たちのサウンドにしているところが何とも憎い。凡百のポストダブステップとはセンスの差を感じさせて余りあるといえば誉め過ぎだろうか。
 おすすめは、②「Stay Ugly」。インダストリアルなビートとストリングスの組み合わせがゾクゾクするほど格好いい。これほどドラマチックで美しいインダストリアルも珍しいのではないだろうか。また、インダストリアルドラムンベースとも形容すべき⑤「Corrosive」は、90年代の終わりに流行したアルコン2やエド・ラッシュ、オプティカル等のハードステップ/テックステップにも似ていなくもないが、ミリー&アンドレアのドラムンベースはトライバルな要素が強く、楽曲の構成も複雑であり、やはり現在のサウンドであることを強烈に感じさせてくれる。現金なもので、こうしたサウンドを耳にすると、ドラムンベースもまだまだ捨てたもんじゃないと思ってしまう。
 プリミティブな民族音楽をサンプリングしたと思しき①「GIF RIFF」やダークテイストの⑦「Back Down」は、ディムダイク・ステアを彷彿とさせる呪術的、催眠的なトラックで、こうした彼らのパブリックイメージそのままのトラックをプロローグと終盤にあえて持ってきたところは、聴衆へのサービス精神の表れかも知れないが、これらの楽曲との対比によって、彼らの手がけるジューク、トラップ、ドラムンベースが実際のクオリティ以上に刺激的に浮かび上がって聴こえるというマジックがあることも否定できないだろう。ラストの⑧「Quay」は、寂寥感が漂うアンビエントトラックだ。
 この手のコラボレーションアルバムは、エイフェックス・ツインとマイク・パラディナスが組んだマイク&リッチの「MIKE&RICH」がそうだったように、ラフな気持ちで余技を楽しみたいという動機から生まれることが多く、あまり革新的な音楽を期待しない方が良いのだと思う。とはいえ、それでも、期待値を遙かに超えてくる水準に仕立て上げたマイル・ウィテカーとアンディ・ストットは、やはりただ者ではないといえることだけは間違いなさそうだ。





MOODYMANN/MOODYMANN

 発売から既に数ヶ月が経過しているので、いまさらの感は拭えないが、フルアルバムとしては2004年の「BLACK MAHOGANI」以来となるムーディマンの新作は、露悪的なジャケットとは対称的に、これまでにない明るさと軽みを感じさせる作品となった。
 アナログレコードからサンプリングしてきたようなブルージーなヴォーカルソングがぶっきらぼうな形でインタールード的に挿入されていたり、ファンカデリックの曲がサンプリングされていたり、ヴォーカルトラックが多く収録されていることにも表れているように、本作は、ジャズ、ブルース、ソウル、ファンク、ブラコンから、デトロイトテクノ、ハウス、R&B、ドラムンベースに至るブラックミュージックの歴史を、ムーディーマンというフィルターを通して、圧縮、再構成したアルバムといえなくもないだろう。
 かつてリリースされたアルバムの収録曲が、いずれも10曲以下だったことを考えると、全27曲という曲数は異例だ。ムーディーマンのサウンドは1曲1曲がコラージュのように混沌としているため、過去のどのアルバムをとっても実際の曲数以上に感じられるのだが、今作ではタイプの異なるトラックが矢継ぎ早に展開していく流れとなっており、1曲1曲はこれまでになくすっきりとした印象を受ける。
 ジャジーなテイストが耳に心地よい②「Hold it Down」、ANDRESをゲストヴォーカルに迎えドラムンベースを大胆にフィーチャーした⑥「Lyk U Use 2」、ハウスとテクノを融合した⑦「No」、ブラックコンテンポラリー風のメロディが新境地の⑬「Ulooklykicecreeaminthesummertyme」、スローな曲調から一転してタイトなビートを刻みはじめる⑰「born 2 Die」、アップテンポでありながらダークな㉓「Freeki Muthafucka」など、さまざまな表情を持つトラックが並ぶ。
 そして、ホセ・ジェイムズの楽曲のリミックス③「Desire」は、2008年に発表された既発曲であるのだが、ホセの楽曲の中でも一二を争うのではないかと思えるほど素晴らしいトラックだ。あえてこの曲を収録したのは、ロバート・グラスパー人脈の一人であるホセ・ジェイムズを媒介にすることで、ブラックミュージックの過去だけでなく、現在にも(6年前の曲とはいえ)つながろうとする意志の表れではないだろうか。
 2004年から10年の間に、限定盤のアナログはリリースするも、本格的なアルバムリリースを控えていたムーディーマンだが、そういえばマッド・マイク率いる同郷デトロイトのアンダーグラウンド・レジスタンスも2005年以降、新作をリリースしていない。盟友セオ・パリッシュは活動のペースを抑えながらも、2010年に「Sound Sculptures Vol.1」(Vol.2は未発表)をリリースしているのだが‥‥。
  自らのバックボーンであるデトロイトが財政破綻した直後に、10年ぶりとなる新作をリリースするとは、ネガティブな感情を原動力に自らを創作へと駆り立ててきたムーディーマンらしい話ではあるのだが、その新作が意外にも多幸感に溢れたサウンドとなった背景には、2009年のバラクオバマ大統領就任が何らかの形でポジティブな影響をもたらしているというのは考え過ぎだろうか。そう考えるなら、一貫して人種差別問題に対して言及してきたアンダーグラウンド・レジスタンスの沈黙もまた必然性を帯びたものに思えてくるのだ。
 もっとも、オバマ大統領は初のアフリカ系黒人大統領ではあっても、混血であり純粋な黒人ではない。そういう視点で見れば、ムーディーマンの音楽も、クラフトワークとPファンクから生まれたデトロイトテクノの延長線上にあり、ブラックミュージックと白人テクノの混血児といっても過言ではない。
 しかし、これほど雑多なサウンドを寄せ集めたアルバムなのに、とっちらかった印象は微塵もなく、紛れもなく一本筋の通ったムーディーマンのアルバムになっているのは驚異である。
 























CONFLICT OF A MAN/ERIMAJ

 ジャズドラマーのジャマイア・ウィリアムスによるプロジェクト、エリマージ。その第1弾となる「CONFLICT OF A MAN」は、近年、ロバート・グラスパーとその周辺で起こっているムーブメントのひとつとして数えられるであろう一枚だ。エリマージは、ジャマイア・ウィリアムスの他に、ギタリストのマシュー・スティーヴンス、ロバート・グラスパー・トリオのベーシストであるヴィンセント・アーチャー、トロンボーン奏者のコーリー・キングで構成されているカルテットだ。
 このところ、シンコーミュージック・エンタテイメントから発行されているジャズガイドムック「Jazz The New Chapter:ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平」の中で、ロバート・グラスパー以降のミュージシャンとして紹介されているケンドリック・スコットやジェラルド・クレイトン、クリス・バワーズ、ニコラス・ペイトンなどのアルバムを集中的に聴いているのだが、どうやら筆者はこれまで彼らの本質を見誤っていたようだ。
 本作の国内盤スリーブにも「ヒップホップ世代による、ジャズ革命の最先端」と書かれているが、ヒップホップやR&Bとの融合という惹句にとらわれ過ぎていたのだ。確かに、本作にはJディラのカヴァー「Nothing Like This」も収録されているが、エレピの旋律がスティーヴ・キューンの「Steve Kuhn」(1971年)やフリップ・ヌネスの「my own time and space」(1976年)を彷彿とさせる曲があったり、意外とメロウなのである。ヒップホップやR&Bといった音楽にも当然のことながらメロウネスは存在するわけだし、メロウであることをもってしてヒップホップ云々の惹句が間違っているということにはならないだろう。そのようなことを十分承知した上でもなお、彼らの音楽をヒップホップやR&Bとのハイブリッドという流れで語ることには違和感がある。むしろフュージョン・ジャズの最新型といった方がしっくりとくるのだ。ひたすらノスタルジックで、甘美な④「THE DAY THE SUN ROSE TWICE」を聴いてみて欲しい。メランコリックなBGMとしてのみジャズを愛好する人も難なく聴けてしまうはずだ。かくいう筆者も、そうしたサウンドが大好きであり、そうした視点でロバート・グラスパー周辺を改めて聴き直すことの必要性を感じている。
 Jディラのカヴァーである⑤「Nothing Like This」や⑦「CONFLICT OF A MAN」を聴いていると、ヒップホップだけでなく、チルウエイブとの共通点も見えてきて興味深い。トニー・ウィリアムス・ライフタイムのカバーである③「THIS NIGHT,THIS SONG」は、後半メロウドラムンベースになるのだが、まさにエリマージの真骨頂といえるだろう。須永辰雄のユニットであるSunaga t experienceの2009年リリースのアルバム「JAZZ et JAZZ」に収録されていた万波麻希をフィーチャーした名曲「Autumn Frost」を思い出した。
 もちろん、かつてのフュージョン・ジャズも、ロックやファンクとのハイブリッドである。しかし、彼らのジャズをフュージョンと明確に区別する意味で、あえてモダン・フュージョンと呼びたい。「Jazz The New Chapter」の鼎談で村井康司が“インプロヴィゼーションがない音楽をジャズファンが聴く必要があるのか”と疑問を呈しているが、いまだにジャズの本質は即興にあるという考え方自体があまりに偏狭である。モダン・フュージョンには、時代錯誤な即興など必要ないし、ジャズは常に実験的でなければならないといった思い込みも邪魔なだけだ。もっともジャズは4ビートに限るといった意見も、同様に偏狭な考え方であることは論を待たない。スタイリッシュであること。それこそが、モダン・フュージョンを成立させる条件なのだ。









GHETTOVILLE /ACTRESS

 1曲目の「FORGIVEN」を聞いて、これはポップなTHE STRANGERだと思った。
 UK出身のアクトレスことダレン・カニンガムの「R.I.P」に続く4作目「ghettoville」は、アブストラクトなサウンドはそのままに、インダストリアルへと接近したアルバムとなった。
 とりわけ1曲目から6曲目へと至る流れは秀逸で、アクトレスならではのキャッチーな感性とダークアンビエントの内向性が絶妙なバランスで共存していいて、聴けば聴くほど精巧に構築されたサウンドの細部に耳を奪われてしまう。
 フルートの調べ(?)を取り入れた⑥「BIRDCAGE」など、随所に巧妙な仕掛けが施されているため、何度聴いても飽きることがない。
 過去の作品に比べてインダストリアル色を強めた本作だが、⑩「GAZE」や⑪「SKYLINE」、⑮「FRONTLINE」に代表されるように、ダレン・カニンガムの本領発揮ともいうべきアンダーグラウンドなハウスビートも健在だ。
 ⑬「DON'T」のようにONEOHTRIX POINT NEVERを彷彿とさせる楽曲や終盤にはANDY STOTTのようにヴォーカルを導入したミニマルなトラックもある。
 まさに、昨今のトレンドをアクトレス風に調理したテクノ/ハウス集といえるだろう。