Future Cafe -23ページ目

Future Cafe

音楽レビューのようなもの〜TECHNO、JAZZ、BREAKBEATS etc

『PUNK』CHAI

 

 

 ねごとやSHISHAMOをはじめ、近年の日本のガールズバンドには、音楽的にも、ヴィジュアル的にもチャットモンチーの影響下にあるバンドが多いような気がする。サイレントサイレンやSCANDALなど毛色の異なるのバンドもいるが、彼女たちはアイドルグループと同様、ルックス重視の寄せ集めバンドであり、もともと作詞はしても作曲は行っていなかった。セルフプロデュースに力を入れているSCANDALは、徐々にメンバーが作曲も手がけるようになってきているが、音楽性ありきのチャットモンチー系とは明らかに成り立ちが異なる。

 そうした中にあって、CHAIのオリジナリティは群を抜いている。ニューウェーブを基調に、ファンクやギターポップ、ディスコ、ハウス、ヒップホップをごった煮にしたファーストアルバムの『PINK』には度肝を抜かれた。曲によっては2005年頃に大流行したブラジル発のダンスミュージックであるバイリファンキを導入したことで有名なM.I.Aの「 Bucky Done Gun」や2000年代後半に注目されたブラジル出身のニューレイヴバンド、CSSなどにも似ているが、それはあくまでも一部の楽曲に過ぎず、多くの楽曲の出自が不明で、何の影響を受ければそうなるのかが全く分からないところが彼女たちのサウンドの最大の魅力だ。謎めいているけどポップなのでとっつきやすい。メンバーたちは不美人であることにコンプレックスを抱いているようで、やや自虐的に「ネオかわいい」というバンドコンセプトを掲げているようだが、〈かわいいひとはすぐに見飽きてしまうものよ。ちょっとブスなひとの方がかわいい部分を見つけるのに時間がかかるから見飽きない〉というような紋切り型の歌詞があったりもして、せっかくの個性を卑近なものにしてしまっているのがやや残念だ。

 セカンドアルバムである本作のタイトルは『PUNK』。前作が『PINK』だったので、なんとなく『PUNK』にしたと本人たちが語っているように、パンクロックをテーマにしているわけではない。とはいえ、何でもありのミクスチュアーサウンドが際立っていた前作に比べるとアレンジがシンプルでロック色が強めのアルバムになっているのも事実だ。②「GREAT JOB」のイントロなど、「ワンオートリックス・ポイント・ネバーのヴェイパーウェイブテクノか!」と思わず突っ込みを入れたくなるようなひずんだシンセサウンドが脈絡無く飛び出すところは相変わらずだが、CHAI流のチャットモンチーをめざしたといえなくもないキャッチーさが本作の特徴だろう。それを日和ったと見るか、脱皮と見るかは聴く人の感性にゆだねられるだろう。私はこの変化はありだと思う。 

 前作の流れを汲む⑤「THIS IS CHAI」は、CHAIのテーマとも言うべき1曲で、ブラスをフィーチャーした中毒性の高いお祭り的なサウンドがCHAIワールドへと一気に引き込む。③「アイム・ミー」の歌詞で〈似合わないわ〉を猫語風に〈にゃあーわないわ〉と歌うところなどは、日本語の可能性にほっこっりとさせられた。⑨「Feel the BEAT」のようにコーラスが印象的な美しい曲もある。⑩「フューチャー」はブロークンジャパニーズイングリッシュが愉快な楽曲で、ラストにふさわしい郷愁が彼女たちの成長を物語っている。

 あえて苦言を呈するなら、CHAIのプロモーションにおいて、その“かわいくなさ”にスポットが当たってしまう日本の音楽シーンは貧しいと思う。彼女たちにはそこを逆手にとるのではなく、堂々と音楽性のユニークさで勝負して欲しいと思う。でも、難しいんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Medicaid Fraud Dogg』 PARLIAMENT

『No More Normal』SWINDLE

『Resistance』Brandon Coleman

 

 

 

 

 昨年はジョージ・クリントン率いるパーラメントが、単独名義としてはじつに37年半ぶりとなるアルバム『Medicaid Fraud Dogg』 を発表した、さらに、フライング・ロータスとサンダーキャット、シャバズ・パラセズによるユニット、ウォークが、ジョージ・クリントンをフィーチャーしてシングル「The Lavishments of Light Looking」を配信するなど、ジョージ・クリントンを介してP-ファンクに再びスポットが当たった年だった。さしたる期待感もなく耳にした『Medicaid Fraud Dogg』だったが、ドラマーのクリス・デイヴの起用やトラップの導入など、今様にアップデイトされたP-ファンクを提示しようという意欲に満ちた作品で圧倒された。現在77歳というジョージ・クリントンの年齢を考慮すれば、そのみずみずしさはまさに奇跡としかいいようがなく、23曲1時間47分というボリュームも相まって、カマシ・ワシントンを彷彿とさせるほどの気迫がアルバム全体から伝わってきて驚いたのだが、それは、ファンクやジャズ、ベースミュージックがジャンルの枠組みを超えて渾然一体となった今の音楽シーンの充実ぶり、豊かさを象徴しているのかも知れない。

 イギリス・ロンドンを拠点にジャズやファンクとグライム、ダブステップなどのビートを抜群のセンスでコラージュしたアルバムを発表してきたスウィンドルも、そうした豊かさを体現するアーティストと言えるだろう。過去2枚のアルバムは旬が終わったと思われていたダブステップに新たな可能性を見出した傑作だったが、今作は南ロンドンのジャズシーンから、サックス奏者のヌビア・ガルシア、ドラマーのユセフ・デイズ、ギタリストのマンスール・ブラウンなどの今をときめくミュージシャンたちが参加。基本路線は踏襲しながらも、従来からのビッグバンド風ホーンや映画的なストリングスに加え、サックス・ソロやギター・ソロなどの生演奏により音楽的厚みを増した作品に仕上がっている。リアルジャズとは無関係に思えたスウィンドルが、南ロンドンのジャズミュージシャンたちと繋がっていく。そんなダイナミズムこそが、今の音楽シーンの醍醐味だ。

 そして、2011年のデビューアルバム『SELF TAUGHT』以来となるセカンドアルバム『Resistance』をフライング・ロータスの〈Brainfeeder〉から昨年リリースしたブランドン・コールマンは、件のP−ファンクをはじめ、ハービー・ハンコックやクインシー・ジョーンズ、スティーヴィー・ワンダー等による豊饒な音楽的遺産を受け継ぎ、〈Brainfeeder〉周辺のビートミュージックからインスパイアされた感性を反映させた新世代ファンクを聴かせてくれる。ヴォコーダーを全編に用いたそのサウンドはややノスタルジックな印象が強いものの、70年代〜80年代のフュージョン、ファンク、AOR、ブギーなどを現代的に再生するその手捌きは見事という他ない。カマシ・ワシントンやカマシのバンドでボーカルを務めるパトリース・クインもアルバムに華を添える。

⑩「Love」は抜けの良いメロウネスが高揚感をもたらすAOR、⑤「Sexy」はP-ファンク風のエレクトリックファンク。Lovesexyといえば、1988年にリリースされたプリンスのアルバムのタイトルだが、毛色は違うもののハイブリッドなブラックミュージックという意味で、ブランドン・コールマンもプリンスにシンパシーを感じているのかも知れない。

 

 

 

 

「Heaven And Earth」Kamasi Washington

「There Is A Place」Maisha

 

 

 

 昨年のベストアルバムを挙げろと言われて、真っ先に思い浮かぶのはカマシ・ワシントンの『Heaven And Earth』だが、じつは、それほど期待していなかった。3時間に及ぶ前作『Epic』において、カマシワールドともいうべき世界を完璧なまでに体現してしまった後だけに、どう頑張ってみてもあれを超えるのは難しいだろうと、勝手に思い込んでしまっていたのだ。『Heaven And Earth』という、気宇壮大なアルバムタイトルにも、いまいち新鮮さを感じられなかった。ところが、またしても2時間を超える大作の前に、そんな予測はあっさりと覆されたのだった。一般には スピリチュアル・ジャズの文脈で語られることの多いカマシだが、その本質は様々な音楽からの影響を取り入れながら、時にダイナミックに、時に繊細に、楽曲を作り上げていくコンポーザーとしての力量にあると思う。すぐれた構成力で緻密に練り上げられたその世界は、スピリチュアル・ジャズの神秘性とはある意味 対極に位置するのかも知れない。前作同様、本作も厚みのあるコーラスを配した スピリチュアル・ジャズ風の楽曲からはじまるのだが、その曲がオリジナル曲ではなく、ブルース・リー映画『ドラゴン怒りの鉄拳』のテーマ「Fists of Fury」のカヴァーであることにも、スピリチュアル・ジャズへの姿勢は象徴されている。彼にとってスピリチュアル・ジャズとは、表現のスタイルのひとつに過ぎないのであり、アルバムタイトルやアートワークが醸し出す雰囲気に騙されてはいけないのだ。たしかに、「Show Us the Way」をはじめ、これぞスピリチュアル・ジャズという楽曲も用意されてこそいるものの、まるでAORポップスのような「Testify」、シネマティックな「The Space Travelers Lullaby」、「Streeet Fighter Mas」、ヒップホップジャズの「The Psalmnist」など、前作よりも軽やかで、バラエティに富んでいる。ヴォコーダーを導入した「Vi Lua Vi Sol」は、山下達郎を引き合いに出したくなるほどポップなネオ・フュージョンで、ロバート・グラスパーの「Art Science」へのアンサーソングと言った趣だ。16曲、2時間25分を一瞬たりとも飽きさせることなく聴かせる力技は今回も健在であり、スピリチュアル・ジャズなどという狭いジャンルを超えた広範な知識と理論を持つカマシだからこそなせる技といえるだろう。 

 そしてもう一枚、近年盛り上がりを見せる南ロンドンのシーンから現れたマイシャの『There Is A Place』。白人ドラマーのジェイク・ロングによって結成されたマイシャは、女性サックス奏者のヌビア・ガルシアを擁するユニットで、『There Is A Place』はジャイルス・ピーターソンのレーベルである〈ブラウンズウッド〉からリリースされた。こちらもスピリチュアル・ジャズとして括られることの多いユニットだが、彼らのサウンドには、カマシ同様、従来のスピリチュアル・ジャズとは似て非なるモダンさが漂っている。例えば、1曲目の「Osiiris」はファラオ・サンダースさながらに荘厳ないかにもスピリチュアル・ジャズといった幕開きだが、曲が進むにつれスタイリッシュなサックスソロへと突入し、高速ラテン・ビートへと雪崩れ込んでいく。④「Kaa」もミステリアスな曲調から一転、中盤に高速アフリカン・ビートが現れ、再び幽玄な東洋的世界へと回帰していく複雑な構成だ。

 『There Is A Place』を聴いていると、スピリチュアル・ジャズよりもむしろマイケル・ガーリックやドン・レンデル/イアン・カー・クインテット、ノーマ・ウインストンなど、1960年代の英国ジャズとの親和性の高さを感じる。とりわけフルートが印象的な②「Azure」やなどの楽曲は、マイケル・ガーリック・セクステットとノーマ・ウィンストンが共演した『The Heart Is A Lotus』とどこかで繋がっている気がしてならない。『The Heart Is A Lotus』には東洋的な音階を取り入れたモーダルジャズが収録されているが、マイシャには日系キーボード奏者のアマネ・スガナミが在籍しており、先述の「Kaa」や「Inside The Acorn」などでは東洋的な曲調が取り入れられている。それに加えて、蓮のような植物をあしらったアルバムジャケットも両者が繋がっている印象を強固にしているのだろう。『There Is A Place』の緻密さは、カマシ・ワシントンのそれとは異なり、端正でクールな中にも情熱を秘めたUKならではの美意識に貫かれている。

 

 

 

 

 

 

 

「Blow.」Danny MacCASLIN

「The Buffering Cocoon」Now vs Now

 

 

 

 デヴィッド・ボウイの遺作として『★』がリリースされたのが約3年前。その時、バックバンドの一員としてアルバム制作に参加し、骨太のサウンドに息吹を吹き込んだのがサックス奏者のダニー・マッキャスリンだった。『★』の後に発表された前作の『Beyond Now』は、デヴィッド・ボウイの曲である「A Small Plot Of Land」と「Warszawa」をカバーするなど、デヴィッド・ボウイへの敬意をダイレクトに表明したアルバムだったが、最新作の『Blow.』は、デヴィッド・ボウイからの影響をさらに深く進化させた形でジャズの枠にとらわれない音楽を提示している。デヴィッド・ボウイとの共演に余程衝撃を受けたのだろうか、3年という月日はその記憶を風化させるどころか、彼の背後にますます濃い影を落とし、ダニー・マッキャスリンはジャズメンであることを忘れてしまったかのようだ。本作は、11曲中、8曲がヴォーカル入りという、サックス奏者としては異形のアルバムであり、ゲストボーカルの声質もどこかデヴィッド・ボウイに似ている。脇を固めているのは『★』で同様にバンドメンバーだったマーク・ジュリアナ(ドラム)、ジェイソン・リンドナー(キーボード)、ティム・ルフェーブル(ベース)といった面々。ストレートにデヴィッド・ボウイを連想させる④「New Kindness」や⑥「Tiny Kingdom」などのヴォーカル・ナンバーもいいが、ドラマ性に富んだ③「Break the Bond」をはじめ、アップリフティングなドラムに煽られるかのように電子音とテナーサックスが炸裂する⑤「Exactlyfourminutesofimprovisedmusic」などのインストゥルメンタルも聴き逃せない。⑧「The Opener」は唯一ラップをフィーチャーしたナンバーだ。“ジャズに安住しない”という意味では、本作は意欲的な作品と言えるだろう。しかし、私たちがダニー・マッキャスリンに求める音楽がこれかというと、そこは留保が付くところだ。デヴィッド・ボウイからの影響を総括したアルバムとしては申し分ない出来だが、既視感も否定できない。ダニー・マッキャスリンに期待したいのは、ロックでもジャズでもないオブスキュアな音の戯れだ。それ故、デヴィッド・ボウイの呪縛を超えてもっと大胆に先へと進む姿を見てみたいという気がしてしまうのだ。

 そして、ダニー・マッキャスリンと共に『★』に参加していたもう一人の注目すべき人物が鍵盤奏者のジェイソン・リンドナーだ。今回取り上げた『Blow.』にも客演し、『Blow.』以前にもダニー・マッキャスリンバンドのメンバーとして2枚のアルバムをリリースしているが、その彼がNow Vs Now名義で取り組んでいるトリオは、エレクトリックサウンドを基調とするという共通項を持ちながらも、アルバムごとに電子色を強めてきており、なかなか興味深い。2009年のデビューアルバム『Gives You Now Vs Now』とセカンドアルバム『Earth Analog』(2013年)ではドラマーにマーク・ジュリアナを起用して、ロック&フュージョン寄りのサウンドを展開していたが、サードアルバムとなる本作『The Buffering Cocoon』では、マーク・ジュリアナに替えて、ロバート・グラスパー等が参加するR+R=NOWのメンバーとしても活躍するジャスティン・タイソンを起用。独特な浮遊感を持つアンビエントテクノ風のエレクトロニカサウンドへと鮮やかに転身することに成功している。②「Cloud Fishing」などは、アンディ・ストットあたりのいびつなテクノを彷彿とさせるし、③「Glimmer」も高速ビートに絡むゆがんだ上物が心地よいナンバーだ。白眉は繊細な硝子細工のようなサウンドが美しい⑤「Silkworm Society」と、荒々しいドラムが耳を揺さぶる「Accelerating Returns」。デヴィッド・ボウイからの影響という意味では、中東風のメロディーを奏でる⑧「Pergamos」やナインインチネイルズさながらのヘヴィなインダストリアルビートが印象的な⑩「400 PPM」などにその片鱗が伺えるが、いずれもダニー・マッキャスリンの「Blow.」ほど分かりやすくはない。しかし、人力テクノジャズともいうべきこの音楽には、確かにデヴィッド・ボウイの遺産と呼びたくなるストレンジな鼓動が息づいているそれは、ロックでもジャズでもないテクノでもない極上の時間だ。

 

 

 

 

 

 

「Maxとき315号」NGT48

 

 

 昭和歌謡において、東京から地方へと向かう電車が歌われるとき、それは多くの場合、恋に破れた女性が、過去に決別する物語を意味していた。彼女たちが車窓の人となるのは、東海、山陽、九州ではなく、たいてい最果てである〈東北〉や〈日本海側〉に向かう夜汽車と相場が決まっている。

 上野発の夜行列車を雪の青森駅で降りる「津軽海峡冬景色」然り。8時ちょうどのあずさ2号であなたから旅立つ「あずさ2号」然り。しかし、そのようなステレオタイプな物語は、新幹線網の拡充と夜行列車の減少により、通用しなくなって久しい。それでも、従来のステレオタイプなイメージを覆す電車ソングは長らく生まれなかった。2015年に東京ー金沢間が開通したばかりの北陸新幹線ならいざ知らず、上越新幹線が全面開通したのは1991年のことだから、既にかなり昔の出来事といえるのだが・・・。

 “一番大事な人を連れて帰ること、出会ったあの夜約束した”と歌われるNGT48の希望に満ちた「Maxとき315号」を聴くと、歌詞が現実にようやく追いついたという気がする。とはいえ、これはNGT48というAKBグループのアイドルがいるようなプチ都会だからこそ可能になった歌詞であり、やはり新幹線開通を足がかりに実現した政令指定都市というブランドの取得を抜きにしては語れないだろう。

 同じ新潟のご当地アイドルであるnegiccoにも「恋のEXPRESS TRAIN」(2011年)という曲があるが、その中に、“友達も仕事も忘れて滑りだすパラダイス 加速する未来は止まらない”という歌詞がある。「Maxとき315号」でも、サビで“未来はいつも思ったよりやさしくて”と歌われるように、どちらも〈未来〉がキーワードになっている。もちろんそれは、傷心の果てに辿り着く未来ではなく、意中の人と共に歩む未来である。ただし、「恋のEXPRESS TRAIN」の方は、〈ダイヤモンドダスト〉とか、〈ロマンスに神様がいるなら〉とか、〈白いResort〉とか、本気ではなくパロディなのだが、広瀬香美チックなワードが頻出し、「私をスキーに連れてって」のような世界観をベースにしている分だけ古さは否めない。都市を結ぶエクスプレスではなく、あくまでもスキー場へと向かうエクスプレスという設定なのだ。それよりも、歌詞に直接電車は出てこないが、メンバー3人が新幹線と飛行機と高速道路という三者三様のスタイルで新潟から東京に向かう様子を描いた「ねぇ、バーディア!」(2016年/作詞作曲:レキシ)のPVの方が、上り電車という決定的な違いはあるものの、「Maxとき315号」の世界観に近い気がする。「恋のEXPRESS TRAIN」(2011年)から「ねぇ、バーディア!」(2016年)との間に横たわる5年の歳月は、エクスプレスと歌の関係を大きく変えたといえるだろう。

 ここまで書いてきて言うのもなんだが、NGT48の「Maxとき315号」はじつは新曲ではない。筆者は知らなかったが、AKB48のシングル「君はメロディ」のカップリング曲として2016年3月にリリースされていた。つまり、「ねぇ、バーディア!」と「Maxとき315号」は奇しくも同じ年に併走していたのだ。

 結果論だが、「Maxとき315号」はNGT48のテーマソングともいえる楽曲で、インパクトに欠ける「青春時計」よりもデビュー曲にふさわしかったのではないかと思う。最後に演歌的な鉄道ソングのイメージを劇的に変えたのが2003年にJR東海のCMソングとして発売されたTOKIOの「AMBITIOUS JAPAN!」(作詞:なかにし礼 作曲:筒美京平)であったことを付け加えておきたい。