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Future Cafe

音楽レビューのようなもの〜TECHNO、JAZZ、BREAKBEATS etc

「Same Girl」NAH YOUN SUN

 

 

  ミニマルテクノのようなコスミックなギターサウンドに続いて現れるのは、ヘヴィなベース。抑制の効いたパーカッションにスキャットの嵐。その要所要所にモロッコ笛(?)を思わせるエキゾチックな響きを取り入れたミステリアスで官能的な楽曲構成。フィギュアスケートの紀平梨花がショートプログラムで使用している曲を最初に耳にしたときには、あまりの格好良さに鳥肌が立った。中東とインドとブラジルを融合したような曲調からしてトルコや南米のアーティストかと思ったが、調べてみると韓国人ジャズ・シンガー、ユン・スン・ナの2010年のアルバム『Same Girl』に収録されている「Breakfast In Bagdad」という曲らしい。

 ユン・スン・ナはフランス在住で、年齢は50歳を超えると言うから結構なベテランだ。その『Same Girl』がフランスで5万枚を超えるセールスを記録するなど、ヨーロッパでの評価も高いのだとか。アルバムの収録曲はスタンダードからフォークロック、韓国音楽までと幅広いのだが、「Breakfast In Bagdad」は唯一のスキャットナンバーだ。他のアルバムでもアクロバティックなスキャットを披露しているから、声を楽器のように用いるスキャットという表現手法にそれなりに強いこだわりがあるのだろう。ユン・スン・ナ自身はジョニー・ミッチェルのようであったり、カンタベリー・ロックやプログレッシヴ・ロックの歌姫のようであったり、ときにビョークのようにアヴァンギャルドであったり、リトル・ドラゴンのユキミ・ナガノのようであったり、はたまたディアマンダ・ギャラスのような奇声を発してみたり、単純にジャズ・シンガーの枠で語れる存在ではない。

 コルトレーンでお馴染みのミュージカル・スタンダード「My Favorit things」も収録されているのだが、聴かせどころであえてメロディーを外すなど、変幻自在というか、一筋縄では行かないクセの強さが魅力だ。英語やフランス語(1曲のみ韓国語)で歌っているのだが、完全なグローバル仕様で、先入観を抜きにして聴けば欧米のシンガーと遜色ない。BTSやポン・ジュノ、ブラック・ピンクなど、欧米でも注目されている韓流だが、こんなところにも逸材がいたのかと驚かされた。

 童顔の紀平梨花と官能的な「Breakfast In Bagdad」。その出会いは、想定外の魅力に溢れ、息つく間もないほどスリリングだ。

 

 

 

 

 

 

「こんなに好きになっちゃっていいの?」 日向坂46

「夜明けまで強がらなくてもいい」乃木坂46

「サステナブル」 AKB48

 

   

 

 日向坂46のサードシングル「こんなに好きになっちゃっていいの?」は、彼女たちの最高傑作と文句なく断言したくなるほど秀逸な出来映えだ。デビュー曲「キュン」も、セカンドシングル「ドレミソラシド」も悪くなかった(むしろ良かった)けど、奇をてらったクセの強い歌詞に楽曲がひっぱられているような印象があったことも否めない。完成度の高さを基準にするなら、ど直球の「こんなに好きになっちゃっていいの?」に軍配が上がる。似たタイプの楽曲としては過去に同じ坂道グループである乃木坂46の「いつの日の青空か」、欅坂46の「二人セゾン」などがあったが、Bメロからサビへと続く怒濤の展開によって、それらの名曲に勝るとも劣らない新たな名曲が誕生したといってもいいだろう。AKB48の「僕たちは戦わない」ほどではないが、隠し味的にEDMが採り入れられていて、それがいいアクセントになっており、全体のテイストはノスタルジックではあっても今の時代の曲であることをしっかり主張している(EDM自体は10年前から存在しているが・・)のもいい。

 一方、乃木坂46の「夜明けまで強がらなくてもいい」は、安定のクオリティー。ここのところ似た曲調の曲が多いため、ワンパターンという人もいるだろうが、黄金期を迎えている乃木坂46にとっては中途半端な冒険はむしろ“らしくない”。坂道グループの真打ちにふさわしい王道感こそが、「夜明けまで強がらなくてもいい」の魅力だ。さらに、最近めっきりと影が薄くなっているAKB48の「サステナブル」がまたいい。この曲も、「ポニーテールとシュシュ」や「 Everyday、カチューシャ」、「#好きなんだ」などの流れを汲む王道曲だが、「ラブラドール・レトリバー」や「12月のアンクレット」のように出だしのアレンジなど大瀧詠一というか、竹内まりやというか、往年の洋楽ポップスを意識しているところがあって、やっぱりAKB48はこの路線がいいなと素直に思わせてくれる。この秋の坂道とAKB48は近年まれに見る名勝負といっていいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「Zdenka 2080」SALAMI ROSEE JOE LOUIS

 

 

 まるで、マーゴ・ガーヤンやヴァシュティ・バニアンが電子の森に迷い込んだようなミスティックでノスタルジックなアルバムだ。前作『ZLATY SAUCE NEPHEW』がサバービア界隈でも話題になったサラミ・ローズ・ジョー・ルイスの新作は、なんとフライング・ロータス率いる〈ブレインフィーダー〉からのリリース。その内容はと言えば、サウンドがこなれすぎてしまい、前作までのローファイな魅力がやや後退してしまったのが残念だが、ウィスパーボイスとエレクトロニカを融合させたドリーミーポップスという基本となるスタンスに変わりはない。郷愁を帯びたボーカルは彼女にとって最大の強みなのだが、その声にヒップホップ以降の創意工夫に満ちたビートが絡むことで、単なるノスタルジーに堕することのない現在性を備えた音楽を聴かせてくれる。“政府や企業のせいで腐敗した2080年の地球(ディストピア”がテーマらしいが、そんな大仰なテーマ設定を微塵も感じさせない曲作りは、『カフェ・ブリュ』において“ホワイトハウスを爆撃”などといった物騒なメッセージをお洒落なサウンドで大胆にコーティングすることで、よりシニカルに政治性を浮かび上がらせてみせたスタイル・カウンシルの手法にも似ている。サバービアを主宰する 橋本徹氏は前作『ZLATY SAUCE NEPHEW』を評して「ヒップホップ・エイジに降り立った、未来から来たブロッサム・ディアリー」と言ったらしいが、これは言い得て妙だ。未来の音楽は、必ずしも未来の顔をしているわけではない。未来と過去、エレクトロニカと60,70年代ポップスのハイブリッドであるサラミ・ローズ・ジョー・ルイスの音楽は、懐かしく、少しだけ新しい。

 

 

 

 

 

 

「Flamagra」FLYING LOTUS

 

 

 サイバーパンク系人気SF作家ウィリアム・ギブスンとブルース・スターリングが産業革命期のロンドンを舞台に偽史を綴った『ディファレンス・エンジン』。フランケンシュタインによる死体蘇生術が普及した19世紀末の世界を構想しながら夭逝したSF作家・伊藤計劃の未完の小説を芥川賞作家の円城塔が引き継いで完成させた『屍者の帝国』。フライング・ロータスの5年ぶりの新作『Flamagra』を聴いて、スチーム・パンクと呼ばれるこれらの小説が思い浮かんだ。『Flamagra』にも、スチーム・パンクっと同様にSFの想像力で幻視した過去という雰囲気があるからだ。蒸気機関や内燃機関、或いは錬金術を連想させるジャケットのアートワークが、そうしたイメージをもたらしていることは否定できないだろう。しかし、それだけではない。ビートの革新者だったフライング・ロータスが、『Flamagra』においては変則的なビートサウンドはそのままに、ラップや歌、コーラス、ナレーション、ポエトリー・リーディングなど、人の声にフォーカスを当てることで、既視感はあるが実際には聴いたことのないスチーム・パンクの音楽版とでもいうべき世界を展開しているのだ。それは、生命を持ったガジェットのような出世作『Los Angeles』やノンビートのサウンドにより浮遊感のある世界を追求した『Until the Quiet Comes』とはずいぶん毛色が異なる。レトロなのに新鮮で、革新的なのに懐かしい。それは、過去とSFという一見矛盾する世界を融合させたスチーム・パンクの音楽版だといってもいいいだろう。

 ゲスト陣も多彩で、ラッパーのアンダーソン・パーク、ティエラ・ワック、デンゼル・カリー、ディガブル・プラネッツのメンバーだったイシュマエル・バトラーはじめ、チル・ウェイヴを代表するシンガー・ソング・ライターのトロ・イ・モワ、ビヨンセの妹のソランジュ、リトル・ドラゴンの女性ヴォーカル、ユキミ・ナガノ、さらにはPファンクのジョージ・クリントン、ナレーターとしてツインピークスの監督でおなじみのデヴィッド・リンチ、レーベルメイトとして親交が厚いサンダー・キャットが参加している。リトル・ドラゴンのユキミ・ナガノは北欧時代にスウェーデンのクラブジャズユニット、クープにヴォーカルとして客演していたが、17年の時を経てフライング・ロータスにつながるとは意外というべきか、必然というべきか、興味深い。

 アルバムは全27曲67分。先述のユキミ・ナガノをフィーチャーしたドリーミー・ポップ⑦「Spontaneous」、レゲエからユーロビート的4つ打ちへの展開に意表を突かれる⑧「Takashi」、デンゼル・カリーをフィーチャーした荘厳かつシネマティックなヒップホップ・ナンバー⑫「Black Balloons」など、これまでのフライングロータスとは違い、サウンドの先鋭さというよりは、音楽としての豊かさに唸らされるナンバーが多いのが本作の特徴だ。マイルス・デイビスの『オン・ザ・コーナー』とPファンクにインスパイアされたかの如きスリリングなファンク・ナンバー⑨「Pilgrim Side Eye」は、菊池成孔主宰のエレクトリック・ジャズ・ビッグバンド、デートコース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデンを引き合いに出したくなる楽曲で、フライング・ロータスというアーティストの才能の底知れなさを痛感させられる。

 過去作『Los Angeles』や『Cosmogramma』のような決定的な新しさはないが、まるでサウンドの見本市のような多面性を持った恐るべきアルバムだ。ジャズに接近したものの、やや中途半端だった前作『You're Dead!』と比べてもフライング・ロータスの雑食性が良い意味で全面開花しているといえるだろう。過去をSFの構想力でアップデイトしたスチーム・パンク・サウンドとして、唯一無二の輝きを放つ本アルバムは、フライング・ロータスにとってひとつの到達点であると同時に、新たな展開へのスタート点になる予感がする。

 

 

 

「Turn To Clear View」JOE ARMON -JONES

 

 

  今いちばん新譜が聴きたいアーティストは誰かと個人的に問われたら、昨年『Starting Today』で鮮烈なソロデビューを果たしたキーボーディスト、エズラ・コレクティヴのジョー・アーモン・ジョーンズをおいて他にいないだろう。下手をすれば陳腐に響きかねない“カッコイイ”という言葉がこれほどまでに似合う存在は、そう簡単には思いつかない。まず、シンプルにメロディーが良い。それでいて、展開がアクロバチックで、音楽的バックボーンの幅広さを伺わせる複雑なサウンドのレイヤーが聴くほどに多彩な表情で耳を楽しませてくれる。そんなジョー・アーモン・ジョーンズがデビュー作と同様に〈Brownswood Recording〉からリリースした待望のセカンドアルバムが『Turn To Clear View』だ。

 ①「Try Walk With Me」は、ディビッド・ボウイの遺作『★』に入っていても違和感のないナンバー。ディビッド・ボウイを意識したか否かは実際のところ分からないが、USジャズの若手たちが、『★』以降、ボウイからの影響をこぞって体現しているジャズシーンにおいて、ボウイと同じ英国人であるジョー・アーモン・ジョーンズがそうした動向に無関心である方が不自然といえるだろう。ケンドリック・ラマーやロバート・グラスパーなどとも関係のある女性シンガー、ジョージア・アン・マルドロウが参加した②「Yellow Dandelion」は、90年代後半に活動していたボルティモア出身のディーバ系スピリチュアル・ジャズ・ユニット、ファータイル・グラウンドを想起させるサウンドだ。③「Ganawa Sweet」は、覚えやすくキャッチーなテーマに空間の広がりを感じさせるサックスソロや幻想的なエレクトリックピアノが続き、ジャケットのアートワークさながらにコズミックな世界を堪能させてくれる。④東洋的なメロディで始まる「Icy Roads」も、宇宙的な広がりを持つ楽曲だが、パット・メセニーさながらのドラマチックな展開もまたジョー・アーモン・ジョーンズの真骨頂といえるだろう。オーソドックスな⑤「(To) Know Where You're Comming・・・」は、2000年代のクラブジャズを思わせるが、ビートが多彩で聴き所が多く、中盤のトランペットソロも秀逸だ。ラッパーのジェストをフィーチャーした⑥「The Leo & Aquarius」は、歌唱からラップに切り替わるトリッキーな作品だが、繰り返される印象的なホーンの音色がこの曲が紛れもないジャズであることを伝えてくれる。前作に続きUK新世代を代表するサック奏者のヌビア・ガルシアが参加する⑦「You Didn't Care」は軽快なドラムンベースナンバー。ミステリアスなシンセとスピリチュアルなサックスソロ、そしてコーラスが、サウンドに厚みを持たせることに成功している。ラストの⑧「Self:Love」には、ナイジェリア出身のObongjayarがゲスト参加。アフロテイストのこの楽曲は民族音楽色が強く、移民の多いベッカムを中心とした南ロンドンのコミュニティの一員としてのアイデンティティへのこだわりを感じさせる楽曲だ。

 ブレグジット(Brixit)の推進に奔走するジョンソン首相を見ていると「イギリスももう駄目かな」とも思うが、アフロ、ダブ、ソウル、ヒップホップが渾然一体となったジョー・アーモン・ジョーンズのジャズを聴いていると、かつての大英帝国の威光はそんなに簡単に消えないのかなとも思う。UKのジャズ音楽地図は、ここへ来て政治とは反対に、孤立主義どころか、多民族主義を謳歌しはじめたようだ。ジョー・アーモン・ジョーンズが白人であることを考えると、黒人音楽にはまったミック・ジャガーや、レゲエやダブ、ゴスペルに傾倒していったクラッシュのリーダー、ジョー・ストラマーなど、ロッカーの伝統を受け継いでいるともいえるのだが・・・・。