ビリー・アイリッシュ 〜モラトリアムの終わりに | Future Cafe

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「Happier Than Ever」Billy Eillish

 

 

 グリーンのヘアにダボダボシルエットのファッションがトレードマークだったビリー・アイリッシュが、オタクで引っ込み思案な従来のイメージを覆すかのようなブロンドヘアのお嬢様ルックへと大胆に生まれ変わって、新作『Happier Than Ever』とともに姿を現した。アルバムの中身もローテンションで貫かれていた前作に比べて、表現の幅が広がり、最大の特徴だったエキセントリックな要素は大きく後退することとなった。毒牙を抜かれたウィスパーボイスは、どこか懐かしくドリーミーとすらいえるほどだ。これが、そんじょそこらのメンヘラ系アーティストなら、“日和ったな”ということになるのだろうが、ビリー・アイリッシュだと思うと逆にその心境の変化に興味がわいてくる。アメリカ、イギリス、カナダなどでアルバムチャート1位を獲得し、グラミー賞で主要4部門を独占した彼女は、いまや歴としたセレブであり、いつまでもひきこもりの子どものままでいさせてもらえない。モラトリアム期間が過ぎた以上、その音楽性に変化があっても不思議ではない。

 ブレイクのっきっかけとなった前作『WHEN WE ALL FALL ASLEEP,WHERE DO WE GO?』(2019年)は彼女が弱冠17歳のときに兄と二人でトラック制作し、ホームレコーディングした作品であったにも関わらず、圧倒的な個性とセンスで誰にも真似のできない世界を提示するという偉業を成し遂げてしまっていた。一度耳に付いたら離れない「bud guy」をはじめ、捨て曲は一切無し。ダークでクセの強いベースラインにジェイムス・ブレイク以降のビート感覚、そして気怠い歌声といったミニマムな素材で、ありそうでなかった楽曲を具現化するというコロンブスの卵的発想のアルバムであったが故に、同じ路線を踏襲したとしても、早晩自家撞着に陥るのは目に見えていた。そこで、ビリー兄妹はファンの多くを失いかねない賭けに出たのだろう。つまり、音楽的正統への目配せと歌の復権である。前作ではバックトラックが主役であったのに対し、本作『Happier Than Ever』は、ビリー・アイリッシュのヴォーカルが前景化している。

 その象徴とも言えるのが①「Getting Older」であり、オールディーズやジャズからの影響を踏まえた小細工無しの歌とメロディが聴ける。③「Bille Bssa Nova」はボサノヴァとは言い難いが、ビリー・アイリッシュ流のボサノヴァ・ソング。アコギが新鮮で、チルにはうってつけだ。⑫「Your Power」も静謐なアコースティック・ナンバーだ。アルバム曲中、最も衝撃を受けたのが④「My Futur」。途中からテンポが変わるAOR風のナンバーで、突き抜けた存在感を放っている。スローなアコースティックサウンドから始まって、リバーブのかかった合唱へと展開していく表題曲⑮「Happier Than Ever」は、ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」やチャールズ・ステップニーの「Les Fleur」を思わせる大作だ。齟齬を感じながらも、部屋を出て、世の中へと決然と歩み出したビリー・アイリッシュの決意表明だろうか。

 ②「I didn't Changee My Number」や⑤「Oxytocin」、⑬「NDA」のように前作の延長のようなベースラインを持った曲もあるが、「Bad Guy」ほどキャッチーでも、無邪気でもない。ひきこもりのままサクセスストーリーを実現してしまったビリー・アイリッシュにとって、自虐や諧謔、皮肉や呪詛は説得力を持たない。今作で顕在化したたビリー・アイリッシュの歌唱力にこそ、今後を占う鍵がある気がする。