サンズ・オブ・ケメット 〜未来へのルーツ回帰 | Future Cafe

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「Black To The Future」サンズ・オブ・ケメット

 

 

 しばらく音沙汰がなかったUKジャズ界。コロナ禍でのロックダウンが解除され、ワクチンの接種が進むロンドンからシャバカ・ハッチングス率いるサンズ・オブ・ケメットの4枚目となるアルバム『ブラック・トゥ・ザ・フューチャー』が届いた。とはいえ、本作は2019年に録音済みのセッションをハッチングスがロックダウンの最中に加工/再編集したアルバムであり、純粋な新作とは言えず、サウンド的にもいつものサンズ・オブ・ケメットを期待すると肩すかしを食うかも知れない。

 詩人のジョシュア・アイデヘンによるブラック・ライヴズ・マター運動に触発されたと覚しきアジテーションで幕を開けることからも、本作が政治的メッセージを持ったアルバムであることが伺われるが、逆にアルバム全体から受ける印象はプリミティブかつ牧歌的なもので、ブロークンビーツやダブステップを通過したUKジャズならではのクロスオーバー的な要素も少なく、前作までのサンズ・オブ・ケメットの方が余程パンキッシュで攻撃的といえるだろう。ハッチングスが意図したのは、黒人であることの本来性に立ち戻り、伝統の中に民族としての誇りを見つめ直すことで、未来を変革することができるという想いの発露なのではないか。怒りや抗議ではなく鎮魂の意味を込めて、あえてエモーショナルな楽曲を外したとしたらどうだろうか。そのことは、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」をもじった、「ブラック・トゥ・ザ・フューチャー」のアルバムタイトルからも読み取れる。

 アルバム全編を通じて流れているのは、静かな闘志、穏やかな熱気とも言うべき空気だが、これは人権運動がどうこう言う前に、ジャズそのものが持っているパワーであるといってもいいだろう。⑦「イン・リメンバランス・オブ・ゾーズ・フォーレン」などで聴かれるハッチングスのサックスは、ダイナミックな咆哮こそなくても内に秘めたエナジーを感じさせるには十分だし、ジャズだからこそ醸し出せる熱量に溢れている。

 ただし、サンズ・オブ・ケメットのサウンドが、今後もアルバムを重ねるごとに純化されて、初期にあったような猥雑さを失っていくとしたらつまらない。もし、そうであればルーツ探しの旅もほどほどにせよと言いたい。希望を見出すとすれば、オープニングトラックと対になったラスト曲「ブラック」の終盤、ジョシュア・アイデヘンのアジテーションの背景に一瞬クラシックの旋律が流れることだ。黒人のユートピアではなく、カオスの中にも多様な文化の共存を模索するハッチングスの姿勢が見えて清々しい。