THUNDERCAT〜能ある猫は‥‥ | Future Cafe

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APOCALYPS/ THUNDERCAT

 ベースという楽器は、不自由さを背負った楽器である。どれほど強靱な指先で弦を弾いてみてもドラムのように大きな音を出すことはできないし、どれほど器用に指先を動かしてみてもギターのようにはメロディを紡ぎ出すことはできない。ジャズグループやロックバンドにおいて、演奏の質を大きく左右する重要なリズム楽器であるにも関わらず、ベースの音は意識して聴き分けようとするリスナーの耳にしか届くことはない。
 そのようなベースの特性も影響しているのだろうか。ベーシストがリーダーアルバムを出す場合、大きく2つの種類に分かれる傾向があるようだ。ひとつは、大きな音を出すことに、あるいはメロディを紡ぎ出すことにこだわったアルバム、つまりベースという楽器の限界に挑もうとするタイプのアルバムだ。もうひとつは、コンポーザーやアレンジャーとしての存在に徹し、プレイヤーとしては通常通りのスタンスで臨んでいるアルバムだ。
 サンダーキャットのファーストアルバム「THE GOLDEN AGE OF APOCALYPS」は、どちらかといえば前者の色が強いアルバムだった。早弾きが随所に取り入れられ、どこかギターの代わりにベースが鳴っているといった印象があった。ヒップホップやベースミュージックの要素を取り入れながらも、ウェザーリポートをスタイリッシュにしたようなフュージョンサウンドが主体で、サンダーキャットが本来備えているテクニカルな部分が分かりやすい形で前景化したしたアルバムであったといえるだろう。
 ところが、セカンドアルバムとなる本作「APOCALYPS」では、アルバムとしてのトータルな世界観の構築に力点が置かれており、そこには前作のような分かりやすさを伴った技巧が入り込む余地は少ない。それでも、耳を澄ますと蠢動するベースプレイが聞こえてくる。これ見よがしなテクニックを排した分だけ、楽曲としての強度は増しているのではないだろうか。本作ではサンダーキャット自らがヴォーカルを取っている曲が多いため、歌の比重が大きいアルバムという評価もされているようだが、サビといえるようなサビはほとんどなく、同じフレーズの繰り返しが多いため、ヴォーカルアルバムという感じはあまりしない。むしろヴォーカルもベースのように楽曲全体を支えるパーツのひとつとして機能しているといった方が正確だろう。
 2曲目「TENFOLD」や3曲目「THE LIFE AQUATIC」、6曲目「SEVEN」のように反復する無機的なハンマービートやハウスビートに、ベースサウンドが絡むトラックは新鮮である。また、2曲目「HEARTBREAKS + SETBACKS」や8曲目「WITHOUT YOU」のようにヴォーカル中心で構成されたリラックスした雰囲気のトラックもまた、本作の大きな特徴といえるだろう。とりわけ、アメリカの音楽ウェブサイトであるピッチフォークの“ベスト・ニュートラック”にも選ばれた「HEARTBREAKS + SETBACKS」は、いかにもピッチフォークが押しそうな“チルウェイヴ勢とも共振する郷愁を感じさせる楽曲”だ。
 また、アルバムの最後を飾る「A MESSAGE FOR AUSTIN/PRAISE LORD/ENTER THE VOID」は、前作「THE GOLDEN AGE OF APOCALYPSE」にゲストとして参加していたが、2012年の11月に22歳という若さで夭逝したピアニストであり、レーベルメイトでもあったオースティン・ペラルタに捧げられている。坂本龍一がバルセロナオリンピックの開会式のために作曲した「EL MAR MEDITERRANI」のオーケストレーションに、サンダーキャットの歌声を乗せたそのトラックは、原曲の魅力によるところが大きいのだが、じつに感動的なエンディングだ。しかし、演奏時間が短すぎてあっけなく終わってしまうのは、いささか残念である。前作に引き続き本作でも、1曲当たりの演奏時間はLP時間の3分前後に抑えられているのだが、フュージョン色が強い前作では効果的だったそうした試みも、ミニマルな要素を取り入れた本作においては逆に物足りなさを覚える要因になってしまっている。9曲目にも「LOTUS AND THE JONDY」という曲が収められているが、LOTUSはレーベル主催者でエグゼクティヴプロデューサーのフライング・ロータスのことであり、JONDYとはオースティン・ペラルタのニックネームであるのだが、この曲もオースティン・ペラルタの死後につくられたものだろうか。
 本人のインタビューによると、3曲目「THE LIFE AQUATIC」、10曲目「EVANGELION」、12曲目の「ENTER THE VOID」は、それぞれウェスアンダーソン監督の映画、言わずと知れた日本製アニメ、ギャスパー・ノエ監督の映画を意識して曲名が付けられているらしい。また、アルバムタイトルの「APOCALYPS(黙示録)」が「EVANGELION(福音)」の終わりを意味するというということから、「EVANGELION」というタイトルが付けられたとも語っている。前作が「THE GOLDEN AGE OF APOCALYPS」で、今作が「APOCALYPS」というのは謎だが、終末論やファンタジーが好きなサンダーキャットの指向性をかいま見るようで興味深い。
 横浜銀蠅やレニングラードカウボーイズ、なめ猫も真っ青の男気あふれるジャケットのポートレイトがひときわ目を惹く本作だが、ヴォーカルの比重が高まっていることも併せて、サンダーキャットのアーティストとしての自信のほどを伺わせる。それにしても、夭逝したオースティン・ペラルタの遺作となった「ENDRESS PLANETS」に「THE UNDERWATER MOUNTAIN ODYSSEY」という壮大な冒険を思わせるタイトルを持つトラックが収められているのに対して、サンダーキャットのアルバムが「APOCALYPS」というのは何とも皮肉めいた話だ。


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