70年代居残りグミ -33ページ目

バンド活動の始まり   Ⅲ

カラフル・クリーム/クリーム
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ライヴ・イン・ジャパン/ディープ・パープル
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アメリカン・バンド(紙ジャケット仕様)/グランド・ファンク・レイルロード
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前回の続きです    ちょっと間があいてしまいました        その間に「いったい どこで練習したんだっけ?」とずっと考えててやっと思い出しました   ( 最初の頃の部屋で学生カバンを叩いてた後にそれぞれ楽器やアンプが少しそろいはじめて音出してやったはずなんですよ)    その頃は街の楽器屋にやっと貸しスタジオができたばかりぐらいで     高校生の俺達は金がなく使えませんでした      最初は魚屋の息子がいてそこの裏の小屋でやりましたが    2~3回やったら近所から苦情がきて使えなくなり     その後は又部屋でガチャガチャやってて      そしたらベースの奴が知り合いの建築屋さんの資材倉庫を貸して貰う交渉に成功してそこがしばらくは俺達の専用スタジオになりました      使ってなかったので電気が切れてたのを繋いでもらったハズだけど電気代は払ったのかなあ?   中も資材がいっぱいだったのを隅に積み上げて場所を作ってやったと思う    そこはちょっと郊外で蔵王に行く途中で愛車のチャリでは行けない坂の上だったのでバスに乗って行きました    ドラムもバラバラにしてバスに持ち込んで運んだと思う・・・      よくやったもんだ・・・   その頃は車の免許まだなかったし、まして親に頼む気なんて全然なかったし、アンプとかもバスで持っていったんだよねえ         しかし!苦労はまだまだ続いて      ドラム組んで叩いてみたらとてつもなくヒドイ音で(なにしろ5000円ですから・・・)     特にシンバルはまぎれもなくナベのふたみたいな音でしょうがないので喫茶店でバイトして、   それにその頃俺は日本育英会の奨学金もらってたのでそれも貯めてつぎこんで    シンバル、ハイハットと一つづつまともなものに替えていきました    といってもジルジャンやパイステという一流ひんには手が届かずその下のランクの(なんていったかなあ?)でした  ヘッドも替えましたレモのCSです透明で真ん中に黒丸があるやつです         そしてスネアも一番厚いのにかえました        タムは裏のヘッドはずしたらいい音になってやっとドラムってよべるような音になりました     元のセットはパールのバレンシアだったと思う     その後ペダルもいい奴に替えたのでさらにスピードアップ!   その頃には皆もバイトしたりしてアンプもローランドのJC-60になりベースもテイスコになり   そろそろ人前でやりたくてウズウズっていう状態になりました                  今日はここまでです                

バンド活動の始まり    そのⅡ

昨日の続きです・・・     ドラムはとにかく先生がいないので独学で 叩いている人を出来るだけ見て(生で、テレビで・・・)覚えました     前にも書いたけど  高校では陸上の部活マジメにやってたハズなのに   自分ながらよくそんな時間があったなあと今更ながら思います     当時は貸しスタジオなどなく      もっぱら誰かの家に集まっては音量を気にしながら    セッションというか音あわせというか     一曲を延々何回もやって覚えました      ドラムはやはり学生カバンと雑誌です(笑)      そんなことをやってるうちに 曲もだんだん増えて   俺たちはキャロルのオリジナルより彼らがやってるロックンロールのスタンダードを増やしました    「ジョニBグッド」  「グッドオールドロックンロール」 「ロングトールサリー」   「メンフィステネシー」   「トゥティフリ」  「カンサスシティー」    プラス  「憎いあの子」    「ヘイ!タクシー」   「涙のテディーボーイ」     タイトルが出てこないけどピンクの感じのあの一枚(初期のアルバムで片面がロックンロールもう片面がキャロルのオリジナル)まるっとコピーしました      それでもそのころキャロルは リーゼントの  ・・族のアイドルみたいになってたけど俺たちは   ロン毛にパンタロンは手放さず  プラス   クリームや   ディープパープルや   グランドファンクや   CCRや    ビートルズもやってました     でもやっぱスリーコードのロックンロールを延々やったことが     俺たちにとっては    かけがえの無い蓄積になったのは  後になって実感した次第です・・・  まだつづくなあ・・・又明日?    

バンド活動の始まりは「キャロル」のコピーからでした・・・

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キャロル20 ゴールデン・ヒッツ/キャロル
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最初にバンドらしいことをやったのは       中学三年の卒業のときクラスでやったお別れ会みたいので   クラスのギター弾ける奴5~6人が集まって    フォークやらロックやらギターだけでごちゃ混ぜに何曲かやりました       やってるほうは夢中で楽しかったけど      きいてるほうはただウルサイだけだったと思います      仲のいいクラスだったので卒業してからも時々会ってて      バンドやる話が盛り上がりそこに俺の行ってた高校の音楽好きも合体してメンバーが揃いました       そこでギターだけではバンドにならないので     指の太い奴がベースに      ピアノ教室にいってた奴がキーボードに     そして俺は体力が一番あるからとドラムに・・・    半ば強引に決まりました        そっからですよ     それぞれ自分のパートの楽器を練習し始めたのは・・・    最初にコピーしようと選んだのは      キャロル     の「ファンキーモンキーベイビー」と「ルイジアナ」      ドラムっていってもやったことないし     もちろんドラムセットなんてもってないし      とりあえずスティックだけ買ってきて       レコード擦り切れるほど何回も聴いて     「 夜のヒットスタジオ」とか「ベストテン」とかの歌番組のバックバンドのドラムの動きを必死で見たり     時々やってくるコンサートを見に行ってドラムだけずっとみてたりして       家では学生カバンとか雑誌を必死で叩いて少しずつ覚えていきました      そうしてるうちに    友達の高校の応援部の部室に     使わないドラムセットがあることがわかり      今考えると合法か違法かわからないけど5000円で譲ってもらえることになり    リヤカーでもらいにいって手にいれて部屋に組んで      さすがにそのままは叩けないので全部にダンボールとか張って練習しました    今考えると凄いケナゲな努力ですねえ・・・       今日はここまでにします      続きは明日?

思い出の一枚 高木麻早の 「高木麻早」

高木麻早/高木麻早
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1973年の作品です  ヤマハのポップコーン世代ですねえ   中島みゆきと同じ頃ではないでしょうか    「ひとりぼっちの部屋」 「思い出が多すぎて」  がシングルカットされました     俺は「好きだと言えないの」 も好きでした・・・       なにしろ俺にとっては忘れられない一枚で       高校一年のときに自分の部屋にその時の彼女を招いて一緒に聴いたアルバムです      勿論女性が入ったのは初めてで     緊張して会話も弾まず     ほとんど黙って曲を聴いてるのみ    みたいな感じでした・・・     若かったんですねえ    言い訳みたいですが    エロいことは一切なく     そのころは清く正しい二人なのでありました・・・      俺にもそんな頃があったんですよ・・・         アルバムジャケットの写真みたいなファッションみんなやってましたねえ     麻早さんはその頃現役の女子大生だったとおもいます      高く透き通った声に細かいビブラートが印象的でした      バンドの仲間とも聴きました   その頃って    ハードロックやりながらも    フォークもポップスもごちゃ混ぜで聴いてるのが普通だったような気がします。      

陸上OBとして 世界陸上応援してます!

日頃音楽を中心に書いてますが       何を隠そう(別にかくしてませんが・笑・)   俺  中学と高校はマジメに陸上にイソシンデいました      短距離(100,200,400M)やってました       一応県では一番でしたよ・・・      インターハイも三年間行きましたよ     伊勢、久留米、東京でした      予定では    モントリオールかモスクワのオリンピックに出るはずでした(ムリ、ムリ)    だって高校生とはいえ    今やってる世界陸上の女子の記録が自分の記録と同じ位ですからねえ・・・     そう考えると今やってるあいつらはやっぱ凄いですねえ      体(筋肉)みてるだけで惚れ惚れします       しかしそんな昔から陸上を知ってる俺からすると      こんなゴールデンタイムに1週間も番組やってることなど信じられませんし      そこに日本人が各種目に大勢出てる事ことだけでも驚異です        マスコミは日本がメダル取れないと騒いでますが      そんなことない!あいつらがんばってますよ!      だってちょっと前まではマラソン以外世界に通用する種目などなかったんですから・・・       きっかけは高野進だと俺は思います      日本人では絶対無理と思われていた400mで決勝進出したんですよね      今の末つぐ君のコーチです      日本人でもやれるんだという事を見せてくれたんですよ       それから福島大監督の川口先生ですねえ    今の女子の日本代表はほとんど彼の教え子ですから・・・       これからの日本陸上界に期待してます!!              

それから今回俺の注目は女子200m金のアリソンフェリックス      とにかく走りが美しい!まだ若いしこれからが楽しみです         それにしてもとても楽しめた1週間でした!!