バンド活動の始まり Ⅲ | 70年代居残りグミ
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70年代居残りグミ
ほぼ50のおっさんです、新しいモノも大好きなのですが、いいなあと思うものは結局70年代モノに落ち着いてしまう習性があるようです、音楽も文化も女性も・・・厳しい現実に晒される日々のグチもこぼしちゃうかなあ
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バンド活動の始まり Ⅲ
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前回の続きです ちょっと間があいてしまいました その間に「いったい どこで練習したんだっけ?」とずっと考えててやっと思い出しました ( 最初の頃の部屋で学生カバンを叩いてた後にそれぞれ楽器やアンプが少しそろいはじめて音出してやったはずなんですよ) その頃は街の楽器屋にやっと貸しスタジオができたばかりぐらいで 高校生の俺達は金がなく使えませんでした 最初は魚屋の息子がいてそこの裏の小屋でやりましたが 2~3回やったら近所から苦情がきて使えなくなり その後は又部屋でガチャガチャやってて そしたらベースの奴が知り合いの建築屋さんの資材倉庫を貸して貰う交渉に成功してそこがしばらくは俺達の専用スタジオになりました 使ってなかったので電気が切れてたのを繋いでもらったハズだけど電気代は払ったのかなあ? 中も資材がいっぱいだったのを隅に積み上げて場所を作ってやったと思う そこはちょっと郊外で蔵王に行く途中で愛車のチャリでは行けない坂の上だったのでバスに乗って行きました ドラムもバラバラにしてバスに持ち込んで運んだと思う・・・ よくやったもんだ・・・ その頃は車の免許まだなかったし、まして親に頼む気なんて全然なかったし、アンプとかもバスで持っていったんだよねえ しかし!苦労はまだまだ続いて ドラム組んで叩いてみたらとてつもなくヒドイ音で(なにしろ5000円ですから・・・) 特にシンバルはまぎれもなくナベのふたみたいな音でしょうがないので喫茶店でバイトして、 それにその頃俺は日本育英会の奨学金もらってたのでそれも貯めてつぎこんで シンバル、ハイハットと一つづつまともなものに替えていきました といってもジルジャンやパイステという一流ひんには手が届かずその下のランクの(なんていったかなあ?)でした ヘッドも替えましたレモのCSです透明で真ん中に黒丸があるやつです そしてスネアも一番厚いのにかえました タムは裏のヘッドはずしたらいい音になってやっとドラムってよべるような音になりました 元のセットはパールのバレンシアだったと思う その後ペダルもいい奴に替えたのでさらにスピードアップ! その頃には皆もバイトしたりしてアンプもローランドのJC-60になりベースもテイスコになり そろそろ人前でやりたくてウズウズっていう状態になりました 今日はここまでです
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