評価 ★★★★★


~文学界に名を残す作家トルーマン・カポーティが、ノンフィクション小説の名作「冷血」を書き上げた6年間に迫るシリアスな伝記映画。実在した人物、トルーマン・カポーティを演じたのは、本作で第63回ゴールデン・グローブ賞主演男優賞を受賞したしたフィリップ・シーモア・ホフマン。脇を固めるキャストもエド・ハリスやクリス・クーパーといった実力派ぞろい。フィリップ・シーモア・ホフマンが甲高い声でカポーティ成りきる名演は必見。~


原作は未読ですが、2時間弱の作品にすっかり没入して鑑賞しました。
まず何と言っても、ホフマンの演技が見事です。実際のカポーティを映像で観た事はないのですが、個性的な話し方も仕草もきっと本人そっくりなのでしょう。「ヒトラー~最期の12日間」でヒトラーになりきったB・ガンツを連想しました。


「冷血」は、カンザスの村で起きた一家惨殺事件を綿密に取材し、犯人の生い立ちから犯行時の心理、絞首刑となる結末までを追ったノンフィクション作品で、この映画はその執筆の過程を描いています。

カポーティは、この事件に強く惹かれ、かつてなかったノンフィクションが書けると直感します。そして、自分の名声や金を使って犯人に近づきます。独房を訪れ、食事を拒否して衰弱した犯人に離乳食をスプーンですくって口に運んでやったり、弁護士を見つけてやったり、不幸な生い立ちを親身になって聞いてやったりします。そんなカポーティに、犯人も次第に心を許し、彼を救い主・友達として頼るようになっていき、色々な事を話していきます。


カポーティも表面上はそれに応えるような素振りをしますが、彼の方は犯人を決して友とは呼ばないし、「冷血」という本のタイトルも決まっていないと嘘を言います。犯人が独房からカポーティに会いたがっても、それを無視し、陽光が燦々と輝くスペインの海辺の別荘で恋人(男)と過ごしながら、執筆を進めます。更に、最高裁への上告によって犯人の死刑執行が延期されそうになると「これは拷問だ・・・」と酔いつぶれる姿を見せます。刑が執行されないと、作品が完結できないのです。勿論、犯人はそうしたカポーティの姿など想像だにしません。

しかし結局、上告は棄却され、刑は執行されます。カポーティも刑の執行直前、犯人に面会し、刑を見届けます。犯人は最後までカポーティに感謝の言葉を述べ、別れを告げ、カポーティも涙ぐみます。そして「冷血」は上梓され、名声は一段と高まる結果となりました。


カポーティは作家として作品を書くために、打算で犯人に近づき、助けるふりをして、必要な事を聞き出したわけです。
しかし、本当に100%打算であったのか? 犯人の生い立ちを聞き、自分の少年時代と照らし合わせて、「同じ家で育ったが、彼は裏口から出て行き、私は玄関から出て行った」と語る場面があります。自分との共通点を見出し、親しみを感じるようになっていったのかもしれません。そして何と言っても、死に直面した人間の心を翻弄しながら、冷徹に作品を書き上げる”作家としての業”と”人間としての良心の呵責”という葛藤も大きかった事でしょう。他人の死と引き換えに作品を書いたわけですから。
「”冷血”とは犯人ではなく、君自身を指しているのでは?」と編集者から指摘され、それを否定する場面がありますが、内心はどうであったか? そうした複雑な心の内奥は一切見せず、犯人を助ける素振りをしながら執筆を進めるカポーティの姿~ホフマンの演技~は絶妙です。


カポーティは「冷血」を最後に作品を書けなくなり、アル中で亡くなったそうです。作家としての業に負けたか、才能が枯渇したかはわかりません。この作品を観た限りでは、「冷血」執筆時のカポーティの心の奥底がどうであったかは、私には謎でした。それを知るためにも、「冷血」を読んでみるつもりです。

凄味のある作品でした。