パソコン通信時代に作っていた、映画データベース(STEMAN)の思い出 | VAIOタワーを一生使う

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1998年に購入、補修を重ねて一生使うことを決めたSONY VAIO TOWER PCV-S610を使って記録した、終活を兼ねた備忘録です。

私が子供の頃、コンピューターとは知らないことを打ち込んだら答えが返って来る賢いマシンだと思っていた。私が学生だった1970年代から80年代にかけてに世の中にマイコンやパソコンが相次いで発売されたが、当時のスタンドアロンのパソコンの能力的にはそういう芸当ができるはずもない。今でこそグローバル検索やAIを使ってその夢が実現されているが、私が子供の頃はまさに夢の世界だった。

 

1980年代中盤になって、パソコン通信が登場した。掲示板を利用したコミュニケーションによって世界がぐっと広がったが、もうひとつ便利になったのは自分が作ったプログラムやデータの共有である。当時の私は映画が大好きだったが、人名と人の顔を覚えるのが大の苦手だった。この俳優さん、何の映画に出てたっけ、この監督さんの以前見た映画はなんだったっけ、と常に頭をひねっていた。

 

そこでパソコンに自分が見た映画のデータと簡単な感想を打ち込んで事あるごとに検索・活用していた、というのが私の映画データベース作りの始まりだった。そこでひとりでデータを作っていても登録数に限界があるので、みんなでデータや感想を持ち寄って大きなデータベースを作りませんかとパソコン通信で呼びかけたら、紆余曲折の末にスタートしたのがこの映画データベース作りというわけである。

 

当時の「月刊パソコン通信」という雑誌に、そのプロジェクトがフリーのデータ(PDD=Public Domain Data)として掲載された記事があったのでここで紹介しよう。

パソコン通信 1989年7月号表紙

PDDはPC-VANで活用できる

音頭を取っていたのは、PC-VANの「システム手帳(後のSIG知的生産)」と「貴方も私も映画ファン」という二つのSIG(フォーラム)だった。

 

当時はSIG内の掲示板の並びにデータベースというメニューがあり、SIGOP(SIGの管理人)のみがここにデータを転載することができた。映画データベースというコーナーをSIGOPからいただいた私はせっせとみんなの書いた映画のデータを転載していたのだが、なんと999件を登録したところで入力ができなくなった。PC-VANの事務局に問い合わせると、999件がデータベースの最大登録件数ということで、そんなにたくさん登録されることは元から想定してなかったそうだ。しかも検索機能もそんなに強力ではない。

 

そこで一発奮起して作成したのが、STEMAN(エステマン)というフリーソフトだ。この名前は、SIGシステム手帳のジャンプコードであるSTE(=通称エステ)と当時登場したばかりのCD-ROMを使ったソニーの電子辞書「データディスクマン」をもじって命名した。みんなで作成した映画データを丸ごと自分のパソコンにダウンロードして、ローカルで検索閲覧できるようにしたソフトである。このソフトは今でもVectorのサイトに登録されているが、作者の私がパスワードを忘れてしまい残念ながら更新も削除もできない状態となっている。

 

STEMANはSIG「システム手帳」の中で「映画」「音楽」「書籍」「探訪」「料理」「雑学」の6つのデータベースに対応していたが、私が力を入れていた映画ばかりが映画SIGのメンバーの協力により際限なく増え続け、最終的に7,000件を超える映画データが集まることとなる。項目も「原題」「監督」「出演」「スタッフ」「製作年」「製作国」「製作会社」など多岐にわたり、それらを組み合わせて検索できるのは当時としてはかなり強力なデータベースであったと思う。

 

こういった映画データを持っているのはその頃は「ぴあシネマクラブ」が日本最大かと思われたが、そちらは書籍がメインで毎年「邦画編」「洋画編」の2冊を刊行するのが定例となっていた。もちろん私は毎年両方を買っていたが、他にも映画の辞書っぽい本は片っ端から買いあさっていた。

 

1990年代に入り、時代がパソコン通信からインターネットに移ってからは環境が激変する。ウェブページとデータベースというのは親和性が高く、こういったアマチュアの手作りではなく企業が作った本気の映画データベースがぽこぽこと登場し始めたのだ。

 

もちろん私も手をこまねいて見ていたわけではなく、ウェブ上にSTEMANを移植しようとやってみた。PC-VAN事務局と交渉して、スクリプト言語のPerlが使えるホームページのスペースを無料でいただき、STEMANを設置した。しかしデータベース部分までPerlで手作りしようとしたため、ユーザーの映画の感想を追加する部分まで小回りがきかず、登録が100件を超えるたびに手作業で追加していく仕様となった。今考えると、かなり遅れたシステムであった。

STEMAN映画データベース システム

それでも開設した当初は「STEMANもついにここまで来たか」とそれなりの反響をいただいた。当時の雑誌にもいくつかの記事を掲載いただいた。以下は「特選街」の1999年9月号より。

特選街9月号、電子メールとロボットの表紙

STEMAN映画DB 7000件

この頃すでに私がブログタイトルにもしているSONY VAIO PCV-S610を使っていたのがちょっと笑えるかも。

続いて「Sofmap WORLD HYPER」の1999年10月号より。

Sofmap WORLD HYPER 1999年10月号表紙

映画データベース STEMAN

7,100件程度の掲載で「なんと~」がつくのは今ではちょっと恥ずかしいかな。

 

しかし終焉は間もなくやって来た。ウェブページからの感想の書き込みがそんなに多くなかったのに加えて、2001年にSTEMANの母体となっていたPC-VANが閉局した。数年後にインターネットに移行していたPC-VANのサービスがすべて終了し、オンライン版のSTEMANは幕を閉じる。

 

今では複数の映画データベースがインターネット上で運営され、また普通に映画名や俳優・スタッフ名などをネット検索しても満足な結果が表示されるようになった。STEMANはすっかり役目を終えたわけだが、手元に当時集めたパソコン通信時代のメンバーの膨大な映画の感想がある。著作権の問題が大変そうだが、当時を振り返る資料として、まとめてCSVやXML形式のデータにして公開できないかなと考えているところである。