昔を懐かしんで…。80年代中盤から後半にかけてはとにかく小泉今日子… | オレンジの園に

オレンジの園に

2014年3月、某局で放送された
『55スペシャル』で
“モーニング娘。”に目覚める。
基本的に特定メンバーを
偏愛しないと心に決めているが、
“オレンジ”系には目がない。
2015年9月にライブ初参戦。
このブログは
娘。ライフの備忘録である…

 

https://www.jvcmusic.co.jp/-/Artist/A000330.html

 

85年に社会人になって

やれ研修だ転勤だと

身辺が落ち着かなかった。

 

残念なことだけど、

世間に知られた大きな会社には

結局なじめなくて

4年で退社。

そこからは何をしても長続きしない

ダメな人生を送っている。

(履歴書の職歴欄が足りないくらいだから…)

 

この80年代中盤から90年に至るまでの期間は

アイドルと言えば

小泉今日子だったなぁ。

 

花の82年組の中では

あまり目立たなかったけど、

セカンドシングルの『素敵なラブリーボーイ』がね。

オリジナルの林寛子バージョンが割と好きだったから

これで気になり始めて。

 

しかし、

何でデビューシングルもセカンドも

カバー曲だったんだろうか。

 

人気が出始めたのは

デビュー翌年の83年。

そして一躍トップアイドルとなったのは84年か。

85年には

『なんてったってアイドル』。

この頃から90年代前半は

まさに小泉今日子の天下って感じだった。

やたらとコマーシャルに出まくって

そのすべてが“売れる”ような人気ぶり。

 

1度だけ、

渋谷で見かけたことがあったんだけど、

(たぶん、ドラマかなんかの撮影じゃないかな)

人間のミニチュア。

すごい小柄なんだけど、

バランスが違うっていうのか。

 

ライブのLD

『シング!シング!シングルズ!!!』を持ってる。

(まだ持ってる)

セットリストは

それまでに発売済みのシングル。

今DVDを買うとバカ高い。

 

アイドルとしては

セルフプロデュース力に長けた人で、

己の可愛さに自覚的だったんだろうね。

(ま、アイドルだから当然だ)

そして、その可愛さを活かしながら壊す作業に

やたら熱心って言うのか。

 

令和の世では

決して生まれてこないだろう

稀代のスーパーアイドル。

それが最近ではちょっとねぇ。

何とも残念と言うか…。

 

そして90年代は

アップフロントのあの人へ。