第222話「評論家」 | OFFiSTA オフィスタ・ブログ

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ここでは派遣のお仕事についてハケン会社の立場から日々思ったこと・感じたことを綴ってみるWeeklyコラムです。

 最近TVなどを観ていると様々なジャンルで評論家なる人たちがいます。一昔前は“映画評論家“が評論業としては良く知られていましたが、映画を見て批判していれば良いのなら簡単そうだと学生時代漠然に思ったものです。それが近年こうもあらゆるジャンルで評論家が存在するというのも不思議なもので、こんなジャンルに評論が必要なのだろうかという方まで・・・。評論家とは資格や免許が必要なわけでもなく自称で営める業のようなのでこうも増えてしまったのだと思いますが、個人的に評論家なる人種が好きではありません。好きとか嫌いではなく、私は仕事人ですので、組織の中で“仕事”に携わる身としては評論自体は重要だが評論家は必要ないと常々思っているからです。


 どこの会社にも評論家なる社員は存在することでしょう。私も多くの評論家サラリーマンや評論家OLをたくさん見てきましたが、評論とは良いか悪いかを評価するだけで、会社はそんな社員を求めていないことに気付いているのでしょうか。映画でも音楽でも良いか悪いかうんちく並べるだけなら誰でもできます。同様に「経営陣が悪いからあ~だこうだ」、「だからあのときこうしておけばうんぬんかんぬん」なら誰でも出来ることで、会社組織に評論家はいらないと思っています。批判をするのは構いませんが、ではどうすれば良いのか、どうすればそれを改善できるのか考えて発言できる者が必要で、少なくとも批判する前に自身は何かをしたのでしょうか。していないから評論家なのであって、組織の一員であることすら忘れて第三者視点で評論家気取りは恥ずかしい行為です。

良いもの悪いものを客観的に判断することは大事なことですし組織において批判自体は重要なことだと思います。しかし、悪いものを批判するだけで終わらせてしまったら只の愚痴です。どうしたら良くできるのかあらゆる観点から検討して、改善案を提案して発言していく者を組織は求めています。「言うは易し、行うは難し」で自分で行うのは面倒くさいから皆、評論家になるのです。評論できる知識はあっても自分ではそれを改善実行するのは面倒くさい又は考えることすらしない、会社はそんな評論家社員を必要としていない。

「会社に評論家は必要ない。口で批判するだけなら誰でも出来る。どうしたら改善できるのか企画・提案・行動ができないなら他人がすることを批判する資格はない。」というのは昔の上司の教え。そのため私は昔から何かを批判したいときには「自分ならこうする」とか「こうすればどうか」というそれを改善できると思われる代替え案を必ず頭の中に用意する癖をつけています。

“評論家”では何も変えることが出来ません、どうせなら“研究者”になってみませんか。実際に実行することは難しいことだと思いますし、誰でも苦労はしたくない。言うだけなら簡単だし、責任も負わないポジションで叫んでいるのが最も居心地が良いかもしれない。だから世の中に“研究者”よりも“評論家”が多いのですが、評論を生業にしている専門家はともかく、少なくとも会社の中ではたらいている社員の方または就活中でこれから組織の一員になろうという方は是非“研究者”を目指して欲しいものです。


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