『こわかった夜に』
Rちゃんの体験談をシリーズで掲載させていただきました。『体験談をいただきました』カウンセリングをずっと受けてくれているRちゃんが、私のブログ更新の遅さを見かねて、自分のことを書いていいよ、、と言ってくれて、以前3回シリーズで記事にさせても…ameblo.jp『『もう、無理はしなくていい』』前回、私のクライエントさんであるRちゃんがカウンセリングの体験談を書いてくれて、その内容を掲載させていただきました。『体験談をいただきました』カウンセリング…ameblo.jp『『再会』』Rちゃんが書いてくれた体験談,を、これまでふたつ、取り上げさせていただきました。『体験談をいただきました』カウンセリングをずっと受けてくれているRちゃんが、…ameblo.jpあとひとつ。看護師さんとのエピソードを掲載させていただきます。看護師さんて、人類最強な生き物だと私は思っていて。色んな意味でタフさを求められるということもあるけれど、同時にものすごく繊細であることも求められるお仕事で。チームで動くので指示やルールは絶対で、でも緊急の判断もしなければならなかったり、ルールには当てはまらないひとりひとりの患者さんの思いをくみとっていきたいとなると、もうもう最強になっていくしかないんですね。このシリーズはここでいったん終了します。この後は、Rちゃんと相談しながら、またどこかで再開させてもらおうと思っています。*********************************************************『こわかった夜に』これは、難病がわかり大学病院に転院して3日目の時のお話。私は大学病院に転院して、慣れない環境と知らない人だらけの中で、思うように嘘かない身体に日々不安を募らせながら、1人ふさぎ込んで過ごしていた。3日目の夕方。私は38.5℃を超える熱を出した。看護師さんやお医者さんは、心配して定期的に様子を見にきてはくれていたものの、心を開けずにいた私は「大丈夫」の一点張りで通していた。しかし、時間が経つにつれてどんどん熱は上昇していくばかり。そして身体にも違和感を感じた。そう、倒れて痙攣して身体がうごかなくなる前のあの感覚だった。正直すごく怖かった。だけど、言えなかった。そしてその1時間後嫌な感覚があたってしまった。とんでもない痙攣に襲われた。全身がガタガタに震えて、首もとんでもない方向に向き、息もできるかわからない状態になり、身体もガチガチになり、言うことをきかない状態になった。周りの患者さんが私の異変に気付き、看護師さんを呼んでくれて、沢山の看護師さんとお医者さんがかけつけてくれて、治療してくれた。「Rちゃーん、Rちゃーん」と、お医者さんや看護師さんの沢山の呼びかけは何となく覚えているけれど、あまりその後の「記憶はないけど、ただ「苦しい」「怖い」、それがずっとこころの中にいたのは覚えている。治療して数時間して、無事身体の状態は落ち着いた。しかし、その痙攣発作の衝撃で、私は動かなかった身体が、より一層固まってしまい動かなくなってしまった。私はただただ怖くなっていた。またこの痙攣がきて、どんどん動かなくなってしまうのではないかと。そんなことを思いながら動かない身体に怯えながら、ただ天井を見つめていた。すると、ある看護師さんが、私のそばにやってきて、天井を見つめる私の目を見て、何も言わなかったけれど優しく微笑んでしばらく私の顔を撫でてくれていた。ことばはなかったけど、すごく安心した。しばらくして看護師さんがいったん離れようとした時、私はまたものすごい恐怖に襲われた。私はその時動かない身体を必死に動かそうとして、看護師さんのスカートを引っ張った。酸素マスクをしながら、聞こえるか聞こえないかくらいの声だったと思う。全力を振り絞って「行かないで」と初めて言った。看護師さんは私の手を握って、「ずっとここにいるから」と微笑んで言って、その夜ずっと私が眠りにつくまでずっと横で見守ってくれた。無言で、泣いている私の涙をずっとふいていてくれた。そして次の日の朝、目を覚ますとその看護師さんがいなかったものの、違う看護師さんが横にいて、「Rちゃん、おはよう」と優しく声をかけて見守ってくれていた。私はこの怖かった夜にずっとそばにいてくれた優しさに救われた。**********************************************************私たちは、人が苦しんでいる時に、何ができるでしょうね。何かしてあげられるなんて、そんなの傲慢だと言う人もいます。私はそういう考えはあまり好きではありません。誰かの苦しみを解決してあげるとか、それは無理だと思うし、その人の強さを信じることはとても大切。でも、苦しみがそこにあることを知ったなら、そのことが目の前にあるなら、ほんの少しでもできることがないのか、それは考えてみても良いのではないかなと思います。誰かが苦しんでいるから、自分は楽しんではいけないなんて、そんなことももちろんないと思います。たくさん楽しむことは大切。「とっても」大切。あなたの楽しんでいる姿、あなたが生き生きとしている姿に、自分もそうなりたい!と、こころ動かされる人もいるかもしれない。あなたが元気だからこそ出来ることもある。私の知っているお医者さんや看護師さんたちは、本当に、24時間患者さんのことを考えてくれているようなかたが多いです。すでにたくさんのことをしてくれているのに、「私にもっと出来ることはないか」「あの時もっとどうしたら、患者さんやご家族の役にたてたのか」と絶えずご自分に問うていたりもする。もっと気軽にしていたくても、そうできない現状があるからでしょう。ただ、実質、医療に限らず、援助職のかたのうつというのは少なからずあって。誰かの苦しみに日々向き合うことで感じる悲しみ、痛み、無力さ、そういうことは、日々身体の中に蓄積していきます。援助者の健康や働きがいが、もっと守られるような環境になっていくことも、願ってやみません。そうでないと、援助される側も、迷惑をかけたくないと、苦しさを口に出せなくなってしまう。もっとわかられていいはずのことが、わからないままになってしまう。でも誰かが向けてくれる関心が、ぬくりもりが、笑顔が、人を支える時もあって。傲慢でもないし、足りなくもない、あなたが戸惑いながら向けてくれる関心が、誰かのこころをほんの少し温めているかもしれない。誰も何もしなければそこには何もないけれど、1滴が集まれば、そこは水たまりになり、池になり、湖になっていきます。今そこに変化は見えなくても、あなたがしている1滴のことが必ず次につながっていくと信じ続けて、その1滴を差し出してくれること、それこそ、大きな勇気だし、大切でとてもありがたいことなのです。Rちゃん。貴重な体験を伝えてくれてありがとう。