日時;2025年11月12日(月) 18:00~19:30
アドバイザー:中谷常二先生
参加者
リアル参加 7名
Web参加 3名
課題図書 「相克の森」(熊谷達也 集英社文庫)
○=中谷先生によるファシリテーション ・= 参加者発言
・ OHNのように狩猟をビジネスにして設けようとする者は必ず出現。自分は公的な有害駆除組織でやっているが、私的な組織もあり、妨害を受けたこともある。
・ 自分の経験。子供のころ、「科学と学習」の特集「エスキモーの世界」が狩猟を始めたルーツになっている。
・ 日本鹿、エゾシカ、イノシシ、カモ、雉、山鳥など。裕胤動物に関しては猟期を延長されている。
・ ライフルの所持は非常に厳しい。周辺や会社への聞き込みもある。若手育成にも時間がかかる。ライフル銃を所持するには10年間安全に散弾銃を所持し、狩猟や射撃に使用し続けた実績が必要。
〇 具体的で通常のレジメでは書けないような感想も記載いただいた。感想含め自由に発言いただきたい。
・ 「山は半分殺してちょうどいい」 都道府県ごとにツキノワグマ管理計画を作っている。兵庫県は野生動物研究センターが調査しており生息数等も把握して計画を作っている。
・ 10数年前は熊の絶滅を危惧されていて管理計画を策定されたが、現在は明らかに数も増えていて有害駆除ができるようになっている。管理計画には狩猟と環境整備が記載されている。
絶滅と保護の二項対立ではなく考えられた計画となっている。
・ とはいえ、一般の猟期になった時点では調査狩猟で必要数取ったので今期は終了と言われる。
・ 今年の関西は関東・東北と違い栗、柿が豊作なので人里に降りてこない。
・ 平安時代からマタギはあり、熊に対しては信仰心のようなものがあったと聞く。動物を狩るということに対して動物に対する信仰心のようなものがわいてくるのだろうか。
・ 肉も胆も大変貴重なものであり、熊自体山深くにいてなかなか会えないことから信仰心も生まれたのではないか。
・ 熊がかわいそう、というのは神格化とは別の発想ではないか。奈良の鹿は神の使いとされているが、これらは管理された動物。野生の鹿は森を壊す害獣の側面であり、山を守るためには鹿を狩らないといけないと聞く。害を与えるものは狩ることも必要。
〇 絶滅までさせる必要があるか?熊が絶滅したら生態系が変わる?
・ 熊を頂点とした食物連鎖が変化するので生態系に影響はある。
・ 山歩きのため、熊に関するドキュメンタリー等をよく読むが、熊鈴等で人の存在を知らしめるだけでは効果がないように熊の生態もアップデートしているのではないか。
・ 最近は熊鈴やラジオの音で人がいることを知って、逆に寄ってくるという話も聞く。
・ 尾瀬では熊の捕食と排泄で生態系を作っているので熊の駆除はしない。逆に鹿はその生態系を荒らすので駆除すると聞く。
・ 熊のイメージはクマモンやぬいぐるみで「可愛い」と思っている人が多いので駆除への反対が多いのではないか。
〇 OHNのような奥山放獣はだめなのか
・ 人間が入るところまでしか連れていけないため、すぐに帰ってきてしまう。
・ 勝山でも以前は奥山に帰していたが、追いつかないため駆除に方針転換したようだ。
・ 北海道出身。アイヌ民族博物館で捕った熊が飼育されていたりなど、飼育されている姿は身近だったが、最近はそれですまなくなっているのかもしれない。
・ 保護した結果数が増えすぎるのは逆に生態系を乱す。
・ 九州では絶滅した。当時は熊の肝が高値で売れたので乱獲された。
・ 熊駆除に自衛隊が後方支援しているが、捕った熊を活用しないのはもったいないと思う。
・ 活用するルール造りが必要なのではないか。
・ 里山に出てくる熊は縄張りから追い出された熊だとすれば、駆除の対象にしても良いのではないかと思う。また、農地や人に被害を与える熊も駆除はやむを得ないと思う。
〇 熊がどんどん出てくるので駆除しても良いという意見が多いが、人口減少社会の中で熊に与える地域を作るという政策もありうるのでは?
・ 里山管理に関心がある。きちんと管理してボーダーラインを作らないと野生動物が人里に降りることになる。
・ 秋田駅などは駅前まで熊が出没している。
・ 熊は山の宗教によく出てくる。石鎚山や熊野三山など。弓から逃げた熊の跡に月の輪が現れたのが熊野三山の起こり。立山には熊も出るし、ブロッケン現象で自分の影が見えることもある。これらが信心の源になった。しかし、富山では神というより熊の胆として活用。
〇 以前は熊の大きさや力が信仰を形作ったのかもしれない。
・ 家の近くがすぐ森、のような場所では熊が出るのは仕方ない。
・ 米国ではトロフィーハンティングでアフリカでゾウやライオンを撃つツアーが販売されている。有害だから撃つのはやむを得ないとしても、楽しみのために撃つのはどうなのか。
・ ハンターは規則を遵守し、生態系に持続的な形でハンティングし、費用は地域政府が野生動物の保護や地域生活向上に使われる。
・ 釣りとどう違うのか?
・ ゲーム的に撃つのではなく、熊と対峙して倒すということは人間の根源的な心はあっても良いのではないか。
〇 現代社会ではもうそういうメンタリティは不要なのではないかということではないか
・ 宗教上は殺生をしないという教えなのでは?
・ 仏教は殺生しないが、神道は食べるためなら生命をいただくのは許される
〇 人間を襲った熊を駆除するのはともかく、予防的に撃つのはどうなのか。
・ 行政のハンターは人間に危害を加える可能性が高いという状況でなければ撃てない。
〇 数が増えて駆除するというのが行き過ぎて絶滅ということにならないか。カナリア主義というが、動物が先に絶滅するということが人間の絶滅に警鐘を鳴らすということもあるのでは。
・ ニホンオオカミが絶滅したが、それが鹿の増加をもたらし、木の実を食べるので熊が困っているという話も聞く。伊豆大島のキョンも増えすぎて、特定外来種なので根絶させる方向になっている。
〇 熊のような大型動物をたくさん殺さなければならなくなっている事態になっていることが良いのかどうか、とも思う。
・ 熊自体を守るというより、熊に投影される日本の自然を守るということで活動している人もいる。
・ イルカもそうだが大型動物を殺すことに対する抵抗感はあるのかもしれない。
・ 熊は「相克」の対象なのか、共生の対象なのか。この本はタイトルに惹かれたところがある。自然にたいする恐怖と好奇心、愛と憎悪など。
・ 熊肉は美味しい?
・ 現実的に駆除の方向性を是として考えていた。今までの出現数であればマタギさんにお願いしていたが、それでは弱く、現実的にもっと整備していかなければならないのではと思った。
・ なぜ日本中で熊の出没が増えているのか。一匹目の猿現象という説が今は否定されているようだが、全国的に熊の出没が増加しているのは何故?
・ 本当に出没が増えているだけではなく、報告や報道が増えている影響もあるのかもしれない。
〇 今般は熊がかわいそう論があまり取りざたされていないのも不思議
・ かわいそうと言っていられないくらい被害が増えているということではないか。
・ 勉強会後、メールでのご意見
政策としての熊対策は、まあこういう方向で進んでいくのでしょうね。
https://news.yahoo.co.jp/articles/32e5a40b2cea85103c9f32e7a83a2363bf80eafb
危険なので駆除する、という議論は分かりやすいと思います。
他方で、勉強会当日にはうまく問題提起できなかったのですが、
中谷先生からご指摘があった、大型動物を殺すことの是非、という点について、
勉強会や懇親会でもう少し議論を深めてみたかったなと感じました。
仮に、人間への危険は少なく、絶滅のおそれも、大量発生による不都合もない場合、
トロフィーハンティング(又はそれを目的とした観光ビジネス)は倫理的に許されるのか。
イルカやクジラのように、食べる目的がある場合はどうか。
皮革製品等への利用目的がある場合はどうか。
倫理的に問題ありとされる大型動物と、倫理的に問題なしとされる小型・中型動物の差は何か
(知能の差?知能の低い大型動物なら許される?)。
倫理的に許されない、という理屈と、かわいそうだからやめよう、という理屈は、
違うものなのか、又は全部もしくは部分一致するのか。
ちなみに、和歌山県太地町のイルカ漁を批判的に描いた映画『ザ・コーヴ』に対し、
和歌山県が以下のページで反論しています。
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/071500/iruka/index.html
私としては、かわいそうという感覚は分かるものの、食肉は日々食していますので、
理屈としての問題意識がいまいち整理、理解できていません。
世間の論争も、いまいちかみ合っていないような気がしています。
https://www.sankei.com/article/20170723-SC5577SDWBONRHTCLC3GVOH3CA/
結局この手の話は政策論になりがちなのですが、機会があれば、
大型動物を殺すことの是非についての倫理的問題について議論してみたいなと考えました。
(文責 北村)



