日時;2026年2月17日(火) 18:00~19:30

アドバイザー:中谷常二先生

参加者(敬称略) 

リアル 社会人 7名(記録:北村) 

Web 2名

課題図書 「ビジネス倫理学」(中谷常二編著)晃洋書房

 

 

○=中谷先生によるファシリテーション  ・= 参加者発言

 

〇 フリードマン論文とフリーマン論文は正反対の極端な主張となっており、この間には企業のあり方について穏当ないくつもの考え方があります。ただし、トロッコ問題のような思考実験では、現実には他の選択肢もあるのですが、我々がどこに注目し、どのような価値基準で正・不正を判断しているのかを明らかにするため、あえて極端な二択にしてあります。その点を踏まえての問いです。

 あなたはフリードマンとフリーマンのどちらの見解に共感を覚えますか。また、その理由は何ですか。中庸という回答はせず、どちらかの見解に絞ってください。

 

⇒ ポイント集⑧~⑬

〇 フリードマンの議論の背景には社会主義的な主張へのアンチテーゼがある。
ビジネス倫理学で一番たたき台にされる論文。

・    ⑨ の人の金を勝手に使うな、だが、企業が儲かる範囲では委託されている。企業が信頼を得るということはたとえ一時的に従業員の給与が抑えられるようなことがあったとしてもそのための手法として許されるのでは。

・       信頼を得るために必要な投資というのは分かるが、本当に企業の信頼度を高める寄付を、経営者の判断だけでできるのか?

・       企業イメージの高揚は、広報活動の一種と考えることもできるのではないか。

〇 それならば広報そのものに費用をかけた方が良いのではないのか?

・       イメージアップのために寄付をするのは根本的におかしいのではないのか?

・       株主自身がどれほど正しさを持っているのかという問題がある。もうひとつは株主が企業にカネを出すのはその企業が好きだからということもあるだろう。そのためには利潤だけで評価するのではなく社会貢献活動も魅力の一つになるのでは。

〇 倫理的利己主義の考え方に近い。(見返りがあるから良いことをする)良いことをするふりをすることになってしまうのでは。

・       倫理的利己主義によってもそれで社会が良くなるなら良いのでは。

〇 問題点は・・・倫理的利己主義者と結婚するのか。自分に利益がなくなったら切り捨てられるのでは。

・       利益が出ていることを当たり前のように話をしているが、利益が出ない場合はどうなのか。利益を出すことはまず第一の前提ではないのか。

・       倫理的利己主義も、企業の場合は契約関係でウィンウィンになる範囲で理解できる。それ以上に例えば友達の会社だから助けるとか、災害で経営が難しくなった企業を助けるなどの判断をする場合もありうる。

・       短期的な倫理的利己主義者とは結婚したくないが、長期的な倫理的利己主義者は魅力的。

・       単なる寄付ではなく、例えばパタゴニアのように企業のブランディングとして社会貢献活動をすることで従業員へ魅力だったり顧客の魅力になるということはあるのではないか。

〇 フリードマンからすればパタゴニアは欺瞞的ということになるだろう。

・       ハイヤーパーパスというようなより高い目標を掲げて、本業を通じた社会貢献という時代になってきている。

 

ポイント集 ⑭~⑳

〇 リバタリアン的な企業は例えばウォールマートのように地域インフラに「ただ乗り」して儲けているという批判がある。

〇 企業には様々なステイクホルダーがあり、その間に優劣を設けないという主張。

今はどの企業もステイクホルダーを重視しないといけないと言われているが、最初に主張されたときにはフリーマンのようにステイクホルダーのために経営しなければならないというラディカルな議論。

・       法律の変化として、情報開示とガバナンス体系の2つが重要と考える。

・       CSR研修の際に、複数ステイクホルダーに対するときに、少なくとも説明責任を果たす必要があると話をしていたことを思い出す。

・       日航の官僚体質を描いた「沈まぬ太陽」。従業員からの安全に対する意見を取り上げずに、事故を起こした。フリーマンは従業員の声も聴くべきという議論だった。

・       当時は官僚や経営者だけでなく、従業員もそこから利益を得ていたという構図ではなかったか。

・       サイボウズでは従業員が経営会議に参加できるというシステムを取っている。成功したのかどうかは分からないが。

〇 最近はオープンブックマネジメントと言って、帳簿もフル開示する企業が良いという議論もある

〇 最近のマルチステイクホルダー標榜する企業はそれこそイメージ戦略としてやっているケースもある。

〇 CSR報告書でも、年一回少数の顧客などを読んで座談会をやり、それでステイクホルダーの意見を聞いているというように装っているものもある。

・       どのステークホルダーどのように配慮するのかは難しい。

 

〇 フリードマン、フリーマンどちらに共感するか。

・       フリードマンの方がスッキリする。

・       株主総会の前にはフリードマン事業計画の段階ではフリーマンなど、スイッチできたらいいなと思う。

・       どちらも極端。議論のための極端なのではないかとは思うが、やはり中庸が良いと思う。

〇 使い分け方にも良い悪いがあり、安易にマルチステイクホルダーと言っているのは本当か?と思う。

・       基本はフリードマン的な考え方だろうとは思うが、やはりフリーマン。あくまでバランス。

・       法律が整備され、ゲームのルールが厳しくなってきている現代においてはフリードマン的考え方で良いのではないか。

・       ゲームのルールが国によって違うので、不公平が生じる面があるのでは

・       中小企業として考えると地元に魅力がないと新規採用ができないというような現実もあり、フリードマン的なやり方だけではうまくいかないこともあるのでは。

〇 利己主義的な企業と利他主義的な企業のどちらに魅力を感じるか?

・       SDGsのバッジを付けていることに対する社会の反応は?

・       そもそもバッジはSDGsを知ってもらうために作られたのだと思う。

・       付けている人はゴミのポイ捨てはしないだろうし、赤い羽根を付けている人は少額でも寄付はしているだろう。少しずつでも積もれば効果になるのでは。

・       経済の中で利他主義となると贈与になってしまう。与える人と受ける人、返礼があるのが本来。

〇 利他主義はリターンがあっても良い。結果として帰ってくるのは許される。

(文責 北村)

日時:2026年1月6日(火) 18:00~19:30
アドバイザー:中谷常二先生
参加者 社会人 10名 

課題図書 「フランケンシュタイン」(メアリー・シェリー) 
○=中谷先生によるファシリテーション  ・= 参加者発言

〇 原題は「フランケンシュタインor現代のプロメテウス」。火を使うこと、泥と水から人間を作ったことから科学技術の是非を問う意味がある。改めて非常に現代的なテーマを含んでいると思う。

⇒「人間はどこまで神の領域に踏み込んでよいのか?」 ヴィクターは「生命の秘密」を解明し、創造者となるが、結果に責任を取らず怪物を放置。 現代でもAI、遺伝子操作、クローン技術など、創造者の倫理が問われる場面あり。 

〇 怪物を作る部分がサラッとしか描かれていないが、作ったものを放置したことの問題について。現代ではクローンの問題に通じる。

  •   倫理的なところ、ペットやマンモスのクローンと人間で違うのか。
  • ヒトのクローンを作ることの禁止は日本では法律で禁止されている(平成12年)。交雑個体発生や人の尊厳を傷つける可能性から。
  • クローンで臓器を作って移植するのであれば是認されるのでは?
  • 科学技術者の中では規制したり禁止するより科学技術を発展させて課題を克服することの方を是とする議論が多い。

〇 心身2原論と言われるが、体のパーツが記憶を残存させることがあるのだろうか。

  • プラナリアは体が切れても再生する。脳を切って再生させると脳のなかった方の個体にも記憶の残存があるという研究もある。

〇 人間の記憶は経験に基づくので同じDNAを持った個体であっても一卵性双生児と同じで同じ人間が二人できるわけではないはず。
ヒトラーのクローンを作る映画もある。

 ⇒ 怪物は「愛されたい」という純粋な欲求を持ちながら、外見ゆえに拒絶され続ける。外見と本質の乖離、社会的ラベリング・レッテル貼りの問題を示唆。また、孤独が悪を生むという構図は、人間社会の排除や差別問題、SNS時代の承認欲求、孤立による犯罪や過激化などの問題とも通じる。
 

〇 インターネットやSNSで覗いているだけのひきこもりの人が社会に出て受け入れられずに排斥されるといった状況を想像した。

  • 日本でも怪物や幽霊はあるがが、それらには元になった人格が恨みを持っていたりというストーリー。本書では怪物は元の人格はなく、白紙の状態から様々な経験をしていく。もともと悪意もないのに迫害されるのが切ないと読んだ。

〇 見た目の醜さが不幸な結果につながった。科学者はスペック重視になることが多く、ヴィクターも美醜よりスペック重視でその個体が意識を持つことへの意識が十分でなかったのでは?
「猿の手」 という小説がある。願いは叶うが総合的に見て破綻をきたすストーリー。そもそも人は死体に対して恐れをいだいているのかもしれない。

  • 秋葉原の無差別殺傷事件で、社会的貧困に根差した犯人について様々な議論があったが、その後議論が続かない。

〇 人とのつながりが持てないことへの絶望?ヴィクターに対する恨みは何か?

  • 自分に対する創造者としての責任、人とのつながりが得られないのであれば伴侶を作ってくれという要求か?
  • 不幸な生い立ちは情状酌量の理由にはなるが殺人の罪を減ずるところまではいかないだろう。


「ヴィクターの心理の変遷」

  • 成功した瞬間にヴィクターが達成感より恐怖心を抱いたとい点。素材が死体で、それらを道具のように使って組み立てたら動いたということへの恐怖心だったのかも。

〇 作ったものをどうするか、と考えていなかった。科学者は作るところまでは真剣にやるが、その後のことを考えない傾向があるのでは

  • 原爆もそうだが開発の段階ではどう使うかを考えていなかったのでは。
  • 伴侶を作っていたらどうなっていただろう。
  • この小説を読んで一番怖いと思ったのは、伴侶を作って対になれば幸福になってどこかへ行くと言っていたが、もっと危険になる可能性もあった。
  • 禁止や規制して科学技術の進歩を停められた例は歴史上ない。結局科学技術の進歩を続けることによって起こってくる課題を解決していくしかないのでは。

〇 社会構成主義(社会構築主義ともいう)という考え方がある。日本の拳銃やクローンの禁止のように社会には不都合な技術を停める力があるという考え方。自分としてはこの考え方に与する。
※    社会構築主義の要点は、以下の3点に集約されます。(Wikiの解説をGoogleのAIで要約)
①現実の構築プロセス
現実は固定的なものではなく、人々の日常的な相互作用や解釈を通じて絶え間なく創造・再生産される動的なプロセスである。
②常識の制度化
人々の間で共有された認識が行動を通じて強化されると、それは「常識」や「社会制度」として客観的な現実のように定着していく。
③社会的な人工物としての認識
一見すると自然で明白に思える概念も、実際には特定の文化や社会の中で人工的に造り上げられた「社会的構築物」にすぎない。

  •  醜いものを見て恐怖を覚えるのは人間としてやむを得ないことなので難しい。
  •  美醜の感覚は人によって違うだろうが、それも作られるものか。人種差別などもその一つかもしれない。
  • クローンですぐ再生できることになれば、生命を軽んずることにつながる危険があるように思う。

〇 治療は良いのに死んだものを生き返らせるのは何故ダメなのか。

  • これまでの寿命の伸びを考えるとあと100年もすれば人が死ななくなるかもしれない。
  • 労働力は必要なので少子化の世界ではクローンが許される世界になるかもしれない。
  • スター・ウォーズのクローントルーパーもその一事例。
  • 小説としては平板、冗長だと思うが、現代の様々な問題の基底になっている問題をテーマとし、その後の小説や現実に与えた影響が大きかったのだろうと思う。
  • 200年前に19歳の女の子がこのストーリーを考えたことが驚異。
  • 最近フランケンシュタインは善良なキャラクターで再登場しているケースが多いように思う。元々の悪役とは少し違うのかも。
  • 近い将来、ロボットが意思を持つようになるかもしれない。また、ロボットがロボットを再生産し、増殖するとか、人間に歯向かってくるというようなことも想像した。

(文責 北村)

 

 

 

 

 

今回はどの訳を読んでも良いことにしました。

 

中田さんによるレジメ


*芹澤恵訳(新潮文庫)を読みました。 *レジメ作成に際しては生成AIを大いに活用しました。
 

「フランケンシュタイン」はメアリー・シェリーによる1818年のゴシック小説(18世紀後半から19世紀にかけてイギリスで流行した恐怖小説・幻想小説)で、近代SFの始祖とも言われています。
 

【時代背景】

「フランケンシュタイン」が書かれたのは 1818年、産業革命の真っただ中です。この時代には以下の特徴があります
1.科学技術の急速な進歩 電気や化学の研究が進み、「生命の秘密」への関心が高まっていました。ガルバーニの「動物電気」実験(カエルの脚が電気で動く)などが話題になり、「死体を蘇らせる」ことが科学的に可能かもしれないという想像が広がっていました。
 

2.啓蒙思想とロマン主義の対立 理性と科学を重視する啓蒙思想に対し、感情や自然を尊重するロマン主義が台頭。『フランケンシュタイン』はこの緊張関係を反映し、科学の暴走と人間性の喪失をテーマにしています。
 

3.社会不安と倫理問題 産業革命による急速な都市化・機械化で、人間の役割や倫理観が揺らぎました。小説は「人間が神の領域に踏み込むことの危険性」を警告する寓話として読まれました。


【テーマ】

・科学の暴走と倫理 ・孤独と人間性 ・創造者と被創造物の責任 

 

【物語のあらすじ】 

1.枠物語:ウォルトンの手紙 ・物語は、北極探検を目指す探検家ロバート・ウォルトンが、姉のマーガレットにあてた手紙という形で始まります。 ・北極海で航行不能になった船は、氷原をさまよう衰弱した男を救助します。その男こそが、科学者ヴィクター・フランケンシュタインでした。 ・ヴィクターはウォルトンに、自らの過去と悲劇を語り始めます。
 

2. ヴィクターの生い立ちと「創造」 ・ヴィクターはジュネーヴの裕福な家庭に生まれ、幼少期から自然哲学や錬金術に強い関心を抱きます。 ・進学のためインゴルシュタットの大学に進んだ彼は、生命の原理を解き明かす研究に没頭し、ついに納骨堂や解剖室、食肉処理場から得た死体の部位をつなぎ合わせ、人工の生命を創造することに成功します。 ・しかし、完成した瞬間、彼はその存在の醜さと異様さに恐怖し、創造物を見捨てて逃げ出してしまいます。
 

⇒「人間はどこまで神の領域に踏み込んでよいのか?」 ヴィクターは「生命の秘密」を解明し、創造者となるが、結果に責任を取らず怪物を放置。 現代でもAI、遺伝子操作、クローン技術など、創造者の倫理が問われる場面あり。
 

3. 怪物の孤独と学習

 ・放置された「怪物」は、自らの存在理由も言葉も知らないまま世界に放り出されます。 ・人間と接触しようとするたび、外見だけで拒絶・暴力を受け、深い孤独と苦悩を味わいます。 ・森の小屋に隠れ住みながら、ある貧しい農民一家(ド・ラセー家)を観察し、言語、読み書き、人間の感情と道徳を独学で学びます。 ・しかし、勇気を出して彼らに近づいた結果も、恐怖と拒絶でした。
 

⇒ 怪物は「愛されたい」という純粋な欲求を持ちながら、外見ゆえに拒絶され続ける。外見と本質の乖離、社会的ラベリング・レッテル貼りの問題を示唆。また、孤独が悪を生むという構図は、人間社会の排除や差別問題、SNS時代の承認欲求、孤立による犯罪や過激化などの問題とも通じる。
 

4. 復讐の始まり

 ・絶望した怪物は、自分をこの世界に生み出しながら責任を放棄したヴィクターへの憎しみを募らせます。 ・ジュネーヴに戻った怪物は、ヴィクターの幼い弟ウィリアムを殺害し、その罪を無実の使用人ジャスティーヌになすりつけます。 ・ジャスティーヌは冤罪のまま処刑され、ヴィクターは罪悪感に押し潰されます。
 

5. 怪物の要求 

・アルプスで再会した怪物は、これまでの苦しみを語り、ヴィクターにこう要求します。 ・「自分と同じ存在の伴侶を創ってほしい」 ・伴侶さえいれば人間社会から姿を消し、二度と人類に害をなさないと誓います。 ・葛藤の末、ヴィクターはこの要求を受け入れます。
 

6. 約束の破棄とさらなる悲劇

 ・しかし、創造の途中でヴィクターは、怪物が増えるかもしれない恐怖、人類への脅威を想像し、創造中の伴侶を破壊してしまいます。
・激怒した怪物は、「お前の婚礼の晩に必ず会いに行く」と予告し、その後、ヴィクターの親友クラーヴァルを殺害、婚礼の夜にはヴィクターの最愛の妻エリザベスを殺害します。 ・さらに父親も悲嘆のうちに亡くなり、ヴィクターはすべてを失います。
 

7. 追跡と終焉

 ・復讐を誓ったヴィクターは、怪物を追って北極圏へ向かいますが、力尽きてウォルトンの船に救助されます。 ・物語を語り終えた後、ヴィクターは死亡します。 ・その後、船に現れた怪物は、自分の行為への深い後悔、愛を求めながら拒絶され続けた苦しみを語り、北極の彼方で自らを焼いて消滅すると告げて去っていきます。


【ヴィクター・フランケンシュタインの心理の変遷】 

① 少年期〜青年期:知的好奇心と理想主義 強い知的好奇心、人類に貢献したいという理想、自分は特別な存在だという無自覚な自負 (説明) 幼少期のヴィクターは、自然科学や錬金術に魅せられ、「生命の神秘」を解き明かしたいという純粋な探究心を持っています。この段階では、知識は「善」であり、科学は人類を幸福にするものだと信じています。
 

② 創造の過程:執念と孤立 異常な集中と執着、周囲との断絶、自分の行為を正当化する思考 (説明) 生命創造に没頭するにつれ、ヴィクターは家族や友人から孤立し、睡眠や健康も顧みなくなります。彼の心理は次第に理想のためなら犠牲は仕方ないという方向へ傾いていきます。
 

③ 創造直後:恐怖と拒絶 心理の特徴:強烈な嫌悪と恐怖、自己否定からの逃避、責任放棄 (説明) 創造が成功した瞬間、ヴィクターは達成感ではなく恐怖を抱きます。自分が生み出した存在を「醜い」と感じ、直視できず逃げ出します。
 

④ 悲劇の連鎖:罪悪感と自己憐憫 深い罪悪感、それでも行動できない無力感、被害者意識 (説明) 周囲に不幸が続く中で、ヴィクターは「すべては自分のせいだ」と感じながらも、真実を語る勇気を持てません。彼は苦しみながらも、どこかで「自分も被害者だ」と考えています。
 

⑤ 対話以後:葛藤と責任意識の芽生え 同情と恐怖の板挟み、道徳的葛藤、判断不能な状態 (説明) 「怪物」の苦しみを知り、ヴィクターは初めて「創造者としての責任」を意識します。しかし同時に、さらなる結果を恐れて決断できません。
 

⑥ 終盤:復讐心と自己破壊 強迫的な使命感、自己犠牲的だが視野の狭い正義感、生への執着の喪失 (説明) 最終的にヴィクターは「自分が生み出した存在を止める」という使命に囚われます。しかしそれは贖罪であると同時に、彼自身の人生を否定する行為でもあります。
 

【最後に】 

・怪物はヴィクターに追われながらもわざと痕跡を残し、食糧を与え、ヴィクターに死ぬまで追跡をさせました。 ・そしてヴィクターの死後、船に現れ、ウォルトンと交わした会話が彼の心理の変遷を総括しています。とても印象的なセリフでした。

以 上

生成AIによるフランケンシュタインが作った怪物の画像