5月ですな。外も暖かくなって良い季節です。

この時期は特に晴れた日は外の明るさと屋内の明暗が美しいです。陰翳礼讃ですな。

 

ほら、水晶の照りも美しい。

 

そうそう、前に話した気もしますが私も医療従事者の端くれなので例のファイザー社のアレを打てとお達しが来ました。正直私の所は患者さんと毎日会う訳でもないので後回しかと思っていました。(でも2回目の方もいるので後回しですかね。)

 

しかし、私昔から注射嫌いでしかも筋肉注射!(ギャー)で、おっかなびっくり打たれましたが上手い人だったのかインフルの予防接種と変わらない感じでこれ本当にワクチンだったの?と思っていたら夕方くらいからジワジワ筋肉痛?→打ち身くらいの痛みに。

打った所周辺に触れると痛いので打つ人はどちらの腕にするか考えた方が良いかもしれませんね。2日くらいで痛みは引きましたが次は5月中に2回目だそうです…。(ギャー)

 

今の時期に打って頂いてありがたいのではありますが、だからと言って出歩いて良いという訳でもないので連休中は自宅待機ですね。

本当はせっかくの連休ですし水族館とか行きたいですけど仕方ないですね。TICCもまた中止ですし2年目もイベント中止はどこも継続みたいですね。

 

まあ私はインドアでも全然平気なので歴史関係の本とかを買い込んで読書三昧じゃグヘヘ。

 

そしてようやくコインの話です。すっかり購入するのを忘れていて、コインコレクターさんのブログ記事で思い出して古代コイン関連の本も一緒に買ったのですが、こちら。

 

アテネのフクロウコイン研究

鳳凰山 神野 良英

 

表題の通りアテネのフクロウ銀貨に特化した内容です。(余禄で古代インドのコインの話も。)

「収集」誌に連載していた内容をまとめた本との事で、黎明期のアルカイックから、移行期、最盛期のクラシック、ペロポネソス戦争後の後半期、ローマ支配下の斜陽期ニュースタイルまでと、アジアやエジプトの模倣貨まで網羅して、この手の国内の本としてはこれ以上ないといった内容ですね。

 

手に入りやすいクラシックスタイル(最盛期:FRAMENTグループⅡ~Ⅲ類 SEAR2526~2536)も打刻デザインの分類や偽造貨も細かく分けて紹介しています。(ただし、発掘調査からの学術的な分類ではなく著者の主観での分類のようです。)

最近フクロウコインも国内で手にする機会が多くなってきて古代コインの入門的な位置付けになりそうですし、私みたいに「収集」購読してない方は買ってみて損はないかと。

 

という訳で手持ちの物と以前持っていたクラシックのフクロウを見てみました。

 

分類的には標準系ですかね。

整った優等生タイプ。(悪く言えば特徴無し。)

 

手放してしまったのは小顔系だったみたいです。

目鼻口がやや中央に寄るタイプ。フクロウはずいぶん同長というか細身なのでハイブリット系かも。

 

本では同盟国での製造も含めた造幣所が複数あったのではないかと書かれていましたが、詳細は研究が進んで我々コレクターにも情報が降りてこないと分かりませんね。(外国の論文とかあってもとても原書には当たれませんし。)

 

こうやって見るとクラシックタイプだけで複数種類を集めるのも楽しそうですが、値段がこなれたとは言え決して安い物でもないので難しいですかね。しかし、国内にかなりの数が入ってきていますのでフクロウコインのみのコレクションを始めるのなら他の古代コインと比べて環境はだいぶ整っているのではないでしょうか。

 

という所で雑談おしまい。

 

(あと、画像を使った手放してしまった物に付いては今は他の方の所持ですし、不都合な場合は連絡頂ければ消しますのでご勘弁を。)

 

さてAWも古代のロットが終了しましたが皆様はどうでしたかね?

本番は本日の方も多いでしょうが、私はお金ありませんのすかんぴんですので特に入札は無しですね。

まあ出品していたコインも結構良い値で落札して頂きましたので何か買おうかな…。なんてことも無いくらい実はお金使っちゃいました!ので今回というか今年の前半は終了!入手品はおいおい紹介していくという事で。

 

と、コインの紹介に入る前にもうちょっと雑談。

古代コイン収集のブログをしている、ぎりしあこいんさんの体調がよろしくないようでちょっと心配です。

収集も辞めようかなとの事で私が心配してもどうこうなる問題でもないのですが、数少ない同じ趣味ブログなのでショックです。(アメブロでは食事記事中心のようでしたが、我々フォロワーでコインブログに捻じ曲げたような気も…。いや、たぶん気のせいでしょう。)

楽しんでこその趣味ですので元気になられた時にまた気が向いてくれればと思っているのですが…。

 

さて、コインの話。

プロブス帝のアントニニアヌス銀貨です。

 

帝政ローマ プロブス帝 276-282

アントニニアヌス銀貨

MS Strike5/5 Surface4/5 silvering

 

分裂した帝国の再統一を果たしたアウレリアヌス帝の死後も短期間の皇帝の入れ替わりは続くのですが、比較的長く6年間の帝位に就いたのがプロブス帝となります。

 

彼も軍人皇帝の一人として若い頃から騎兵の指揮や軍団長として頭角を現し、アウレリアヌス帝の死亡時にはエジプトを含めた東方全域の防衛を任されるまでになっていました。

皇帝となった後もアウレリアヌス帝の積極的な攻勢を引き継ぎ、ライン河、ドナウ河の防衛線外への攻撃を行い、戦争によって荒廃していた農地の復興事業も進めましたが、相も変わらずといった感じで最後は自軍の兵士の内紛で殺されてしまいました。

 

こちらのコインは今まで紹介した皇帝達の肖像とは変わって槍を持った軍装姿の皇帝のデザインとなります。他の皇帝達の軍装姿の物もあるのですが、比較的長く帝位に就いていたプロブス帝の物が目に付く機会が多い印象です。軍人皇帝らしくてなかなかかっこ良いデザインですな。

 

しかし、ラベルに記載されている通り”silvering”という事で銀メッキ貨となります。

メッキなのでなるべくスレが無い物を選びたい所ですが紹介のコインでもまあマシな状態なのです。古代からの時間を考えればこのくらいので納得しましょう。

 

あとは、タイトルでアントニニアヌス貨という事にしていますが、NGCの分類では”Aurelianianus”(アウレリニアヌスとでもいった所ですかね。)となっており、こちらは以前ちょっと触れましたがアウレリアヌス帝が5%以下に低下していた銀貨の含有量を強権によって5%に戻した後の物に当たります。戻したといっても5%ですので銅貨の見た目を誤魔化すための銀メッキですね。図柄の作り自体は悪くは無いのですが材質は悲しくなります。

 

帝国の再統一は出来ましたがヒスパニアの鉱山の枯渇や、防衛の困難から放棄した属州ダキアの鉱山を失ったこともあり、コインの原料の金銀自体が無いのですから幾ら強権を行使しても含有量は戻しようもない状態なのです。

(あと補足ですが、昔書いた記事でアウレリアヌス帝のデザインを後の皇帝も使ったみたいに書いてしまいましたが、Aurelianianus貨を勘違いしていました。確かに後の皇帝で五賢帝の肖像で発行したコインとかもありますが、基本は発行した皇帝の肖像ですのであしからず…。ああ、恥ずかしい。)

 

裏面は捕虜を踏み付ける騎乗の皇帝。

プロブス帝も皇帝になる前に実力を見込んで騎兵の指揮を任されているように、この時代にはローマ軍の主力は騎兵に移っているそうです。

 

共和政や帝政中期まではローマ軍団の背骨といわれたように歩兵主体の軍団兵が主力でしたが、騎馬によって神出鬼没の蛮族を迎え撃つためには機動力が重要となり、カラカラ帝の頃から戦力の主軸が騎兵へと徐々に変わり、歩兵としての軍団兵は重要性が低下していくことになりました。

さらに、財政面の悪化からアウグストゥス帝が定めた満期除隊の退職金制度や、ハドリアヌス帝の整備した入隊基準も守られなくなり、兵士の待遇は装備面を見てもですが悪くなっていく一方なのも危機の時代の特色ですね。

 

アウレリアヌス帝再統一後のローマ。

もういい加減にしてといった感じの危機の時代ですが、次回はようやく混迷からの脱出という事で書いていきたいと思います。

 

という事でまた次回に。

 

突然ですがローマ帝国が分裂しちゃいました!

 

ガリア帝国 ポストゥムス 260-269年

アントニニアヌス銀貨

Ch AU

 

ほーら分裂しちゃった。(270年までの帝国周辺)

 

フィリップス・アラブス帝の死後、激化した蛮族の流入により国境線は各地で破られ、迎え撃った皇帝達の中には返り討ちに遭い殺されてしまう皇帝が出たり。更には、またまた攻勢を掛けてきたササン朝ペルシアのシャプール1世の軍との戦闘で捕らえられ捕囚の身に堕ちる皇帝も出たり。

いよいよローマも本格的な危機の時代に突入した感じなのですが、追い打ちを掛けるようにローマ帝国が三つに分裂してしまい、ガリア(現在のフランス周辺)、ヒスパニア(スペイン)、ブリタニア(イギリス)を含めた属州地域が独立したのがガリア帝国となります。

 

発端としてはガリアのライン川国境の防衛として派遣されていたポストゥムスと近衛軍の長官シルウァヌス両者の内紛から始まり、シルウァヌスと側近を捕らえて殺した中に皇帝ガリエヌスの長男がいた事から後に引けない形でガリア帝国として独立することになったそうです。

ローマから独立した形ですが、元老院や毎年選出される執政官もローマそのままといった感じで、最初の首都はガリアの防衛を第一としてコロニア・アグリッピナ(現在のケルン)とされました。

 

銀貨もアントニニアヌス貨を鋳造していますが、同じ時代のローマ帝国の物よりも質が良いと言われるそうです。(でも重量は減っちゃってデナリウス銀貨と同じ重さになってるみたいです。)

確かにガリエヌス帝の物と比べると図柄の出来が良い物が多いですし、銀含有量も5%のほぼ銅貨と比べるとちゃんと銀貨の見た目ですね。

羽振り良い感じでセステルティウス銅貨2枚の価値のダブルセステルティウス銅貨を発行したり、アウレウス金貨も皇帝の正面顔を図柄にした名品が有名ですね。

 

皇帝の肖像の放射状冠はローマの物と比べるとちょっと独特の形状。

碑文は”IMP C POSTVMVS P F AVG”(インペラトル カエサル ポストゥムス ピウス フェリックス アウグストゥス)皇帝の名を彫り込むのはそのままですね。

紹介のコインは状態評価がない物ですが表面が少し不鮮明ですし、裏面も図柄が切れてしまっているので、Strikeは4/4くらいですかね。

 

裏面は信義の女神フィデス。碑文が切れてしまっていますが同じ図柄のコインからすると”FIDES MILITVM” 軍団の忠誠といった内容のようです。

 

兵士達の健闘もありガリアでの蛮族からの防衛はある程度成功を収めていましたが、ローマ帝国とガリア帝国の境界に位置するゲルマニア防壁は防衛困難という事で蛮族に明け渡す形で放棄されてしましました。

帝政ローマの初期から国境の弱点となる地域を補強する形で強化を進めていた防壁も放棄され、ローマの防衛線はさらに弱体化してしまうのも帝国が分裂した悪影響ですね。

 

さて、その後ポストゥムス帝は頼りにしていた兵士達の内紛で死亡。

彼の死後ヒスパニアを奪還され、ガリアもローマとの戦闘が激化しやがて首都もケルンからトリアーへと移転されます。銀貨も含有量の減った質の悪い物になっていき今見るとローマの物と変わらず真っ黒の物になってしまいました。

 

最後の皇帝テトリクス1世の時代にガリア帝国は、以前紹介したアウレリアヌス帝の活躍によりローマ帝国に再復されて消滅します。テトリクス1世自身はローマの元老院の地位を保証されそのまま余生を終えたそうです。

 

ガリア帝国最後の首都になったトリアーの城門の遺跡

 

260-274年と十数年存在した帝国が消え、パルミラ帝国と共に再統合されたローマ帝国。

しかし、疲弊も著しい帝国の混迷の時代はまだまだ続いていくのでした。

 

という所でまた次回に。