ギャー、投稿失敗して消しちゃった!

うう…同じ記事書くのは面倒なので端折って書きましょうね。

 

気を取り直して、AWも終了しましたが、もうコイン相場は高値止まりみたいですね。

私はヘリテージを考えていましたので参加しませんでしたが、最近の円安でこちらもだいぶ苦しい事になりそうです。

しかし、数年前と比較すると相場が倍以上に上がっている物もありますし、もう割高に思えたショップ価格で買ってしまうのも悪くないかもしれませんね。という事でTICCの案内が来たので行きたいものの、見て回るだけにするか、連休中ですので人の出入りの様子を見ながらになりそうです。

 

さて、先月にポンペイ展へ行きましたので、それ繋がりで何かローマのコインを紹介しようと思ったのですが、アウグストゥス帝は売っちゃったし、同じ時代ならウェスパシアヌス帝かティトゥス帝なのですが、持っていませんので一番近いトラヤヌス帝の銀貨です。

 

帝政ローマ 98-117年 トラヤヌス帝

デナリウス銀貨

AU Strike5/5 Surface5/5

 

トラヤヌス帝の五賢帝時代はポンペイの埋没から20年ほど後になるのですが、皇帝に仕えていた小プリニウスが噴火当時を書き残した書簡が重要な資料となっておりますので、一応関係があるという事で。

 

プリニウスは古代の百科事典的な本を書いた博物学者としても有名な方で、小プリニウスの叔父になる方ですね。

ヴェスヴィオ火山噴火時は共にミセーノの自宅に滞在しており、艦隊司令であったプリニウスは危機に陥ったポンペイや近隣都市の救助に向かいましたが、噴火に巻き込まれ命を落としてしまいます。

 

ヴェスヴィオ火山とナポリ湾周辺。

 

ミセーノも地震や降灰に見舞われて小プリニウスも母と共に避難する事になります。書簡では噴火の様子もかなり科学的に書いており関心しますが、街道を避難する箇所では、道の低い位置を流れる重い火山性ガスのようなくだりも出てきて、巻き込まれていたら危なかったかもとヒヤリとしてしまいます(実際に叔父プリニウスの死因は火山性ガスだったそうです。)

幸い小プリニウスと母は不安な一夜を過ごしたものの命は助かり、叔父の安否を心配しながら書簡は終わります。

 

その後、トラヤヌス帝の下で属州総督として憧れの小アジアのギリシア文明の地へ派遣されたりもして、充実した人生を送ったそうです。皇帝と属州統治についてのやり取りをした書簡も残されており、人当たりの良い真面目な総督の見本みたいな方だったのが伺えますね。

 

コインの方の解説をしまして、表の碑文は"IMP TRAIANO AVG GER DAC P M TR P"。DAC=(ダキクス)という事で、ドナウ河対岸のダキア地方を属州にしたダキア戦争や、パルティアへの遠征でローマの領土を最大にした、”最良の皇帝”と呼ばれただけある文句なしの賢帝ですね。

詳しい説明はまた他の五賢帝の紹介の時に一緒にしようかと思います。

 

こちらのコインはグレードも状態評価も満点でまずまずなのではありますが、ちょっと打ち出しが不鮮明な所もあって納得ができない物で、入れ替えを考えているのです。せっかくなので出品する前に紹介としてみました。やはり五賢帝は良い物で揃えたいですしね。

 

裏面は豊穣の角を持った幸運の女神フェリキタス。

こちらは打ち出しがかなり良いので手放したくはないのですが、資金のために何枚かまとめて一緒に出品したいかと思います。

 

実は入手した時からラベルがこんな状態で…コインは本物のはずなのですが、出品大丈夫なのかしらこれ。

 

今回のヘリテージが上手く行っても行かなくても予算的に今年の前半は終了になるので、後半の予算でも作れればの出品です。また後ほど見たようなコインが出てくるかと思います。

 

ではこんな所で。

 

さて続きです。

 

ポンペイといえば美しいモザイクも有名ですよね。

猛犬注意(1世紀)

 

みんなの大好きポンペ犬。

 

テーブル天板「メメント・モリ」(前1世紀)

 

海外ドラマの「ROME」のOPにも出てきましたね。「死を忘れるな」というと中世ヨーロッパからの思想かと思っていたのですが、古代ローマからあったのですね。そういえば凱旋式では凱旋将軍や皇帝の後ろから「死すべき身であることを忘れるな」と言う役割の人がいましたね。

 

死を常に考えるというのは気が滅入りますが、どちらかというと「明日の身は分からないから今日を楽しもう」というポジティブ的な考えだったそうです。

 

イセエビとタコの戦い(前2世紀末)

 

地中海の豊かな海産物。これはかなり良いモザイクで、思わず家に飾りたくなってしまう見事な出来ですね。

 

そして有名なアレクサンドロス大王のモザイク画。

(前100年頃)

 

残念ながら精巧な印刷のレプリカでした。現在修復中とのことですが、国外持ち出しできる物なのかしら?

 

上記の2枚のモザイクはポンペイで最大の邸宅、ファウヌスの家から出土した物となります。前の記事に載せたスフィンクスもこの家からだそうで良い趣味を感じられます。相当に裕福な家だったらしく多数の宝飾品も残されていたそうです。

こうして見ているとかつてのローマ元老院の議員や皇帝の邸宅となるとどれ程の物だったのか、想像してみると圧倒されてしまいますね。

 

あと、これは初めて知ったのですが、モザイクの剥落部は埋没時やその後の損傷かと思っていたのですが、どうも当時に漆喰で補修した痕だそうです。モザイクは全て小さな自然石の微妙な色合いを組み合わせて作り上げるとの事で、耐久性はフレスコ画よりかはありそうに感じますが、ファウヌスの家は前2世紀から建っていたので、百年近く踏まれていれば補修も必要になるという事ですかね。

 

同じくファウヌスの家から出土した邸宅の名前の由来となる「踊るファウヌス」

(前2世紀)

 

こちらはローマ時代の複製ではなくヘレニズム時代のオリジナルだそうです。結構小さなブロンズ像ではあるのですが、ヘレニズム期の作品だけあって躍動感が素晴らしいですね。

 

竪琴を弾くアポロ(前1世紀後半)

 

ライオンとシカ(どちらも1世紀)

 

上記2画像のブロンズ像は「竪琴奏者の家」出土。

 

古代ではブロンズ像は大理石の彫刻よりも制作費は遙かに掛かったそうで、ギリシア時代では神殿に奉納するような最高の騎馬像にもなるとそれこそ三段櫂軍船一、二隻くらいの費用になったそうです。古代のインフレはあまり無かったそうなので、ローマ時代でも名品となればおそらく小さめの物でも家一軒建つくらいは掛かったのではないでしょうか。

 

エウマキア像(1世紀初頭)

 

毛織物業者組合の管理、保護を行った女性を顕彰して立てられたそうです。

 

ヒョウを抱くバックス(ディオニュソス)

(前27年~後14年頃)

 

こちらはポンペイから離れて、ヴェスヴィオ山の北麓にあった遺構からの出土となります。

1930年代に下半身が見つかっていたのですが、その後70年近く経ってから日本の発掘チームによって再開された調査で、上半身も発見されたそうです。

 

美術品以外にも日常の生活用品や水道のバルブ。有名な炭化したパンなんかもあったのですが、時間と人混みの関係で撮影できず。宝飾品でエメラルドのネックレスやカメオもあったのですが、これも撮れず。90分鑑賞でお願いとの事でとにかく時間がありませんでした。

蛇形ブレスレッド(前1世紀~後1世紀)

 

宝飾品関係の写真はこれのみ。

 

午前中に行ったのですが、最後の方はだいぶ人が増えてきてそろそろ退散することに。

その前にあの方!あの方だけは!

この方。

「ルキウス・カエキリウス・ユクンドゥスのヘルマ柱」

(前1~後1世紀)

 

いや説明は特に無いですよ。発掘された家の解放奴隷の父か祖父になる方だそうです。ヘルマ柱といいますからアレですよ子孫繁栄とかの意味ですよ、たぶん。

 

「ほらほらそこのお嬢さん達。もっと近寄って見てごらんなさい!」「なんなら触っても良いのですぞ。子宝間違え無しですぞ!」て感じですぞ、たぶん。(こりゃただのエロ親父ですな。)

 

ミュージアムショップも混んでいるのでそのまま帰る事にしてしまい、かなり慌ただしい外出になってしまいました。本当は1日掛けるくらいにゆっくり鑑賞したかったのですが、時期が時期だけに今回はしょうがないですね。(通販で図録は購入出来ましたので助かりました。)

 

しかし、展示品は素晴らしい物の数々で、当時の邸宅室内を再現した展示など、まだまだある紹介できなかった物が本当に残念です。

ポンペイというと悲惨な自然災害がまず出てしまいますが、今回そこは一歩退いてローマ時代当時の豊かで色彩溢れた芸術や生活をクローズアップしているようで、見ると前向きな気持ちになれるような楽しい雰囲気でしたね。

という事で午前中に帰ってきてしまいましたので、午後はローマ人的に昼からお風呂に入って会場を思い返してみたのでした。

 

ではこんな所で。

 

少し前になりますが、行ってきましたよ国立博物館のポンペイ展!

 

行かないと後悔するだろうなと思いつつ。ちょっと仕事的にあまり出歩くのはマズイと悩んでいたのですが、これ以上待つと春休みでさらに人が増える恐れが!

今なら人数制限もしているし、平日なら予約以外の当日入場券が売り切れていないようなので人数的には余裕があるだろうと、当日入場で入れなければ諦める事にして行きました。

 

が、痛恨の大ミス。せっかく写真撮影OKなのにカメラがSDカードの不良で使えず!

うぐぐ仕方がない最後の手段、助けてスマホーン!(実はスマホのカメラ機能使ったの初めてでして。最近のは結構使えるのですね。)

しかし、あまり拡大して撮影できないので小さいコインや宝飾品は撮れませんでした。遠足の持ち物確認は大事ねと反省です。

 

さて、ポンペイは古代ローマに興味がある方なら知らない人はいないでしょう。

ヴェスヴィオ火山の噴火によりローマ時代の街がそのまま埋没した為、考古学でも一級の重要度を持つ遺跡です。埋没品は保存状態が大変良いのも特徴で、まさにかつての古代ローマの生活文化や芸術を直接知ることができます。

今回の展示品は、ヘレニズムの影響を受けた都市国家の時代からローマ化された帝政期のポンペイが埋没するまでの間、(紀元前2世紀頃~紀元後79年)の芸術品や日常品といった所ですかね。

 

当日入場は直近の時間ですんなりと入れましたので、しょうがないと気を取り直して展示物を見ながらいくつかパチパチと撮影。有名な亡くなった方の石膏型もありますがこれはちょっと撮れませんね。

 

展示番号は前後して紹介していきますが、まず会場で最初に目を惹く、ポリュクレイトス「槍を持つ人」(前1~後1世紀)

 

オリジナルはギリシア時代のブロンズ像との事で、大理石の複製となります。

ポンペイのような地方都市でも豊かであれば、こうしてギリシア時代の有名作品から作られた彫刻が公共の場以外に個人宅にさえ置かれていたようです。

 

アウグストゥスの胸像。

後期アウグストゥス~ティベリウス時代(1~37年)

 

帝政ローマ初代皇帝ですね。

 

スフィンクスのテーブル脚。

アウグストゥス時代(前27~後14年頃)

 

アウグストゥス帝によるエジプトの属州化に前後して、当時のローマでは異国的なエジプト文化は大流行りだったそうです。古代はそれに宗教的な情熱も加わりますからね。ポンペイでもエジプトの神々が祀れていました。

 

アウグストゥス帝とスフィンクスというと思い浮かぶのがこちらのコイン。

ヘリテージオークションにて78,000ドル(BP含)で落札された、ペルガモンで作られたキストフォロスと呼ばれる銀貨。

 

アウグストゥス帝は自分の印章にスフィンクスの図柄を使っており、銀貨にもスフィンクスが彫られた物が作られています。しかし、人を食べる怪物はちょっと不吉では?という事で後にアレクサンドロス大王の肖像の印に変更してしまったそうです。

大変素晴らしいコインですが、これはもう博物館クラスで個人で持つようなコインでは無いですね。

 

アウグストゥス帝のコインの展示もありましたが、小さすぎて写真が撮れず。

説明文のアウレウス金貨のカプリコーン(山羊座)の図柄が素晴らしかったです。これは銀貨にも使われている図柄なので、いずれ入手候補にと考えているのですが、予算の余裕的にしばらくは無理です。

 

という事で、ちょっと展示物でコインに関係ありそうな事柄をつらつら。

擬アルカイック様式のアポロ

(前1世紀後半)

 

アルカイックスマイルというと、アテネのフクロウコインの女神アテナの図柄が有名ですね。ローマ時代では既に相当古い様式になりますが、擬アルカイックとして、こうして見事な彫像が作られていると当時の人達のギリシア文化への憧れが伺えます。

 

食卓のヘラクレス

(前1世紀)

 

こちらのブロンズ像は、hirame-hkさんがアジア古代コインのブログでバクトリアのコインを沢山紹介しておられますが、この腰掛けて棍棒を立てる、ヘレクレスと同じ図柄が使われているのを見る事が出来ます。

オリジナルはアレクサンドロス大王の彫像製作者で有名なリュシッポスの作だと言われており、ローマのコインにも同じ図柄が使われていたりするので、コインの図柄の参考にしていたのかもしれませんね。

 

サテュロスのオスキルム(吊り飾り)

(1世紀)

 

邸宅の中庭を取り巻く列柱廊の間などに吊るす飾りだそうです。聖具箱を開けるサテュロスが彫られているのですが、図柄が秘儀の聖具箱(キステ)という事で、上で書いたペルガモンのキストフォロスの名前はここから来てるのです。ペルガモンで作られたコインにはリースに囲まれた聖具箱が図柄として使われており、名前の由来なのですね。

ローマは貨幣単位の統一をしなかったので、東方属州では皇帝肖像のキストフォロスタイプの銀貨が長く発行されることになります。

いずれ入手出来たら紹介をしたいかと。

 

マケドニアの王子と哲学者のフレスコ画

(前60~前40年頃)

 

色彩の鮮やかさが素晴らしいです。

王子はアンティゴノス朝マケドニアのアンティゴノス2世だそうです。以前に紹介したデメトリオス(攻城者)の息子ですね。

父親がセレウコス朝に捕らえられてしまった後、彼の努力でヘレニズム国家のアンテゴノス朝は確立されたのですが、王子時代の教義を受けた場面が壁画の主題となったようです。

 

左側の槍を持つのが王子との事。

 

そして、置かれている盾の図柄は中央がマケドニア王家の象徴ヴェルギナの太陽。周囲の紋様はアンティゴノス2世のコインにも使われているデザインです。

ポンペイが噴火に見舞われた当時、マケドニア王家は既にローマ自らの手により滅亡していましたが、アレクサンドロス大王やそれに続く王家はローマ人の間に人気があり壁画やモザイクとして使われていたのですね。

 

ユピテルとユノの聖婚

(50~79年)

 

顔の部分が剥落してるのが残念ですが、ユピテルというとフィリッポス2世の銀貨で紹介したギリシア神話の主神ゼウスですね。

 

あと、見れて嬉しかった物。

ブドウ摘みを表した小アンフォラ「青の壺」

(1世紀前半)

 

濃い青のガラスなのですが案内や図録の写真のように綺麗な青には撮れませんでした。中か後ろに光源でもないと駄目ですね。

しかし、本物のカメオ・ガラスが見れるとは思っていなかったので感激!

以前アレクサンデル帝の記事で紹介した「ポートランドの壺」と同じように、白ガラスを削り出して下地の青を出した、カメオ・ガラスの技法で作られています。出土もネクロポリス(?)との事で、これも同じように誰かの副葬品だったのかもしれませんね。

 

写真多目の記事になりましたが、重かったらすみません。

ちょっと展示物が多いのでこの辺で一旦終了にしたいと思います。