行かない!仕事で疲れてるしお金ないもん!!

 

なのに来ちゃった東京国際コインコンヴェンション(TICC)…ドラちゃん…。

 

しょうがないので何か探すかとぐるぐる。平日ですけど凄い盛況です。人が多すぎて何にも見えない…。

 

人込みの隙間からヤングヴィクトリアのルピー銀貨でトーンの雰囲気が良い物が無いかなと探してみたのですが、これといった物は無し。ちょこちょこ置いてある古代関係も物色してみましたが、スラブコインでは手持ちの予算的に手頃な物は見つからず。

 

後は、今年の後半辺りにもしかしたら古代金貨に挑戦できる予算の目途が立ちそうなので、プトレマイオス朝の金貨を中心にひやかし。

アルシノエやプトレマイオス3世のオクタドラクマはやはり良いお値段しますね。しかし、数は結構見掛けるのでチャンスが全く無いという訳でもないとは思います。でも過去のお値段から考えると、うーむ、やっぱり高い。

とりあえずオークションの方で考えるとして、無難にフィリッポス2世のスタテル辺りにしておくか思案のし所です。

 

しかし、横から見ていると皆さんバンバン買いますね。金価格の高騰もありますし、モダン金貨とかペルーの100ソル金貨とかは地金金貨的にお求めしているのですかね?私も仕事を始めた10年以上前に一度地金買おうと思ったのですが、あの時買っておけば…いやいや盆に水は返らず、私には縁の無いコイン達のままです。

 

最後にダルマさんの所で裸コインのトレーを見て、ササン朝ペルシアのシャープールのドラクマ銀貨を買っちゃいました。

お金使う気は無かったのに(なんか去年もこんな事言ってたような。)

 

最近ササン朝のディナール金貨を見掛ける機会が多かったので、ちょっと興味が出てきて欲しいなと思っていた所に銀貨で手頃な物を見つける事が出来ました。EFですけど手でコロコロ用ならこれくらいで十分ですね。詳細は後程書いてみるかもかも。

金貨の方もいつかは挑戦してみたいです。会場でも一枚見かけましたけどdetail表記があったので余程の物でないとショップ価格では手がでません。でも良い金貨なんですよシャープールのディナール。

 

疲れたので1時間程で帰っちゃいましたけど、こうしてコインに囲まれた空間は楽しいですし、手ぶらで帰るだろうと思っていたらシャープールをお土産に出来て良かったです。

 

会場でブログの皆様と顔合わせも考えたのですが、行くかどうか最後まで決められなかったので今回は見合わせにしました。

参加される方々も良い物に出会えるようにと願いつつ、こんな所で。

 

駆け足ですが今回で西ローマが滅亡しちゃいます。

 

帝政 西ローマ 393-423年 ホノリウス帝

ソリドゥス金貨

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コンスタンティヌス大帝から貨幣経済の主軸は金貨へと変わっていましたが、ようやく紹介となるソリドゥス金貨です。

大帝やユリアヌス帝の金貨はかなり良いお値段なので、私のオサイフ的にはこの辺からが何とか入手できるラインですね。

 

表面は軍装姿の皇帝の正面肖像。4分の3正面肖像とか言われるみたいです。

 

コンスタンティウス2世辺りからこの図柄が使われるのですが、ずいぶん人気になったようで後期帝政からビザンツ時代に入ってからも正面肖像の形式のコインが作られ続ける事になります。

紹介の金貨は少し浅打ちですが、作り自体はコンスタンティウス2世が発行した時の出来の良さを彷彿とさせて入手してみたのでした。

 

ホノリウス帝は最後の単独皇帝になったテオドシウス帝の次男であり、父の亡き後に東方領土を継いだ長男アルカディウスと共に西方領土を受け継ぎます。

 

世界史的に有名な西ローマと東ローマの分裂はこの時の引継ぎが発端となりまして、最初は分担統治といった意味合いであった決定は後に国家の完全な分断と西ローマ側の滅亡といった事態にまで発展してしまいます。

 

父テオドシウス帝は、ユリアヌス帝の死からしばらく後、ローマ軍がゴート族に大敗した後に共同皇帝として東方を担当。減少した兵力で居座った異民族や対立皇帝への対処と奮闘し、最後は単独皇帝として死去します。

多神教の廃絶にも奮闘しちゃった人ですが、混乱する帝国を何とか維持しようとした努力は評価したい人ではありますね。

 

しかし、後を継いだ息子達の評価はというと、悪い事も言いたくは無いのですが暗君と評価をされてもしょうがない世襲の弊害がモロに出たという感じですね。

 

防衛に関しては優秀な軍司令官がいればある程度の挽回も可能ではあったものの、宮廷が置かれたラベンナに籠ったままで決断力の無い皇帝によって後手に回らざるを得ないというのは混乱した時代では致命的だったようです。

結果として、防衛が崩壊したガリアとヒスパニアに流入した異民族の排除には失敗。ブリタニアはローマ軍が撤退したことで放棄。さらに軍司令官のスティリコを処刑してしまった事によってゴート族によるローマの略奪を招いてしまいます。

 

裏面はコンスタンティノープルの座像。

足元の碑文は、”CONOB”(コンスタンティノープルの純金)の意味。

 

他に西ローマ側の造幣所では”COMOB”と打たれている物もありまして、こちらは(宮廷の純金)の意味。両方の碑文でホノリウスとアルカディウスのどちらのコインも作られているみたいなのですが、歴史の結果として東西の関係は冷え切り分断となってしまいますので、コインのように仲良くとは行かなかったようですね。

 

あっ!そういえば有名なエピソードがありましたね。

ローマ略奪時のラヴェンナにて。

「陛下!ローマが奪われました!」「えっ!余の飼っている鶏のローマちゃんが!?」

 

…なんだかだんだん腹が立ってきましたね…書いていて何でこの人の金貨入手したのか分からなくなってきました。

 

その後、ラヴェンナに籠ったままのホノリウス帝が39歳で死去した後も失った属州の回復は出来ず、追い打ちを掛けてアフリカ属州が侵入したヴァンダル族の手で陥落した事で西ローマはイタリア半島のみとなってしまいます。

危機的な状況ですが内紛も絶えず、実権を失った皇帝達が手を打つ事も出来ない内に最後の皇帝となったロムルス・アウグストゥスが蛮族出身の将軍オドアケルにより退位させられた事で、西ローマの帝位は断絶。事実上の滅亡となりました。

 

しかし、帝政は崩壊しましたが依然としてローマは十万近くの人口を抱える大都市であり、元老院も存続。イタリア半島の防衛はオドアケルによる蛮族兵によってなされ、その後の東ゴート王国でも異民族の王と元老院の体制で一応の平静を保ち続けます。

 

真の崩壊は東の同じローマの片割れからやって来るという事で次回にしましょう。

ではこんな所で。

 

今回はローマ最後の異教皇帝にして背教者と呼ばれる方のコインの話。

 

帝政ローマ 360-363年 ユリアヌス帝

2マイオリナ銅貨

NGC Ch AU smoothing

 

背教者の呼び名はコンスタンティヌス帝の公認から拡大の続くキリスト教優遇を改め、ギリシアの神々等の多神教復興を行おうとした事からそう呼ばれるそうです。

ちなみにユリアヌス帝は2世と呼ばれる事もありますが、1世のユリアヌスの方とは縁も縁もございませぬ。帝政中期に競売で短期間皇帝になっていた変な人ですね。

 

単位のマイオリナは、センテニオナリスとも呼ばれる前回紹介のAE3タイプよりも少し大きなAE2タイプの銅貨。

センテニオナリスは後の研究で当時はマイオリナと呼ばれていたのでは?という事で、その銅貨2枚分の価値である大型銅貨は2マイオリナになるのですね(こちらはAE1タイプ。)

まあ、この時代の貨幣単位は名称が錯綜してややこしいですし、NGCのラベルもセンテニオナリスで書かれてたりしますし、大雑把に把握していればいいのではないでしょか(ぶっちゃけ全部銅貨という事でフォリスでもいいですし。)

 

大帝死後の3分担統治時の帝国。

コンスタンティヌス帝の死後、4頭政を否定した皇帝ですが、広大な帝国は担当区域を分担統治する形で引き継がせます。

 

最初は実子3人と大帝の甥の2人、5人で始める予定だった統治は、実子3人以外を粛清するという血を流す行為で3分担となり、ユリアヌス帝は甥の一族の生き残りとして兄ガルスと共に幽閉生活を強いられる事になります。

しかし、実子達による統治も兄弟間の争と簒奪皇帝の反乱で2人が死亡。東方のコンスタンティウス2世のみとなり、西方の領土は簒奪皇帝に奪われるという状態に。

 

ここに来て2人の遺児にも白羽の矢が立ち、兄ガルスは東方の統治を任されましたが、政治上の失敗で粛清。

兄の死後、ユリアヌス帝は副帝として反乱鎮圧後に異民族の流入により混乱する西方ガリア(現フランス)の統治に少数の兵のみで向かわされます。

多神教の復興を目指したようにギリシア文化や哲学関係に興味があり、軍事上の才能など期待するだけ無駄と誰もが思うような中での意外というか、数度の戦いと会戦に勝利してガリアの安定化に成功します。哲学者でもやれば出来るんだよといった所ですね。

 

その後、コンスタンティウス2世による東方への兵力引き抜きに端を発した反乱により、正帝へと担ぎ上げられたユリアヌス帝はやむを得ず東方へと兵を進めますが、コンスタンティウス2世の死により無血でコンスタンティノープルへ入城し正帝となります。

 

裏面は二つの星と牡牛の図柄。発行は現代のクロアチアにある都市シスキア。

 

諸説ありますがユリアヌス帝の生まれた牡牛座とも、ミトラ教の犠牲の牡牛とも言われており、異教的な謎多き図柄。

 

さて、運命のいたずらか、思いもかけずに正帝になったユリアヌス帝ですが、ここから皇帝としての活躍として、多神教復興のためにキリスト教優遇政策の撤回や、大幅に膨れていた帝国の財政の健全化にも手を付け精力的に政策を打ち出します。

反発も多い困難な改革だったようで、皇帝自身もグチみたいな文学作品を残していたりして政務の苦労が伺えますね。

 

しかし、改革に手を付けたのもつかの間、慢性的な衝突の続くササン朝への対応として、帝政ローマとしては最後に当たる大規模な東方遠征が行われる事になります。

遠征は首都クテシフォンの目前まで迫るも、攻め落とす事は出来ず撤退となり、その撤退中の追撃戦で命を落とし、コンスタンティヌス朝の断絶と共に多神教復興の夢もあえなく潰える事となります。

 

評価として、時代錯誤な宗教政策や偽善者的と言われたり、遠征の失敗による東方領土の割譲など批判的な意見もされてしまう方ですが、ギリシアコイン好きの私としては同じようにギリシアを愛した皇帝は親近感を感じるのですよね。

 

さらに、辻邦生氏の「背教者ユリアヌス」を読んですっかりユリアヌス帝のファンになってしまいました。分厚い3巻本ですが、歴史好きの方なら読みやすくてそれ程苦にはならないと思います。最後の巻は徹夜して一晩で読んでしまいました(ちょっと勿体なかったかも。)

 

という事で、ぜひ彼のコインを入手したかったのですが、最初に挑戦した銀メッキタイプのマイオリナは敗退。第2候補のこちらを入手となりました。

 

肖像の首の部分の傷が本当に残念で入手もかなり悩んだものの、その他の部分は銅貨としてはかなり良い状態だと思います。図柄の出来自体も素晴らしくて哲学者的なお髭を生やした皇帝の顔が良く表現されているのではないでしょうか。

 

フランス、クリュニー美術館のユリアヌス帝とされる像。

 

最近はどうもこの像はユリアヌス帝ではないという事になっているみたいですが、もう私からすると皇帝のビジュアルはこれで固まってしまっています。

 

この像が「私どうもユリアヌスじゃなかったみたい…。」とか言い出したら、いえいえ黙っていればバレません!あなたはユリアヌス帝ですもっと自信持ってください!とか言ってしまいそうな感じ。

 

あまり長文になるとまずいのでここら辺で次回にしましょう。

ではこんな所で。