駆け足ですが今回で西ローマが滅亡しちゃいます。

 

帝政 西ローマ 393-423年 ホノリウス帝

ソリドゥス金貨

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コンスタンティヌス大帝から貨幣経済の主軸は金貨へと変わっていましたが、ようやく紹介となるソリドゥス金貨です。

大帝やユリアヌス帝の金貨はかなり良いお値段なので、私のオサイフ的にはこの辺からが何とか入手できるラインですね。

 

表面は軍装姿の皇帝の正面肖像。4分の3正面肖像とか言われるみたいです。

 

コンスタンティウス2世辺りからこの図柄が使われるのですが、ずいぶん人気になったようで後期帝政からビザンツ時代に入ってからも正面肖像の形式のコインが作られ続ける事になります。

紹介の金貨は少し浅打ちですが、作り自体はコンスタンティウス2世が発行した時の出来の良さを彷彿とさせて入手してみたのでした。

 

ホノリウス帝は最後の単独皇帝になったテオドシウス帝の次男であり、父の亡き後に東方領土を継いだ長男アルカディウスと共に西方領土を受け継ぎます。

 

世界史的に有名な西ローマと東ローマの分裂はこの時の引継ぎが発端となりまして、最初は分担統治といった意味合いであった決定は後に国家の完全な分断と西ローマ側の滅亡といった事態にまで発展してしまいます。

 

父テオドシウス帝は、ユリアヌス帝の死からしばらく後、ローマ軍がゴート族に大敗した後に共同皇帝として東方を担当。減少した兵力で居座った異民族や対立皇帝への対処と奮闘し、最後は単独皇帝として死去します。

多神教の廃絶にも奮闘しちゃった人ですが、混乱する帝国を何とか維持しようとした努力は評価したい人ではありますね。

 

しかし、後を継いだ息子達の評価はというと、悪い事も言いたくは無いのですが暗君と評価をされてもしょうがない世襲の弊害がモロに出たという感じですね。

 

防衛に関しては優秀な軍司令官がいればある程度の挽回も可能ではあったものの、宮廷が置かれたラベンナに籠ったままで決断力の無い皇帝によって後手に回らざるを得ないというのは混乱した時代では致命的だったようです。

結果として、防衛が崩壊したガリアとヒスパニアに流入した異民族の排除には失敗。ブリタニアはローマ軍が撤退したことで放棄。さらに軍司令官のスティリコを処刑してしまった事によってゴート族によるローマの略奪を招いてしまいます。

 

裏面はコンスタンティノープルの座像。

足元の碑文は、”CONOB”(コンスタンティノープルの純金)の意味。

 

他に西ローマ側の造幣所では”COMOB”と打たれている物もありまして、こちらは(宮廷の純金)の意味。両方の碑文でホノリウスとアルカディウスのどちらのコインも作られているみたいなのですが、歴史の結果として東西の関係は冷え切り分断となってしまいますので、コインのように仲良くとは行かなかったようですね。

 

あっ!そういえば有名なエピソードがありましたね。

ローマ略奪時のラヴェンナにて。

「陛下!ローマが奪われました!」「えっ!余の飼っている鶏のローマちゃんが!?」

 

…なんだかだんだん腹が立ってきましたね…書いていて何でこの人の金貨入手したのか分からなくなってきました。

 

その後、ラヴェンナに籠ったままのホノリウス帝が39歳で死去した後も失った属州の回復は出来ず、追い打ちを掛けてアフリカ属州が侵入したヴァンダル族の手で陥落した事で西ローマはイタリア半島のみとなってしまいます。

危機的な状況ですが内紛も絶えず、実権を失った皇帝達が手を打つ事も出来ない内に最後の皇帝となったロムルス・アウグストゥスが蛮族出身の将軍オドアケルにより退位させられた事で、西ローマの帝位は断絶。事実上の滅亡となりました。

 

しかし、帝政は崩壊しましたが依然としてローマは十万近くの人口を抱える大都市であり、元老院も存続。イタリア半島の防衛はオドアケルによる蛮族兵によってなされ、その後の東ゴート王国でも異民族の王と元老院の体制で一応の平静を保ち続けます。

 

真の崩壊は東の同じローマの片割れからやって来るという事で次回にしましょう。

ではこんな所で。