『早春』(1956年)には、
「 奇妙な蚊取り線香 」が現われます。
お好み焼き屋がある路地の場面。
籐製腰掛の右側にある「 蚊取り線香 」 が、最初は「水平置き」になっています。
蚊取り線香は、「とんかつ」と書かれた幟(のぼり)の下あたりです。
ここで、歩いて来る女性(ブラウスにスカート)にも注目してください。
「 蚊取り線香 」を拡大してみます。
次に90度の切り返しがあり、
さっきの女性(ブラウスにスカート)が通り過ぎる時、
この「 蚊取り線香 」は、「 縦置き 」 に変わっているのです。
蚊取り線香は、女性の足元にあります。
「 蚊取り線香 」 を拡大してみます
以下のyoutube動画は、
ちょうど、路地の場面から始まります。
腰かけた女性が、さかんに、団扇で足元をあおいでいますが、
「 蚊取り線香 」に注目させるための陽動ですね。
蚊取り線香は、一瞬で、
「 水平置き 」から「 縦置き 」に変わりました。
いったい誰が、
蚊取り線香の「 置き方 」を変えたのでしょう。
「 透明人間 」 の仕業でしょうか……?
劇場で、こんなことに気づく観客は、ほとんどいません。
それでも小津監督は、
わざと不自然に、あるいは陽動的に、
蚊取り線香の「 置き方 」 を変えたのです。
『早春』では、
蚊取り線香の「 置き方 」に意味があります。
小津監督はその「 サイン 」を、
こっそりと、画面の中に置いたのです。