小津安二郎『東京物語』の謎解き

小津安二郎『東京物語』の謎解き

今まで誰も指摘してこなかった、小津作品の「秘密の演出」や「謎」を解明していきます。


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『生まれてはみたけれど』(1932)は、

     

小津監督が27歳の11月に撮影が開始され、28歳の6月に公開されました。  


 

この作品のクライマックスに 「 逆配膳 」 が現れます。  

 


作品序盤では、まだ 「 正配膳 」 です。

 

二人とも、「 茶碗は左手側 」 「 汁椀は右手側 」 。

 

子供が 「 長袖 」 で食事をすると、右腕で汁椀を倒しがちです。


それを避けるために、「 汁椀を左手側 」 にして、


 「 逆配膳 」 にすることがあります。

 

しかし、この場面の二人は 「 正配膳 」 です。  

 

そして、作品後半の「 逆配膳 」 。

 

両方とも、「 汁椀は左手側 」 「 茶碗は右手側 」 になっているのが分かります。

 この 「 逆配膳 」 には、どんな意味があるのでしょう。

 
その謎を解くためには、  


作品全体を鳥瞰(ちょうかん)しなければなりません。



『生まれてはみたけれど』 の主題は、「 偉さ 」 と 「 遊び 」 です。

    

以下の場面が、その二つを含んでいます。

「 偉い方 」 が特定のポーズをすると、相手の子供達は倒れてしまいます。

 

別のポーズをすると、 倒れた子供達は立ち上がります。

 

この、奇術のような 「 遊び 」 が何度も出てきます。

 

「 遊び 」 とは、「 普通とは違う(非日常的な)事 」 をすることです。



この作品には、「 遊び道具 」 もたくさん出てきます。


 ▼知恵の輪                   ▼けん玉

  ▼パチンコ               ▼フィルム

     ▼小鳥の卵              ▼小鳥の卵

 

子供達だけではなく、


大人達にも、それぞれの 「 遊び道具 」 があります。


    ▼エキスパンダー     ▼活動写真のカメラ(16ミリ)

  ▼トランプ

母親が、両手で トランプ を シャッフル しています。


母親は割烹着のポケットに、いつもトランプを入れています。



作品序盤から終盤まで、


割烹着のポケットが、トランプで 「 四角く膨れ 」 ています。

  

  ▼引っ越したばかりの時     ▼近所の子供達に挨拶

     ▼夫が帰宅した時     ▼酒屋の小僧にビールの配達を頼む

▼父親と喧嘩した子供達をなだめている時(右手でポケットのトランプを確認)

母親は家事の合間に、トランプで遊んでいるのでしょう。

 

この作品では、 

 

子供達と同じように、大人達も遊ぶのです。


 

父親も、子供のように 「 ふざけ 」 ます。




父親は重役の求めに応じ、16ミリカメラに向かって 「 ふざけ 」 ているのです。


「 遊び 」 として、「 普通とは違う(非日常的な) 顔 」 をしています。


  


その映写を見て、

 

二人の息子は父親に幻滅します。

父親が、重役に 「 媚びている 」 と 知るからです。


自分達の父親は 「 偉くなかった 」 のです。



この作品のクライマックス、

 

二人の息子が父親と和解する時に、


「 逆配膳 」は出現します。



 画面左側の配膳(長男の席)が、「 逆配膳 」 になっています。

 長男の席↑(逆配膳)          父親の席↑(正配膳)

 

 

父親と息子達が仲直りすると、


母親は(16ミリカメラに向かう夫と同じように)、

 

この映画の35ミリカメラに向かって 「 遊び 」  を披露します。


彼女は、「 普通と違う(非日常的な)事 」をします。



手品のように卵を出現させ、一瞬でご飯を盛り付けます。

 

そして、トランプをシャッフルします。


この場面をyoutube動画で確認します。




以下の字幕で分かる通り、

 

『生まれてはみたけれど』 の、もう一方の主題は 「 食べ物 」 と 「 卵 」 です。
 


母親は、 「 食べ物( ご飯 ) 」 と 「 卵 」 を使い、


普通とは違う 「 遊び 」 を披露しました。



そして、 「 普通との違い(非日常性) 」 を強調するために、


小津監督は「 逆配膳 」 を使ったのです。






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戦前の作品にも 「 逆配膳 」 は出てきます。

 

今回は 『東京の女』(1933)。

 

 

姉(会社員)と弟(大学生)が、アパートに同居しています。

 

作品冒頭、アパートの朝食場面で 「 逆配膳 」 が現れます。

箸が黒っぽいので、手前が弟の配膳です。

 

汁椀が左手側、茶碗が右手側。

 

 

戦前( 1933年で小津29歳 )から、

 

すでに「 逆配膳 」 の演出を使っていたのです。

 

 

なぜ弟は 「 逆配膳 」 なのでしょう。

 

朝食の時は着物でした( 食卓の向こうに、着物姿の脚が見えます )。

 

右袖が汁椀に触れないように、「 汁椀を左手側 」にしていたのです。

                                               朝食後は学生服に着替えます。

 

当時の観客で、

 

この 「 逆配膳 」 に 「 違和感 」 を持った人もいたはず。

 

それが小津監督の 「 意図 」 でした。

 

小津監督は、

 

この姉弟の暮らしぶりに、いろいろな 「 違和感 」 を与えています。

 

「 逆配膳 」 は、そのひとつです。

 

 

作品後半で、姉弟は言い争います。

 

そして、弟の身に 「 不幸なこと 」 が起こります。

 

それを 「 暗示 」 するための 「 違和感(逆配膳) 」 だったのです。

 

 

逆配膳と、言い争う姉弟の位置関係に注目。

 

「 黒っぽい汁椀 」=「 弟 」で、「 白っぽい茶碗 」=「 姉 」 になっています。

 

 

 

 


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『秋刀魚の味』(1962)では、 「 正配膳 」 が出てきます。

 

 

長男と父親がトリスバーにいる場面。

 

「 長女の結婚相手 」 を決める相談をしています。

 

この時の 「 スープと炒飯 」が、「 正配膳 」 になっています。

 

以下の画像で分かる通り、

 

右手側に 「 スープ 」 、左手側に 「 炒飯 」 があります。

 

「 正配膳 」で、不味そうに食べています。

 

口から 「 飯粒 」 をこぼすほど不味い。

                           父親の 「 ウイスキー 」 と 「 ピーナッツ 」 も「 正配膳 」 っぽいです。

 

 

前回、確認しましたが、

 

「 正配膳 」 はつまらない食事で、「 逆配膳 」 は楽しい食事でした。

 

「 正配膳 」での「 母親の再婚話 」は、上手くまとまりませんでした。

 

案の定、『秋刀魚の味』でも、

 

長女の恋愛は破綻(はたん)してしまいます。

 

失恋した長女は、必死に涙をこらえます。

小津安二郎『東京物語』の謎解き

 

「 正配膳で結婚は上手くいかない 」 という演出が、

 

ここでも使われていたのです。

 

 

 

余談ですが。

 

トリスバーの炒飯が不味かったのは、

 

出前を取った店が悪いのです。

 


テーマ:

まずは、正配膳『お茶漬けの味』で述べたことを再掲します。

 

----------------------------------------------------------------------

小津監督の戦後作品で、

 

「 配膳の確認ができる作品 」 は 5つだけです。

 

以下の、正 を付けた5作品。

 

  『晩春』(1949) ⇒ 『宗方姉妹』(1950) ⇒ 『麦秋』(1951) ⇒

 

  『お茶漬けの味』(1952) ⇒ 『東京物語』(1953) ⇒ 『早春』(1956) ⇒

 

  『東京暮色』(1957) ⇒ 『彼岸花』(1958) ⇒ 『お早よう』(1959)

 

 以外の戦後作品は、「 配膳を確認できる食事場面 」 がありません)

---------------------------------------------------------------------

 

「 茶碗と汁椀の配膳 」 はこれだけなのですが、

 

茶碗や汁椀を使わない食事場面に、

 

「 正配膳 」 や 「 逆配膳 」 が出てくる作品があるのです。

 

そのひとつが 『秋日和』(1960) です。

 

 

『秋日和』の前半で、

 

原節子と佐分利信(亡き夫の友人)は、

 

鰻重を前に、原の娘(司葉子)の結婚話をします。

 

鰻重が右手側、肝吸い(青い陶器)が左手側の 「 逆配膳 」 になっています。

 

作品後半で、司葉子と佐分利信が鰻屋に来ます。

今度は、肝吸いが右手側、鰻重が左手側の 「 正配膳 」 ですね。

 

この 「 逆配膳 」 と 「 正配膳 」 に、何か意味があるのでしょうか。

 

 

ここで、

 

『晩春』(1949)と『お茶漬けの味』(1952)を確認してみます。

 

『晩春』の 「 逆配膳 」 は楽しそう な食事で、 『お茶漬けの味』の「 正配膳 」 はつまらなそうでした。

 

『秋日和』の 「 逆配膳 」 も楽しそうです( 娘の結婚話が進みます )。

「 正配膳 」の時は、嫌な雰囲気です( 母親の再婚話が出てきます )。

『秋日和』の配膳は、

 

『晩春』 や 『お茶漬けの味』 の影響を受けていたのです。

 

 

 

余談ですが、

 

「 肝吸い 」 の器(うつわ)が 「 漆器の汁椀 」ではなく、「 青い陶器 」なのは、

 

その方が、画面映えするからだと思います。

 

「 漆器の重箱 」と 「 漆器の汁椀 」 だと、どちらも黒っぽくて、見栄えがしませんから。

 

 

肝吸いを 「 青い陶器 」 で出すのは、「 和食の文法 」 を無視していますね。

 

( もしかしたら、鰻入りの「 茶碗蒸し 」 かもしれませんが・・・ )

 

 

 

 


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戦後小津作品の 「 逆配膳 」 は、

 

『晩春』(1949)に初めて出てきます。

 

 

父親の汁椀が 「 左手側 」 だったのは、

 

「 着物の右袖 」 が汁椀に触れないための配慮でした。

 

それを引き継ぐように、

 

あるいは、その「 種明かし 」 として、

 

『麦秋』(1951)に 「 逆配膳 」 が出てきます。

 

 

作品冒頭の朝食の場面。

 

実君が右手で 「 茶碗 」 を持ち上げます。

 

「 茶碗 」の手前に 「 黒っぽい汁椀 」 が見えます。

 

つまり、茶碗は右手側に、汁椀は左手側にあるのです。

 

実君は 「 逆配膳 」 なのです。

ここで、正面の席に注目です。

 

ここは勇ちゃんの席ですが、勇ちゃんは 「 正配膳 」 なのです。

子供は、汁椀をひっくり返し、味噌汁を零(こぼ)すことがよくあります。

 

その予防として、実君は 「 逆配膳 」 にしているのでしょう。

 

 

しかし、より幼い勇ちゃんが 「 正配膳 」 なのは何故でしょう。

 

それは、以下の画像を見比べれば分かります。

『晩春』の父親、『麦秋』の実君・勇ちゃんの中で、

 

勇ちゃんだけが 「 半袖 」 です。

 

『晩春』の父親も、『麦秋』の実君も 「 長袖 」 なのです。

  

  (注)『晩春』の紀子は半袖ですが、 「 逆配膳 」 は父親に合わせています。

     『麦秋』の紀子と祖父は長袖ですが、大人なので「 正配膳 」 です。

 

 

『晩春』の「 逆配膳 」は「 袖 」 が理由であることを、

 

小津監督は、子供を使い、 『麦秋』で示しているのです。

 

だから子供に関して、「長袖 ⇒ 逆配膳、半袖 ⇒ 正配膳」になっています。

 

 

それは、

 

実君と勇ちゃんが家出する場面でも明示されます。

 

家出した二人を待つ食卓が、二人とも 「 逆配膳 」 です。

何故、二人とも 「 逆配膳 」 なのか。

 

二人とも 「 長袖 」 です。

 

だから、二人を待つ食卓は 「 逆配膳 」 なのです。

 

 

ここで、確認のために。

 

子供達の 「 長袖 ⇒ 逆配膳、半袖 ⇒ 正配膳 」 は、

 

「 母親の配慮の細やかさ 」 などを表現する演出ではありません。

 

 

あくまで小津監督が、

 

『晩春』の 「 逆配膳 」 の理由( 着物の袖 ⇒ 逆配膳 )を、

 

子供達を使って、『麦秋』の中で示しているです( 長袖 ⇒ 逆配膳 )。

 

そのための 「 長袖 ⇒ 逆配膳、半袖 ⇒ 正配膳 」 なのです。

 


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『お早よう』(1959)には、「 意味 」 の分かりづらい 「 逆配膳 」 があります。

 

 

酔っ払った東野英治郎が帰宅する場面。

 

食卓に、茶碗と汁椀が置かれています。

手前からは、「 正配膳 」 のように見えます。

 

しかし、ドンデンを返すと、

 

亭主席の 「 逆配膳 」 だとわかるのです。

この 「 逆配膳 」 には、どんな意味があるのでしょうか?

 

 

いろいろと推測はできるのですが、

 

この 「 逆配膳 」 は パロディ なのです。

 

 

以前に述べましたが、

 

『お早よう』はパロディ作品です。

 

小津監督が自作品を茶化し、パロディにしているのです。

 

   『お早よう』

   http://ameblo.jp/oduyasuji/entry-10906250243.html

 

 

『晩春』 『麦秋』 『お茶漬けの味』 『東京物語』 『お早よう』 と続いた、

 

意味のある 「 逆配膳 」 を、

 

ナンセンスなパロディにしているのです。

 

特に、 『お茶漬けの味』 の配膳を意識しています。

 

「 あれっ、配膳が逆!? 」 

「 この夫婦、なんか変だな 」 と思うだけでいいのです。

 

 

この場面以降の小津作品には、

 

飯茶碗と汁椀の配膳は出てこなくなります。

 

( 別な形で、こっそりと 「 逆配膳 」 は出てきます)


テーマ:

前回の続きです。

 

 

汁椀に関して、

 

『お早よう』(1959)には、もう一ヶ所、不思議な演出があります。

 

 

以下の場面。

 

母子の会話を挟んで、食卓の汁椀が移動します。

                         汁椀↑が、「 食卓の右端 」 に移動しました。

 

拡大してみます。

( 汁椀が動いた後、食卓にライトを当てています )

 

赤い汁椀が二つとも、食卓の右端に移動していますね。

 

それどころか、「 お櫃(ひつ) 」 と 「 座布団 」 も動いています。

 

 

動画で確認してみてください(食卓場面から始まります)

 
なぜ、「 汁椀 」 や 「 お櫃(ひつ) 」 や 「 座布団 」 は位置を変えたのでしょう。
 
  スタッフのミスでしょうか。
 
  小津監督の勘違いでしょうか。
 
 
もちろん、どちらでもありません。
 
小津監督が意図的に動かしたのです。
 
 
以下、画像を連続で見てみます( 左⇒右⇒左下⇒右下、の順です )。
 
 
よく見ると、母親( 三宅邦子 )が居間に上がるのに、
 
「 お櫃(ひつ) 」 や 「 座布団 」 が邪魔だと分かります。
 
また、「 汁椀 」 が右端に動くことで、味噌汁を 「 よそいやすく 」 なるのが分かります。
 
だから移動させたのです。
 
①母親が通るには↑お櫃と座布団が邪魔です              ↑②お櫃と座布団が離れる
             ↓③母親が居間に上がりやすくなる             ↑汁椀も右に移動

                                    ④味噌汁をよそうことが↑スムーズになる。

 

 

「 お櫃(ひつ) 」 と 「 座布団 」は、
 
『十戒』(米1956)の海のように、左右に分かれました。
 
   『十戒』(1956)では、
 
   「 モーセと、出エジプトの民 」 が通るために海が分かれます。
 
 
  『お早よう』(1959)では、
 
  「 三宅邦子 」 が通るために、「 お櫃(ひつ) 」 と 「 座布団 」が分かれたのです。
 
 
 
「 汁椀 」 も 「 お櫃(ひつ) 」 も 「 座布団 」 も、
 
「 演技を手助け 」 するように位置を変えました。
 
 
小津監督は時として、「 現実世界の文法 」 は無視します。
 
だから、小道具が勝手に動いたとして、何の不思議もありません。
 
 
『彼岸花』(1958)で 「 赤いヤカン 」 が移動したり、
 
『お早よう』(1959)では 「 汁椀 」 が位置を変えたり・・・・
 
 
小津映画では、小道具が自由に動くのです。
 
 
 
歌舞伎や人形浄瑠璃でも、小道具が勝手に動きます。
 
もちろん、黒衣(くろご)が動かしているのですが。
 
  -----黒衣に関しては、文化デジタルライブラリー から引用してみます---------
 
   舞台で必要な小道具【こどうぐ】を出したり、いらなくなった小道具を片づけたり
 
    -------------------------------------------------------------------
 
歌舞伎や人形浄瑠璃の 「 小道具 」 は 「 勝手に 」 動きます。
 
小津映画では、 「 汁椀 」 などが 「 勝手に 」 動くのです。
 
 
小津監督は 「 黒衣 」 として、 「 わざと 」  汁椀などを動かしています。
 
それはパロディであり、悪戯(いたずら)であり、
 
「 不思議な効果 」 を醸し出す演出であったりもします。
 

テーマ:

 

前回の続きになります。

 

 

『お早よう』(1959)では、

 

小津監督が、配膳に 「 不思議な演出 」 をします。

 

「 小津ならでは 」 の演出です。

 

 

まずは、実君と勇ちゃんの配膳を確認しましょう。

 

実君は 「 正配膳 」 で↓「 縞模様 」 の茶碗です。

                                            勇ちゃんは 「 逆配膳 」 で↑ 「 丸模様 」 の茶碗です。

 

最初の食事場面では、その通りに配膳されています。

 

ところが、二度目の食事場面では、

 

実君の配膳が 「 逆 」 になっているのです ( 30分38秒あたり )。

                            縞模様の茶碗が、右側にありますね。

 

ところがところが、

 

数分後には、「 正配膳 」 に変わっています。

 

縞模様の茶碗は、実君の 「 左手側 」 に変わっているのです ( 34分43秒あたり )。

 

不思議ですね。

 
動画で確認してみてください
( 30分38秒から始まります。正配膳に戻るのが34分43秒あたりです )

 
 

こんな不思議な演出が、もう一ヶ所あります。

 

翌朝の食事場面です(37分28秒)。

 

        実君は ↓「 正配膳 」                      

                                             勇ちゃんは ↑「 逆配膳 」

 

下の画像は、数秒後に子供達が食事を終えた場面ですが、

 

勇ちゃんの汁椀は 、「 右上の画像と同じ位置 」 です。

 

ところがところがところが・・・・・・・

 

実君が登校する時には、

 

二人の配膳は 「 真逆 」 に変わっています ( 38分10秒 )。

勇ちゃんが 「 正配膳 」、実君が 「 逆配膳 」 になっているのです。

(丸模様が、勇ちゃんの茶碗です)

 

動画で確認してみます(37分28秒から始まります)

 

これはいったい、どういうことでしょう。

 

誰が配膳を動かしているのでしょうか・・・・・・

 

 

もちろん、小津監督が動かしているのです。

 

 

   その理由の一つは、

 

   「 状況の混乱 」 を表すためです。

 

   子供達二人が 「 口をきかなくなる混乱 」 を、「 配膳の混乱 」 で表しています。

 

 

   理由の二つ目は、『お早よう』は 「 自作品のパロディ 」 だからです。

          (参考) 2011年5月28日のエントリー 『お早よう』

 

   動いて移動する 「 赤い汁椀 」 は、

 

    自作品に出てくる 「 動く赤いヤカン 」 のパロディなのです。

 

 

 

『彼岸花』(1958)の「 動く赤いヤカン 」 はとても有名です。

 

カットが変わるたびに 「 赤いヤカン 」 が動き、位置や向きを変えました。

                        ヤカンは廊下に 「 背 」 ↑を向けています。

 

   ↑ヤカンは、廊下に 「 口 」 を向けています。位置も・・・・?

 

        ↑ヤカンの位置が、ズレているような・・・・

 

 

小津監督は 「 現実世界の文法 」 を無視し、「 赤いヤカン 」 を好き勝手に動かします。

 

自身の好きな 「赤 」 を、目立たせるためです。

 

 

そのパロディとして、

 

『お早よう』(1959)では、「 赤い汁椀 」を動かしています。

 

 

 

この不思議な監督は、

 

「 楽しい映画 」 のためには、「 現実世界の文法 」 は無視します。

 

 

そのせいで、

 

『お早よう』(1959)の汁椀や茶碗は、好き勝手に動きまわるのです。

 


テーマ:

 

『お早よう』(1959)にも 「 逆配膳 」 が出てきます。

 

次男の勇ちゃんです。

ご飯が右手側、味噌汁が左手側ですね。

 

 

勇ちゃんは、どうして 「 逆配膳 」 なのでしょう。

 

 

勇ちゃんは座高が低いので、

 

右手を伸ばすと食卓に触れてしまいます。

右手側に汁椀があったら、味噌汁を零(こぼ)してしまうでしょう。

 

だから、味噌汁を左手側に置いているのです。

 

 

では、長男の実君はどうでしょう。

実君は 「 正配膳 」 です。

 

「 左きき 」 で、「 箸を持つ手 」 と 「 反対側に味噌汁 」 があります。

 

これなら、味噌汁を倒すことはないでしょう。

 

 

正配膳の方が好都合なのです。

 

幼い頃から、実君は正配膳だったはずです。

 

 

それでは、他の家族の配膳はどうでしょう。

 

 

まずは、お母さん。

 

「 着物の袖 」 が味噌汁に触れないように、汁椀は 「 真ん中 」 の位置です。

 

そのぶん、ご飯茶碗は 「 左手側の端 」 に寄っています。

おかず皿が味噌汁の横です。

 

これなら、味噌汁を零(こぼ)すこともないでしょう。

 

変則的な 「 正配膳 」 ですね。

 

 

 

次に、子供達の叔母はどうでしょう。

 

彼女の左手側奥(画像の右端下)に半分見えるのが、彼女の汁椀です。

 

だから、「 逆配膳 」 です。

 

汁椀が離れているのは、『晩春』(1949)の紀子と似ています。

 

ご飯茶碗の位置↓が 「 右手側 」 にあります。

 

小津監督は、わざと、彼女の配膳を分かりづらくしています。

 

「 汁椀を食卓から持ち上げる瞬間 」 を見せません。

 

小津監督は、「 意図的なもの 」 を隠し気味にすることが多いです。

 

 

叔母さんは、どうして 「 逆配膳 」 なのでしょう。

 

彼女は会社員で、これは出勤前の朝食です。

 

味噌汁を零(こぼ)して、洋服を汚してしまったら、

 

着替える手間が大変です。

 

だから、汁椀を遠ざけて、「 逆配膳 」 にしているのです。

 

 

ちなみに、

 

子供達のお父さんは、普通の 「 正配膳 」 です。

 

映像では、確認しづらくなっています。

 

youtube動画を参考にしてみてください(小さい画面です。食事場面から始まります)

 
 
『お早よう』(1959)の家族は、
 
それぞれの事情から、

 

それぞれの配膳になっているのです。

 

 

 

次回も 『お早よう』 の配膳についてです。

 

小津監督は 「 不思議な演出 」 を見せてくれます。

 

 

 

 

 

 

 

 


テーマ:

 

前回まで、

 

『晩春』(1949) や 『東京物語』(1953)、『お茶漬けの味』(1952) の、

 

「 逆配膳 」 や 「正配膳 」 について述べてきました。

 

 

この 「 逆配膳 」 の発想を、

 

小津監督はどこから得たのでしょうか。

 

その 「 答え 」 は、小津自身の食卓にありそうです。

 

 

小津安二郎は、最愛の母親と二人暮らしでした。

 

とても仲の良い母子だったそうです。

 

 

二人で宴会の余興に、「 座敷遊びの踊り 」 を披露したりします。

 

以下のブログに、その様子が描かれています。

 

 「小津安二郎監督のやがて悲しき後ろ姿(3)」 Yahooブログ『わくわく亭雑記』

 

 

そんな安二郎と母親の食事は、

 

以下のようだったのではないか、と推測できます。

 

 

着物姿の安二郎が、母親の味噌汁をよそったり。

 

同じ 「 おかず皿 」 に手を伸ばしあったり。

 

 

安二郎と母親の食卓が、「 逆配膳 」 だったのでしょう。

 

 

小津安二郎監督自身が、

 

最愛の母親との 「 楽しい食事 」 のために、

 

「 和食(配膳)の文法 」 を無視していたのです。

 

 

たぶん……

 

 

 

 

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