『晩春』(1949年)の「壷問題」の件です。
その 「 とぼけた答 」 が、『東京物語』にあるのです。
カギは、帽子と電灯笠です。
まずは、『晩春』 の 「壷問題」 の説明から。
この作品でも、女優・原節子は 「紀子」 という役柄です。
父親役が笠智衆です。
作品の後半で、
父娘の二人が京都を旅行し、旅館の一室で就寝します。
もちろん別々の布団です。
部屋の明かりを消した後、壷だけのショットが二回あります。
同時に、笠智衆のイビキが聞こえてきます。
「この壷は、何を表すのか?」 というのが、「壷問題」です。
あるいは、「壷の画面」と言われることもあります。
欧米の批評家が、この壷に執着するらしいです。
「 壷の中に、全宇宙が入っている 」
「 壷は、禅そのもの 」
「 壷は、紀子の子宮を表す 」
『監督 小津安二郎』(ちくま学芸文庫)の著者である蓮實重彦氏は、
「 壷は、ここでは父親そのものなのだ 」 と述べています。
(当該書の 253ページ)
硬質で、ひっそりとしています。
さらに、笠智衆と壷は、 次のシークェンスの 「 石 」 にも似ています。
その隣が「 笠智衆の寝姿 」っぽいですよね。
(蓮實重彦氏は、否定的だったか・・・?)
この、 壷・笠智衆・石 と対応するものが、 『東京物語』にあるのです。
壷と似たような物も出てきます。
それは次回以降で。
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