さて、娘たちの輪に加わり、微笑みを交わしあった瞬間、すさまじいまでの強烈な寂寥感が彼を襲った。
たった今、死に対(むか)いあったかのようであった。 娘たちは笑いながらも眼で問いかけてくる。しかし、せいたは怖ろしい孤独の中に見入ったまま何も喋れない。自分という樹が根こそぎにされたかのようであった。夜の奈落の底だけがあった。 娘たちが喋っているのは聴こえるが、何を言っているのかは解らない。せいたは必死の努力で何かを言おうとしてみた。
しかし、まるで失語症になったかのようにどうしても言葉が出てこない。自分が誰なのかさえも判然としない。身体も動かせない。またどのように動くのか、動かしていいのかどうかも分からない。
やがて少しづつ自分の置かれている状態がのみ込めるようになってくると、周りをとり囲んでいた友人たちが訝(いぶか)りながらも声を励ましつつ、せいたの腕をとってつれて行こうとしていた。 せいたは虐げられ苦しみ震えているこの世でいちばん無力な幼児であり、彼をつれてゆこうという友人たちは任命を承けて地獄から来た使いのように暴力的な遠慮なしの巨大な力で彼の腕や肩を容赦なくつかんだ。
せいたは動く気にもならず、足も前に出せなかった。しかし、足はそれ自身でよろめきながらも歩きだす。その一歩一歩の中にあらゆる人の倦怠感をひとつに集めたかのようなあるいはその源泉のような純粋な倦怠の極みがあった。叫びをあげる余裕などのない、息の詰まる巨大な桎梏(しっこく)……。
打ち砕かれた囚人のように歩くせいたは自然、仲間たちの歩の迅さから遅れてゆく。 今までにもせいたのこのような突発的な変化の兆しを見てきていた友人たちは気を遣って後ろを振り返りながらも、やはり嬌声をあげながら先を歩いてゆく。今宵の気ままな宴はもう充分に堪能した友人たちはその分せいたに対して無責任となり、ずんずんと先に進んでゆき、せいたはほとんど絶望的な眼を見開いて漆黒の穴の無限の拡がりの中で、存在の与える苦痛を一身に背負っていた。
何かが切迫していた。 未知のものがまさに今、彼の息の根をとめようとしていた。途方もなく重要な何かがすぐそこまでやって来ていた。
這うようなのろさで路の端へと身を寄せ、家の石壁に背中を合わせてもたれかかる。
今度はむしろ軽やかに座り込んで自分の白い手に眼をやった時、街のあらゆるすべての音が彼に向かって入ってきた。 巨大な至福の波であった。
言語に絶する歓喜が、宇宙をのみこむような透明な愛が……。