人間は、自分の見たいものしか見ていないのだそうだ。

一昨日、庭で「セミが鳴いてるね。」

とお師匠さんが言った。

私は全然気が付かなかった。例年と比べて暖かい秋とはいっても、まさか10月も10日になるころセミが鳴くとは思っていないから、鼓膜が音を感知してはいても、「聞こえて」いなかったのだろう。

耳だけでなく目も含め、人間の五感は自分の欲しい情報しか受け取っていないのだという。確かに誰かと話していて「こういうお店がどこそこにあるよ。」と言われても、そこがよく通る道沿いであっても「そんなのあったかなぁ。」と思うことがよくある。

でも、お師匠さんは、本人曰く「見たくないものまでよく見えすぎてしまう。」のだそうだ。例えば少しでもお客さんの集中力が途切れそうになるとすぐに分かるので、とっさに「この

ソロを短くしよう」とか、「リハよりもたっぷりやろう」というようにその場のお客さんの気持ちを察知した対応をしているという。

和力の木村さんと小野さんはそんなお師匠さんの意図を何も言わなくても察してくれ、または同じように感じて、同じように対応しようとしてくださるので、そんな時は無言のうちに意思疎通ができていることがとても嬉しいそうだ。

来週末はいよいよ和力の「紅打逃げ!」がやってくる。今のところ緊急事態宣言も解除されているし、無事開催できそうだ。

お師匠さんは今、台本を仕上げるのに余念がない。私が稽古場の居間でパソコンに向かっている今、お師匠さんは母屋のダイニングテーブルで生みの苦しみを味わっているのかもしれない。本当は集中してパソコンや紙に迎えるまとまった時間が欲しいだろうけれど、このあたりの猟友会の副支部長や地区の防護柵対策委員長もなさっているので、何かと通知を配ったり、休日に行う作業の差配をしたりと地域の仕事が多いし、射撃大会に参加したりと、時間のやりくりが大変そうだ。

18日からは木村さんと小野さんがいらっしゃって、合宿が始まる。

本番までのこの期間は毎年とても忙しくなるけれども、目の前で和力の舞台ができあがっていくのを全部みていられる。五感の方も忙しくなりそうだ。

新しいグッズである獅子Tシャツも完成し、当日の発売を待つばかり。

なんとこのシャツのイラストは、もとはお師匠さんが公演の台本中に描いた絵なのだ。

舞台だけでなく、これもお客様に着ていただき五感で楽しんでいただけますように!

「残心」という言葉がある。武道で大事にされる概念で、何かの一つのことが終わった後すぐに気を緩めず、丁寧にその場を収める時間を持つこと、と私は理解している。

学生時代に夢中になっていた居合道で知ったこの言葉を最近ふと思い出し、演奏も「残心」を大事にしよう、「余韻」や音の消え方、終わり際を大事にしよう、と心がけるようになった。せっかちな私には難しいけれど大事なことだと思う。

先日、5月の「薫風独演会」に続いて再び、立川志の輔師匠の会にお師匠さんがゲスト出演された。今回の会場は岩手県北上市。和力の木村さんと小野さんはご予定が合わなかっために、お師匠さんと私たち弟子2人、そして花綯で一緒に活動しているKさんの4人編成だった。お二人のいない出演で、お師匠さんは演目についてかなり悩んでいた。

前日も志の輔師匠にご覧になっていただいて、いろいろとアドバイスやご要望を伺いながら作戦を考えなおしていらっしゃった。その甲斐あって、本番ではお客様にとても喜んでいただけたようだ。

実は岩手へは4年ほど前に一度、突然思い立って一人で出かけたことがある。

お休みの日、「ちょっと実家の近くの温泉でも行くか。」というつもりで出かけたのに、なぜかどうしてもその足で東北まで行ってみたくなってしまった。0泊2日の何の計画性もない衝動的な旅だった。

長野県の佐久の方から群馬へ抜け、栃木、福島、宮城、そして岩手へと北上し続けて、SAで仮眠を取りながらひたすら走り続け、ようやく岩手県に到着したは朝方の4時ごろ。朝霧の立ち込める花巻市に降り、温泉のある道の駅の駐車場で再び寝る。

温泉でさっぱりしてから、牧歌的な景色を眺めつつ早池峰神社へ車を走らせる。山中の静かな集落にたどり着くと、お祭りの季節ではないのであたりは静かで、樹齢を重ねた大木に守られるように早池峰神社があった。「静謐」の2文字がぴったりな場だった。その後、北上市へ移動し北上展勝地で鬼剣舞の演舞を観て、みちのく民族村を見学し帰路に就いた。

空気の冷たさとと対照的な、出会う人々のちょっとした親切に心温まる旅だった。

まさかその土地にこんなに早く再び訪れることになるとは…。

そして今回もまた、温かな「余韻」の残る東北行きとなった。

志の輔師匠のスタッフさんが素晴らしいお仕事ぶりを発揮されていて、感動した。

ちょっとうろうろしているとすぐに「大丈夫ですか?」「お手伝いしましょうか?」「暗くないですか?」と声をかけてくださる。

舞台に釘が一本落ちていたのを獅子舞の場当たりをしているときに気が付いて、拾って自分の打つ太鼓の台の横にひとまず置いておいたのを、回収し忘れていた。

それにスタッフのHさんが気が付いて、「あれ、なぜここに釘が?」と聞いて、すぐに片付けてくださった。

自分のやったことでなくても当事者意識をもって自分が片づける姿勢。

本番前には

「そんなに早くスタンバイしてたら足がしびれちゃいませんか?」

と、だいぶ早くから太鼓の前でしゃがんでいる私に優しく声をかけてくださった。

「確かにそうですね。」おかげさまで肩の力が少し抜けて、リラックスできた。

Hさんの残してくださった「余韻」はやさしく響いていて、また東北に良い思い出がひとつ増えた。

おばあちゃん子だった私は幼いころ、テレビは祖母の趣味のチャンネルを一緒に観ることが多かった。見るのは決まってNHKの生き物地球紀行や歌謡番組と、およそ子供らしくない番組ばかり。歌が大好きなのにやや(?)音痴だった祖母といつも一緒に演歌を歌っていたため、音痴な音程のまま「夜桜お七」を覚えてしまった。歌詞の意味は分からぬまま暗記してよく風呂で熱唱したものだ。

時代劇もよく二人で観ていた。とくに「暴れん坊将軍」と「三匹の侍」そして「水戸黄門」は大好きだった。

「この紋所が目に入らぬか!」

「ここにおわす御方をどなたと心得る。恐れ多くも先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ!」

助さんと格さんのこの決め台詞の格好良さにずっと憧れ、いつか言ってみたいと思っていた。主人公の黄門様も素敵だが、それを陰になり日向になり補佐する二人組がかっこいい。

実際、助さん格さん的なポジションに自分は向いていると思う。自らがリーダーになるのでではなく、誰か優れた人の傍らでその人の仕事を補佐するのが好きだ。

そういう意味では舞台のことや生きていくための術を日々教わりながら、お師匠さんが大の苦手な事務仕事を助けるという今の役割は自分にぴったりだと思う。

先日、「百鬼ゆめひな」こと飯田美千香さんという人形師の方が地域の大きなイベント「いいだ人形劇フェスティバル」に出演され、私たち羽化連にも共演の機会をくださった。

シリアスな内容の2時間の最後に少し雰囲気を明るく変えて終わりたいという。本番間際になってのご依頼だったが 大変ありがたくお引き受けして、何をやるか一生懸命考えた。

いつもはお師匠さんが明確に私たちの役割を決めてくださるのだが、この場合は自分たちで、依頼主である飯田さんの求めるものは何かをくみ取って、どう応えるかを考えなくてはならなかった。

結局、たたき台を基にお師匠さんにかなりアドバイスをいただいて大幅に修正した演目で臨んだ。おかげさまで飯田さんにもお客様にもご好評をいただいた。

このように最近、私と真央ちゃんがお師匠さんとは別のお仕事をいただける機会がポツポツと出てきた。もちろんそれはお師匠さんの口添えがあってのものだけれども、

いつも私のすることを応援してくれていた祖母は6月に97歳の天寿を全うして旅立った。結局和力公演や自分たちの演奏をみてもらうチャンスがなかったので、棺の中に7月の和来座の招待券を入れておいた。それと、昔「笛をやってみたかった。」と話していたのを思い出して火葬の朝に篠笛を一本持たせてあげた。今頃、音が出なくて苦戦しているに違いない。

私はいつも、大事な人、自分にとっての黄門さまがいなくなることを恐れている。

その黄門様は稽古場で鹿踊りの面を直している。助格の二人よりはるかに体力があり、行動力があり、一人でなんでもできてしまうから、ほとんど助ける必要などないし、むしろ助けてもらってばかりだ。

ちなみに助さんと格さんの本名は佐々木助三郎と渥美格之進。私は平澤久美子で、まおちゃんは桜田真央。私たちのユニット名は「羽化連」(うかれ)で、久美子と真央をくっつけて「くま」さんではありません