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☆愛がいちばん!ネアカ椋田☆寅吉の本日完売ブログ☆(悲しんでいるようでもいつも喜んでいる人のブログ)☆

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暑中お見舞い申し上げます。

みなさまお変わりなくお過ごしでしょうか?

おかげさまで私は空元気ですが元気です。


標記のことについて、聖書からメッセージをお伝えさせていただきます。


クリスチャンの世界には、神は愛であり、すべての人間は神の目に尊く、価値があるとされることがあります。これは、明らかに万人救済説です。万人救済説とは、すべての人間はキリストを信じなくても救われているという主張です。その説の裏付けとして用いられている聖句は、標題にもあるイザヤ書の次の聖句です。


「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ書43章4節)です。ここで非常に大きな問題は、このように福音らしく見えても福音ではないものが、無批判に多くの信者によって受け入れられているということです。


このみことばは、悔い改めたイスラエルの民への神のみことばです。これを悔い改めていない未信者に適用することは非常に大きな間違いです。この聖句の続きには、「だからわたしは(異邦)人をあなたの代わりにし、(異)国民をあなたのいのちの代わりにするのだ。」(イザヤ書43章4節)と、神がイスラエルの民を救うために、偶像礼拝の異邦人を犠牲にされるということを語っているのです。


神のご性質は愛だけでなく、義であり聖です。ですから使徒パウロは、アテネでは次のように語りました。

「それで、一方、神は無知の時代を見過ごされたが、今や、全てのところの、全ての人間に悔い改めるように命じられておられる。なぜならば、神は、そのために任命しておられるひとりの人によって、義によってこの世界をさばくための日を決めておられるからである。神は、そのために確かな証拠を全ての者に与えるために、その方を死者たちの中からよみがえらされたのである。」(使徒の働き17章30、31節)


悔い改めず、キリストを信じていないために永遠の地獄に向かいつつある人に向かって、「あなたは神の目に尊い。価値がある。神はそのままのあなたを愛しておられる。」と語ることは、欺瞞(ぎまん)でしかないのです。それは、重病人に向かって、あなたは病気ではない。と言う藪(やぶ)医者の診断に等しいのです。


もし罪人が神の愛だけで救われるならば、神の御子が十字架の上で血を流す必要はなかったのです。キリストの血による贖(あがな)いと、それを信じる信仰による救いを語らない牧師は、偽教師であり、偽信者です。


さらに現在では、生きている間にキリストを信じなくても、死後にもう一度、救いのチャンスがあると語る偽者も増えています。使徒パウロはそのようなことを語りませんでした。これも、パウロの語った福音とは、全く異質の、偽福音です。


新約聖書から

「しかし、私たちであろうと、天の御使いであろうと、もし私たちが宣(の)べ伝えた福音に反することをあなたがたに宣べ伝えるなら、その者はのろわれるべきです。」(ガラテヤ人への手紙1章8節)


ギリシア語聖書によると「のろわれる」の箇所は、「滅ぼし尽くされるべき」と記されています。「滅ぼし尽くされるべき」の原語は、元々神への供え物、祭壇にささげられた物ということを意味していましたが、旧約聖書では、「聖絶のもの、滅ぼし尽くされべきもの、のろわれた者」の意味で用いられています。これは、実に恐ろしいことを語っています。

心理カウンセリングを混ぜた福音を語っている牧師や教師がいるならば、その者は、自分がどれほど恐ろしい所に立っているかを自覚すべきです。



今日も日本で、世界中で小さないのちが守られますように!

今日も、ひとりとして、一匹として苦しい思いをすることがありませんように。


ご覧いただき、ありがとうございました!