新しい朝新しいいのちをくださった父なる神様の憐れみと恵みに感謝します。御子イエス様の十字架の贖いのみわざ復活のご栄光を誉め称え感謝します。
聖書から
「私には、自分のしていることが分かりません。私は自分がしたいと思うことをしているのではなく、自分が憎むことを行っているからです。」(ローマ書7章15節)
聖書に登場するしとパウロは、そもそもクリスチャンを迫害していた熱心なユダヤ教徒でした。
そんなパウロが、復活のキリストと出会い、回心し、伝道者(使徒)となる。しかし、クリスチャンとなったのだが、その後も彼は自分の罪の現実に苦しみ嘆いている。
パウロは自分の欲していることはしないで、欲していない悪を行っていると言い、自分が悪に支配された死のからだを持っていると嘆く。
パウロは、「自分が何者であるか」という自己同一性の問いに立っている。パウロは苦しんだ末にこう言う。
『私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるでしょうか』(同24節)
パウロは、『だれが?』と問う。すなわち、他者へと向かい問いへとたどり着いた彼は、絶対者であられるイエス・キリストに出会う。キリストこそが、彼が罪人(元々は迫害者)であること、しかも赦された罪人であることを知らしめる。そして、そんな彼になすべき使命を与えてくださる。
パウロは自分ではなく、キリストという他者によって自分の存在意義を知るのです。
イエス・キリストは聖書の預言にしたがって来られたあなたの救い主です。
どうかあなたもキリストを信じて救われてください。
キリストが宣言されたようにキリスト信じる者はだれでも救われます。しかし、キリストを信じない者は、だれも救われません。
ご覧いただき、ありがとうございました!
今日も小さないのちが守られますように!
皆さま、すてきな1日を!