先週末の朝早くに、母親が急逝した。
腑抜けになった父親の代わりに、通夜から葬儀まで取り仕切り、今はようやく少し落ち着いている。
思い返すと、少々変わり者だった母には子供の頃からいろいろと苦労をさせられてきたが、あの世へ行ったからには、全ては思い出になったのだ。
その中でも、こんな思い出がある。
私が中学生の頃のこと、
「冬の稲妻」で大ブレイクしたアリスを、母はいたく気に入ったらしい。

アリスはその後も「ジョニーの子守唄」が大ヒット。何を思ったのか母は私に、そのレコードを買ってきてくれとせがんできたのだ
レコードなら自分で買いに行けばいいのに。そう思いながらレコード屋まで自転車を走らせたことを、はっきと覚えている。
母にレコードを渡す前、こっそりと先に聴いてみた。
のっけからの女声コーラス、そしてメロディとアコースティックギターの響き、コーラスワークの美しさに心を鷲掴みにされてしまった。
母のおかげですっかりアリスにカブれてしまった私は、ギターが欲しいと母に強烈にアピールし、当時15,000円のいちばん安いMorrisギターを買ってもらった。
「僕のギターほもちろんモーリス」
「モーリス持てばスーパースターも夢じゃない」のである!?
さて。
通夜の読経を聞きながら母の遺影を見つめると、いろんな思い出が蘇る。ギターを弾くきっかけを与えてくれたのは、まぎれもなく母であることを強く認識する。
通夜が終わり、親族たちにこの思い出を語っていると、従兄が「明日の葬式でやったらいい」という。つまりは弾き語りをしろということ。
葬式で弾き語り?
躊躇するのが当たり前だが、わるいことに腑抜けになっているはずの父までが急に生き生きとし「やってくれ!」と言う。これであとに引けなくなった。
こうなったらやるしかない!
ジョニーの子守唄をやるか…と心に決めると、父がまた、口を挟んでくる。
「なんだっけな?遠くで…なんとかってのがあるだろ?それをやってくれ」
それで腹をくくった。幸いなことにコードや歌詞は全部頭にある。
明日の葬式ライブは、「遠くで汽笛を聞きながら」それ一曲のみ。気合いを入れるぞ!
そして翌日の本番の葬儀。
僧侶の読経が終わり、進行係さんがギターを持ってくると、事情を知らない参列者が何だ!?という顔をする。あとはもうやるだけだ。
そして…
今回の弾き語りに繋がるエピソードを話してから、思いっきりマーチンD35を掻き鳴らす。
母の遺影を見ながら歌うと、つい感情がこみあげてきそうになるのを、これはライブなんだとひたすら思い込んで歌う。
サンキュー!ありがとう!と歌い終えたあとで、ついに涙が出てきて嗚咽してしまった。
見かねた進行係の方が「よかったですよ!こんな葬儀は初めてです」と声をかけてくれる。
見ると、驚くことにその目には涙が浮かんでいたのだ。
少々変わり者だった母には、変わった葬儀が似合う。
少々変わり者の息子としては、これでいいのだろうと、気持ちを納得させている。