トレバー・ホフマン サンディエゴ・パドレスの守護神トレバー・ホフマンが23日、地元ペトコ・パークでのピッツバーグ・パイレーツ戦で1点リードの9回から登板。1イニングを完ぺきに抑えてパドレスが2-1で勝利し、リー・スミス(元カージナルスなど)が持つ通算478セーブのメジャー記録に並んだ。パドレスはナショナル・リーグ西地区の首位をガッチリとキープしている。

ハードロックバンドAC/DCの名曲「Hells Bells」(大塚もホフマンの許可を得て登板の際にBGMとして使用)が球場内にイントロの鐘の音が響く中、スタンディング・オベーションで主役を迎える。「TREVOR TIME」の始まりだ。


ホフマンは2-1で迎えた9回に2番手としてマウンドへ。4番ハビエル・ネイディをセンターフライ、続くロニー・ポーリノをセカンドゴロ、最後はライアン・ドゥミをカウント2-2から空振り三振に仕留め最高のタイムオーバーで、今季42セーブを上げ、歴代セーブ王のスミスに肩を並べた。新記録はもう目の前だ。


↓AC/DCの「Hells Bells」をお聴きになりたい方はどうぞ!

http://www.youtube.com/watch?v=6wgyjqZtjxQ








バリー・ボンズ 前日にハンク・アーロン(元アトランタ・ブレーブス)の持つナショナル・リーグホームラン記録に並んだサンフランシスコ・ジャイアンツのバリー・ボンズは、この日敵地ミラー・パークで行われたミルウォーキー・ブリュワーズ戦の3回に通算734号を放ち、一日で記録を塗り替えた。なお、ジャイアンツは8対10で敗れ3連敗を喫している。

 第1打席でヒットを放ったボンズは3回、ブリュワーズ先発クリス・カプアーノからセンターに今季26号となる通算734号アーチをたたき込んだ。リーグ新記録を樹立したが、ボンズは「素晴らしいことだ」と喜びを表す一方で、「でも、試合に勝ちたかった。今は(記録について)喋りたくない」と試合に敗れた事もあり少しご機嫌斜めだった。


ロード8試合で7敗目となったジャイアンツは、ワイルドカード争いで首位から6ゲーム差。この状況にボンズは「ひどいね。こんなのは、自分が若いときにいたパイレーツ時代以来見ていない」と浮かない顔を浮かべて語ったという。





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セレクション・ジャパン
丸藤正道

ノア初の全階級制覇を果たした丸藤正道が、GHCヘビー級選手権試合を現地時間16日ROH(Ring Of Honor)ニューヨーク州での大会で行われた。


試合は、王者丸藤が22分34秒、不知火からの片エビ固めで挑戦者・ナイジェル・マッギネスを下し、初防衛に成功した。GHCヘビー級王座の海外防衛は初めて。9日に秋山準から王座を奪ってわずか8日でのスピード防衛戦だった。


日本人の「最近」の海外でのタイトル防衛は、IWGPを藤波辰爾が1988年に米国で、天山広吉が05年にイタリアで成功。また同日メーンでブライアン・ダニエルソンのROHヘビー級王座に挑んだKENTだったが、ダニエルソンの得意ムーブ、キャトルミューティレーションで無念のタップ。残念ながら王座奪取に失敗している。















カート・アングル

WWEを「解雇」されたとされる、カート・アングルが21日までに、自身のウェブサイトでプロレスからの引退と総合格闘技への挑戦を表明した。8月25日のWWE解雇後、初めて今後のプランを明らかにしている。


米国内からTNA(Total Nonstop Action-Wrestling)や総合格闘技の新団体からオファーが届いていたが、現時点ではUFC(Ultimate Fighting Championship)への参戦が有力されている。今年は大会には出場せず調整に専念し、07年に総合格闘技デビュー予定だ。


カートは当初「早期契約解除」としていたが、最近になり「解雇」されていたと言われており、解雇理由は自身の爆弾箇所の首の痛み止めに使用していた薬物が、WWEのステロイド規制に抵触したためとみられているが、定かではない。











ミラノコレクションAT

新日本プロレスの10・9両国大会で、NWAジュニア王者・タイガーマスクⅣとミラノコレクションA.Tのシングル戦をノン・タイトル戦として戦う事が発表された。ミラコレとしては、やや不満が残るカードとなりそうだ。


8月にTNAから契約オファーを受けていたことを明かし「タイガーの持つNWAのベルトを持って、TNAに行けば喜ばれるでしょう」とタイトル戦をアピールしていた。虎ハンティングでTNA首脳陣へのアピール材料にするつもりだった。


NWA世界ジュニアはTNAが管理しており、TNAとしても軽量級は活性化したい方針があるようだ。タイガーが中々チャンピオンとしてサーキットをしてくれない事にTNA首脳陣にも、やや苛立ちが見え隠れする。


しかしながら今回の戦いはノン・タイトルで、分はタイガーにあるかもしれないが、ミラコレ自身には有益なファイトにしてもらいたい。












WWE マクマホン
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巨人 桑田真澄 読売ジャイアンツの桑田真澄投(38)が23日、同球団公式サイト中のブログ上で「お別れ 友へ」と題し、今季限りでの退団を示唆した。登板予定となっている24日のイースタン・リーグ、湘南シーレックス戦を前に「明日(24日)、ジャイアンツのユニホームでマウンドに立つのは、おそらく最後になるだろう」と綴り、「このページも2000年から続けてきたけれど、今年でお別れになると思う」とも記している。


最後に「桑田真澄のたった一度の野球人生を、大切に、そして誠実に生きたい。長い間、ありがとう」と締めくくっている。現役を続行するか否かの意思に関しては触れられていない。


桑田は2002年に12勝を挙げたが、翌年から不調に陥り、昨年は12試合に先発して未勝利。今年も、4月13日の広島3回戦で2004年8月以来実に600日ぶりに挙げた白星が唯一の勝利となっている。ここまでプロ21年間の通算成績は173勝141敗14セーブ、防御率3.55。目標の200勝まで27勝を残しているが、来季の戦力構想から外されてもおかしくない状況下にある。今のところ巨人からの公式の会見はなされていないが、現役引退は濃厚のようだ。






阪神 片岡篤 阪神タイガースの片岡篤史(37)も今季限りで現役を引退することが22日までに分かった。現時点でのポストは未定だが、打撃コーチ就任が濃厚のようだ。報道陣との談話で「今はチームが大事な時期」と話し、逆転優勝への可能性も残っている現在は自らの去就については、多くを語ろうとはしなかった。


今期は打撃不振で4月に2軍降格を告げられ、これまで49試合に出場して88打数13安打。打率は・148で1本塁打。成績が伴わない焦りの中でも「使ってもらえる幸せを感じないと」と懸命に頑張ったが、本来の打撃を取り戻すことはできなかった。


球団はまだ片岡との話し合いの場を持っていないが、指導者としての資質を高く評価していることから、シーズン終了を待って入閣を打診する方針のようだ。甲子園でプレーすることにあこがれて、袖を通すことを決断したタテジマのユニホーム。男泣きの入団会見から約4年9カ月の月日が流れ、そして新たな旅立ちのときを迎える。残り14試合にプロ生活15年のすべてを懸け、完全燃焼する。







野茂レッドソックス

シカゴ・ホワイトソックス傘下AAA級シャーロット・ナイツを6月に解雇され、右ひじ手術を受けていたた野茂英雄(37)が、今オフ、ドミニカ共和国でのウインターリーグ参加を検討していることが21日分かった。現在はロサンゼルスで練習を行っており、渡米12年目で初のウインターリーグ参加は来季へ向けて背水の決意といえる。


8月26日に、自身の公式サイトに短文ながら「2カ月間のリハビリをし、今週からキャッチボールを始めました」とファンに報告。現在は8割前後での投球も可能になっており、ブルペン投球を行えるようになれば10月18日開幕の同リーグ参加にゴーサインが出る。周囲には「ひじさえ治ればまだまだできる」という声も根強い。

近年メジャーリーグへの道を作ったパイオニアはまだ死なない。今期は日本球界の復帰をも考えもしたが、野茂がNOMOとして再びはい上がる為にカリブの地をリスタートの場所として選んだ。 再びメジャーのマウンドで野茂の勇姿を日本のファンは待っている。

(写真はレッドソックス時代) 









野茂英雄の挑戦
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G・スタインブレナー 相変わらずの口達者ぶりだ。76歳になったヤンキースオーナー、ジョージ・スタインブレナー氏AP通信のインタビューに応じ「私は病気ではない。毎日、トレーニングにも励んでいる」と健康不安説を一蹴。

球団経営は後継者に指名した娘婿と2人の息子に任せつつあると説明した上で「成功のノウハウを私から学ばないといけない」と述べ、さらに「今もトーリ監督、キャッシュマンGMに意見を言うし、それを彼らもよく聞く」とも話した。

2000年を最後に5年間もワールドシリーズ優勝から遠ざかっているだけに、王座奪回に意欲満々で「ヤンキースは常勝軍団であってほしい。敗北は嫌だ。私の辞書に敗北はない」と元気いっぱいだ!







斎藤隆

ロサンゼルス・ドジャースの斎藤隆は21日、地元ドジャー・スタジアムでのピッツバーグ・パイレーツ戦で連日のリリーフ登板。3点リードの9回にマウンドに上がり3三振を奪う完璧なピッチングで勝利に貢献し、20セーブ目を上げた。ナ・リーグのワイルドカード争いで首位に並んでいたドジャースは連敗を2で止め、この日試合がなかったフィラデルフィア・フィリーズをかわして単独トップに躍り出た。


コロラド・ロッキーズの松井稼頭央は21日、地元クアーズ・フィールドでのアトランタ・ブレーブス戦に先発出場。4打数2安打とマルチ安打をマークし、打率を2割5分7厘に上げたほか、今季8個目の盗塁も決めた。しかしながら試合はロッキーズが3-6で敗戦。


 シアトル・マリナーズのイチローは21日敵地USセルラー・フィールドでのシカゴ・ホワイトソックス戦に先発出場。4打数1安打、1四球、2得点で、今季の安打数を208本に伸ばしたが、打率は3割1分7厘で変わっていない。なお9回にこの日2度目のホームインを果たし、メジャー1年目から6年連続100得点を達成した


城島健司は4の0、対戦相手のホワイトソックスの井口資仁も4の0。この日の「元ホークス勢」は散々。試合はマリナーズが9-0で快勝した。









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NWAロゴ

今回から本格的にベルトの紹介をして行きたいと思います。初陣を飾るのは、かつてプロレス界最高峰と言われたNWA世界ヘビー級王座です。「かつて」と付けるのはNWA黄金期を知る者として寂しい限りなのですが、そう言わなくてはいけないほど、その権威は失墜しています。


今もNWA組織は存在するのですが、1993年にWCWがNWAを脱退してほぼ解体状態に陥り、1994年にデニス・キャラルーゾが元NWA役員から復興許可を得て再建するもWWEの巨大勢力や世界中におけるタイトル乱立などで、一インディペンデント団体組織のローカルタイトルに過ぎなくなりました。

現在はWWEに肉薄する団体となったTNA(Total Nonstop Action-Wrestling)がタイトル運営をし、除々にではありますが権威を取り戻しつつあります。


テーズベルト1    テーズベルト2    

 ↑初期のNWAベルト             ↑日本では「テーズ・ベルト」と言われている


日本で言われているテーズ・ベルトは1937年にルー・テーズが世界最年少王者に輝いた時にお目見えする。このベルトは今でも唯一無二の世界王者の象徴とされている。当時のテーズの強さが驚異的な事もあったのも要因だろう。1957年にディック・ハットンに破られるまで6度王座に輝き、その功績を称えテーズに寄贈され個人所有となった。


個人所有になるまで何度かベルトデザインをマイナーチェンジしたり、作り直したりしている。テーズはこのベルトを2本所有していると言われており、その内の1本はレジー・パークスがレプリカ製造したベルトだ。UWFインターが「プロレスリング世界ヘビー級選手権」なるタイトルを運営していた時にテーズから寄贈されたベルトがそれと言われている。


マニュエル・サバラ製NWAベルト     パークス製レプリカ

↑マヌエル・サバラ製ベルト              ↑パークス製レプリカ


1959年パット・オコーナーがD・ハットンよりタイトルを奪った際に新しいベルトが手渡された。このベルトは1955年にNWAに加盟したメキシコのEMLL代表サルバトール・ルッテロールⅡ世が寄贈したベルトで、製造者はルッテロール家の御用達宝石商マヌエル・サバラ氏。このクオリティーの高いベルトの出来にNWA首脳陣は大絶賛し、世界ジュニア・ヘビー、世界ライト・ヘビーのベルトをもサバラ氏に製作を依頼したほどだ。


ベルトに流線型を取り入れたり、台座に世界地図、レスリング像、王冠を入れるのもサバラ氏のアイデアで今のベルトの形の基礎を作ったと言ってもいい。日本でのサバラ製ベルトの初お目見えは、昭和42年にジン・キニスキーにより上陸。ドリー・ファンクJrも、このベルトを手に来日を果たしている。


そしてサバラ氏は不朽の名作を作る事になる。続きは次の号で。

サイドワインダーズ1 サイドワインダーズ ロゴ

ツーソン・サイドワインダーズ(Tucson Sidewinders)


●創立:1969年

●所属:AAA級パシフィック・コースト・リーグ

●球場:ツーソン・エレクトリック・パーク

●本拠地:アリゾナ州ツーソン

アリゾナ・ダイヤモンドバックス傘下


1969年に「ツーソン・トロス」として創立され、パシフィック・コースト・リーグへ加盟

同年シカゴ・ホワイトソックスと提携を結び参戦開始

1973年よりオークランド・アスレチックスの傘下に

1977年からテキサス・レンジャーズ傘下に

1980年よりヒューストン・アストロズの傘下

1997年ミルウォーキー・ブリュワーズと1年間のみ提携する

1998年からアリゾナ・ダイヤモンドバックスとなり、チーム名を「サイドワインダーズ」に変更する


サイドワインダーズCAP サイドワインダーズ・ジャージ


1998年以前のトロス時代は「ハイ・コルベット・フィールド」でホーム試合を行っていましたが、1998年にエクスパンションによるダイヤモンドバックスの誕生とともにチーム名を「トロス」から現在の「サイドワインダーズ」改名しホームも新球場に移した。ちなみにダイヤモンドバックもサイドワインダーもラトル・スネイク(ガラガラヘビ)の一種です。

今年度のAAA級の№1を決めるAAAチャンピオンシップで、AAA級インターナショナル・リーグのチャンピオン「トレド・マッド ヘンズ」に勝ち、見事AAA級のチャンピオンとなりました。

ヤンキースWIN! ニューヨーク・ヤンキースは20日、1998年から9年連続となるア・リーグ東地区優勝を決めた。敵地ロジャース・センターでのトロント・ブルージェイズ戦でヤンキースは2-3で敗れたが、2位ボストン・レッドソックスが大敗したため、地区9連覇を達成。


シーズン途中に松井秀喜、ゲリー・シェフィールドなど主力を欠き故障者が続出したが、選手層の厚さと的確な補強で8月以降は首位を走り、ア・リーグ一番乗りでのプレーオフ進出を果たした。


なお今日の松井秀喜の成績は「5番・DH」で先発出場。3打数ノーヒット、1四球という成績だった。


                                                    

                                                     


D・オルティーズ

ボストン・レッドソックスのデービッド・オルティスが20日、地元フェンウェイ・パークでのミネソタ・ツインズ戦の6回に今季ア・リーグ一番乗りとなる50号のソロ本塁打を放った。年間50本塁打はレッドソックス史上2人目の快挙。オルティスはこの一打で、殿堂入りの大打者ジミー・フォックスが1938年にマークした年間50本塁打の球団記録に肩を並べた。


 一方のナショナル・リーグでは今季、すでにフィラデルフィア・フィリーズのライアン・ハワードが50発の大台をクリア。すでに前日の時点で57本塁打まで記録を伸ばしている。


野球その他結果

 シカゴ・ホワイトソックスの井口資仁は2試合連続アーチとなる17号ソロを放ったが、チームは2-6でデトロイト・タイガース敗れ、ワイルドカード争いトップに立つミネソタ・ツインズとのゲーム差が5・5に広がりチームは痛い敗戦。


シアトル・マリナーズの城島健司は204打数1安打、1打。イチローは5打数1安打で、マリナーズは6-3でテキサス・レンジャーズに勝利した。




PS2 実況パワフルメジャーリーグ
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ビーエフシーコーポレーション

城島

19日、日本人打者6人全員が打点を挙げる快挙を達成した。

 松井秀喜は敵地でのトロント・ブルージェイズ戦で、手首の故障から復帰後2発目となる7号ソロ。

シアトル・マリナーズの城島健司は敵地でのテキサス・レンジャーズ戦で17号先制ソロを放ち。

シカゴ・ホワイトソックスの井口資仁二も地元でのデトロイト・タイガース戦でダメ押しの16号ソロをたたき込んだ。

また、マリナーズのイチロー、コロラド・ロッキーズの松井稼頭央はそれぞれタイムリーヒットで1打点。


セントルイス・カージナルスの田口壮はショートゴロエラーの間に1打点をマークした。








大塚 この日逆に投手陣は振るわなかった。ロサンゼルス・ドジャースの斎藤隆投手は18日、地元ドジャースタジアムでのサンディエゴ・パドレス戦で1点ビハインドの9回に登板。自身の暴投などで3点を失った。だが9回裏、メジャー史上4度目となる1イニング4者連続アーチで同点に追いつくと、1点を勝ち越された直後の10回にノーマー・ガルシアパーラ一塁手が劇的な一発を放ち、11-10でサヨナラ勝利。



テキサス・レンジャーズの大塚晶則は2点リードの9回に登板。自身のエラーでいきなり無死三塁のピンチを招き、その後イチローら3人にヒットを浴びるなど2失点で同点に。最後の城島を内野ゴロに仕留め、この回でマウンドを降り、前回の登板に続いてリリーフ失敗となってしまった。




月刊メジャーリーグ
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アンフォーギブン

インターコンチネンタル選手権

○ジョニ-・ナイトロ vs ジェフ・ハーディー●
メリーナがブーツでジェフを殴り、ジェフをフォール
 
△ケイン vs ウマガ△
リング外で乱闘になり両者カウントアウト

WWE世界タッグ選手権

○ザ・スピリット・スクワッド vs ザ・ハイランダーズ●
マイキーがロビーにフェイスバスターでフォール

ヘル・イン・ア・セルマッチ

○DX vs マクマホンズ&ビッグショー●
ビンスにHBKがスイートチン。HHHがスレッジハンマーフォール

WWE女子選手権

●リタ vs トリッシュ・ストラタス○(王座移動!)
トリッシュがリタにシャプシューターでタップを奪い王座獲得!

トリッシュが有終の美を飾る

Trish VS Lita

○ランディー・オートン vs カリート●
RKOからフォールで勝利

WWEヘビー級選手権 TLCマッチ:

●エッジ vs ジョン・シナ○(王座移動!)
シナはエッジを肩に担ぎ上げラダー上からそのままFUでテーブルへ落とす!

これで完全なダウンのエッジ。シナがベルトを取り、WWE王座奪還!

J・シナ

※TLCマッチとは?

T・・・テーブル(机)
L・・・ラダー(ハシゴ)
C・・・チェアー(イス)
上記3種の公認凶器で攻撃がOKの試合形式で、大体はトリプルスレッドタッグマッチで行われるのが多い。

WWE トリッシュ・ストラタス 100%ファクション

今日から「チャンピオン・ベルトの世界」なるシリーズ物を、書く事になりました(^^ゞあのチャンピオン・ベルトのデザインは随分前から興味があって色々調べたりしました。もうマニアの世界です(笑)さて一回目の今日はベルト職人を紹介したいと思います。

Reggie Parks

↑Tシャツの方がパークス氏。右はルー・テーズ

レジー・パークス氏の名はアメリカのプロレスファンなら誰もが知ってる有名な方で、今のプロレスのチャンピオン・ベルトの基礎を作ったと言ってもいいでしょう。WWEがWWFの頃のベルトは全て彼の作品で、特にWWFインターコンチネンタル・ヘビーのベルトは最高傑作と言われてます。他にも、NWA、WCW、AWA、旧ECWなどのベルトや日本でもNoahのGHCや4代目のIWGPヘビーのベルトを手掛けてます。以前は全女やインディー団体のベルトを手掛けたそうです。

Reggie Parks

↑初の作品「ミッドウエスト・タッグ」のベルト

実はパークス氏本人も元レスラーで、1964年にネブラスカ州オマハを主戦場にし「ミッドウエスト・タッグ」の王者となったものの当時はタッグ王者にはベルトが無い時代で、プロモーターにタッグのベルトを作る事が出来ないものかと頼んだところ、逆に「人前に出してもおかしくない、クオリティーの高いベルトを作ってくれればOK」と言われ「自身が自身の為のベルト」を作ったのが全ての始まりになり、その出来栄えの良さは瞬く間に知られる事になった。そしてAWAの帝王バーン・ガ二アからのベルト製作のオファーを受け、これを機にベルト製作のビジネスを始めた。

NWAセントラルステーツ

↑70~80年代に全米で流行ったデザイン

もパークス氏の作品。

1982年に現役を引退し7年前までは全ての作業を一人で行ってたというのだから驚きです。今では弟子もいて二人で作業する事が多いそうです。今ではプロレス、格闘技以外にも、「クッキング選手権」や「売上№1営業マン」などのベルト製作の依頼も多いとか(^^)ちなみにベルト制作費は大体、日本円で15~20万円でオーダー出来るそうです。アメリカのプロレスファンはパークス製ベルトを持つ事は最高の誇りでベルト自慢のHPも数多く見られます。日本からの個人オーダーも多いとか。

Reggie Parks

↑数多いデザイン画の内の数種

パークス氏以外にもベルトメーカーはありますが(順に紹介します)King Of Beltsの称号はパークス氏だけの称号でしょう。