ブラッシュアップ ダイアリー -125ページ目

ブラッシュアップ ダイアリー

子育てしながら、色のある生活を提案するカラーコンサルタントの日常日記です。

上のフロアに住むお友達のMさんは

司会のお仕事をされています。


こんな時だからどうされているのか

伺うと・・・

実は震災の翌日、結婚式があったそうです。好


前日、3時間歩いて夜遅く帰宅したMさん。

その日彼女のお子さんを預かっていたので

どれだけ、苦労して帰ってきたか伺っていたので

びっくり。


そして

私も家がすごい状態だったところに

都内に住む子供のお友達をお預かりし

お怪我させてはと緊張して過ごしていた1日だったので、

聞いてびっくりしました。



通常、湘南ライナーを使って

出勤する彼女、電車は運休。

都内まで、乗り継ぎ乗り継ぎ出勤。


お式開演ギリギリに式場にたどり着くと

半分くらいの招待客が集まっていたそうです。


結婚式は、

独身の女友達にとってはちょっとした出会いの場。きらきら!!

普段の結婚式なら

皆きれいに着飾っていくところ。


でも、来てる招待客の多くは

普段着。

可愛いふわふわのブーツを履いていたり

ちょっと、仕事着ぽかったり。


きっと

前日の電車が運休してしまい

帰ることができなかったのでしょう。


新婦のお父様も又

普段着でジャージのようないでたちだったとか。


こんな時にという人もいるかもしれません。

でも,二人にとって

こんな時だから、一緒にいたい。

一緒にいることで勇気が持てるのでしょう。



電車も、ほとんど動いていなかった状態で

乗り継いで、あるいは車で、駆けつけてくれたお友達。

そして、家にも帰らず参加してくれたお友達。

そんな状態でもお祝いに駆けつけてくれたお友達たち。


お席は埋まらず、

思い描いていたお式とは違ったものだったかもしれません。

でも、皆の新たな出発を祝う思いのこもった

お式になったのではないでしょうか?


きっと

忘れられない結婚記念日になるのでしょう。


そう思うと

震災などで悲しいニュースが多い中

気持ちが温まりました。


どうぞお幸せに。


震災当日、

電車の中に閉じ込められた私。


電話も通じず、

どんな状態なのかわからず、

不安にかられる気持ちを抑え無事帰宅できた時

子供たちが皆無事怪我もせずに家にいたことに

本当に感謝致しました。


その震災の夜、

我が家にはうちの子供を含め6人の子供たちがいました。

3人は長男のお友達。

一緒に遊びに行っている時に震災にあい

我が家まで1時間半、歩いたり走ったりして帰ってきました。

もう一人は、次男のお友達。

上のフロアのMさんのお子さん。

お父さんは大阪出張、お姉さんは学校から帰れずお泊り。

お母さんのMさんは横浜に足止めでしたので

彼女より早く戻れたのでお預かりしていたのでした。


長男のお友達は都内だったので

狭い我が家ですが泊っていって頂くことに。


大人数で夕食を食べる事になり

近くの空いてるスーパーでパスタを買い出し、夕食。

どっさりパスタを作りました。

でも、沢山歩き、我が家に着いても

休む間もなく家の破損したものを片付けていてくれた

育ち盛りの中学生4人には量が足りず

牛丼を作り直しました。


男の子5人、これでは朝食が足りない!

と、寮母気分の私は焦り夜コンビニに買い出しにいきましたが

直ぐに食べれそうなものは何もありませんでした。

翌日、になると状況は更にひどくなっていました。

そんな状況でしたのであり合わせの物を食べて頂きました。





そしてその翌日、更にひどくなりました。

計画停電がはじまるとそれは加速しました。


物がなくて困ってらっしゃる方がいるのに 

そんなに買いだめしなくても良いのに。。。

とちょっと悲しい気持ちでいました。


そんな気持ちでいたところ

仙台で 被災されたJoy-k さんのこんなコメントを見つけました。


他の地域の買いだめのニュースは観て驚きました。
正直、言葉を失う思いでした。
私は被災地のど真ん中に住んでいて、物質的に
足りないものは沢山ありますが、
魂は豊かに満たされています。


災害があってお店の機能がストップしても

強盗が入らない治安のいきとどいたモラルのある国。

震災当日帰路の中、停電したお店をみて

この国はすごいと誇りを持ちました。




そんなモラルのある国なのに

困ってらっしゃる方がいるのに

買占めされる方がいらっしゃるという事実は

悲しい事です。



被災者のお気持ちを考えて

皆さまが行動して下さることをお祈りしたいと思います。


地震から1週間が過ぎました。


1週間前の今、 混乱の様子が思い出されます。

日ごとに増える甚大な被害に

心が痛みます。



震災後、

伯父がなくなりました。

癌で闘病していたのですが、時期重なって

こんな時期に他界となりました。


小さい時から可愛がってもらっていたので

悲しみは大きいです。

思い出が走馬灯のように浮かんでは消えていきます。


伯父は、

皆に看取られて逝き、亡骸に会いにきた方には

会える状況。

災害にあわれた方に比べ幸せな逝き方だったと思います。


災害当日

伯父の高1になる孫(従妹の子供)が仙台に

サッカー遠征に行く予定でした。


自宅から離れて他県の高校に行く甥っこ。

この混乱で電話が通じないので

皆、震災に巻き込まれてしまったものと思っていました。


心配の最中、

電話が通じ、幸運なことに遠征が中止になり

学生寮にいることがわかりました。


伯父は

安堵感の中、逝かれたと伺いました。

そう思うと死は悲しいけれど

幸せだったのではと、思います。