Flamingo・・・その誕生
“Flamingo”の作曲者であるTed Grouya は、1910年にルーマニアで生まれた。
米国に移住後、音楽教育を受け、作曲活動の傍ら、1940年代にはハリウッドのMGM映画で音楽出版にも関わっていたという。
Grouyaは1930年代から40年代にかけて、Duke Ellingtonの音楽に心酔しており、自分の作品をEllingtonに売り込んだりもしていたようだ。
“Flamingo”には、Ellingtonの長年の友人であり、Ellingtonが初めてカーネギーホールで開催したコンサートへの助力でも知られるEdmund Andersonのペンによる歌詞がつけられ、1940年暮れにDuke Ellington Orchestraによって初めてレコーディングされた。
レコーディングに際して、Ellingtonの右腕であるBilly Strayhornがアレンジを行い、その出来映えには御大Dukeも大満足であった、と伝えられている。
ボーカルは、当時【黒人西部劇スター】として人気を博していたHerb Jeffries。
1941年にリリースされた同曲は、Duke Ellingtonにとって初めての全国ヒットとなり、その後もEllington Orchestraの重要なレパートリーとして、60年以上経った今でも愛され続けている。
余談ながら・・・“Flamingo”を初めて歌ったHerb Jeffriesは、歌手としてだけでなく、【黒人向け西部劇】の主演スターとして大変な人気があった。
白人と同じ映画館で西部劇を見ることが許されなかった当時のアフリカ系の人々にとって、彼は憧れの【黒人スター】だったのだ。
しかし、実際の所、彼は【黒人】ではなかった・・。
100歳近い年齢になった今でも、Herb Jeffriesは元気に活躍中だ。
そのクルーナースタイルのボーカルは、Johnny Hartmanにも影響を与えた、と言われている。
黒であろうと、白であろうと、そんなの関係ねぇ・・良いものは永遠に残る、ということである。
母校・高知西高校でのライブ
11月22日付けの高知新聞 によると、21日(金)に越智さんの母校である高知県立 高知西高校 にて、越智さんの遺志を継いだライブコンサートが開催された、とのこと。
出演者は、越智さんと縁の深い方々;
河野 美紀 (vo)
道祖 淳平 (G)
大迫 明 (Tb)
中島 徹 (P)
荒玉 哲郎 (B)
加納 樹麻 (D)
昨秋、同校の創立五十周年記念行事に越智さんが出演。
次回は在校生に・・ということで企画が進んでいたのが今回のコンサートだったそうです。
記事は、こちらのリンク からご参照下さい。
この日、越智さんも“よっこいしょ”とやって来て、一緒に歌っていたに違いありません。
生涯の半分以上を過ごした関西への愛着が強かった越智さんでしたが、人間として、又、歌手としての彼女自身を育んだ故郷 高知への想いは殊のほか深いものがあったのだと思います。
事ある毎に、「高知を見てもらいたいわぁ」と言っていたのが思い出されます。
Live at 東京倶楽部(2003年9月)
2003年9月22日(月)
東京 水道橋 東京倶楽部
越智順子(Vo)
嶋津健一(pf)
荒玉哲郎(b)
原大力(ds)
セットリスト(サードセット)
①イン・ザ・ウィ・スモール・アワーズ・オブ・ザ・モーニング、②酒とバラの日々、③ドゥ・ライト・ウーマン・ドゥ・ライト・マン、④クライ・ミー・ア・リバー、⑤ドナ・ドナ、⑥ラビング・ユー・ワズ・ライク・ア・パーティ
2ヶ月ぶりのオチジュンのLIVE偵察です。 当夜のお店、「東京倶楽部」には、個人的に思い入れがあり、数年前、僕が某ジャズ同好サークルの幹事をやらせて貰っていた際、同店でクリスマス・パーティを開いたことがありました。 苦労も多かったサークル活動ですが、同店でのクリスマス・パーティは、数十名で盛り上がりに盛り上がって、今となっては楽しい思い出です。 又、パーティにあたり、予算や当日のスケジューリングなど、かなり無理をお願いしてしまったのですが、店長さん始めスタッフの方々が親切に対応してくれ、そういった面でも、とても良い印象を持ちました。 今宵は、そんな思い出のお店での初オチジュンLIVE。 さあ、どうなりますか?
仕事の都合で、遅れて店に到着すると、既にセカンド・セットの終盤、“サイド・バイ・サイド”から、“君の友達”へと移行するあたりでした。 アメリカのトラディショナル・バーのような、ハードボイルドな雰囲気を醸し出す店内の一番奥にステージがあり、「東京倶楽部」のロゴマークを中心に、向って左にピアノ(以前はアップライトでしたが、グランド・ピアノに代わっていました)、そして、なにかワクワクする“NEW ORLEANS”のネオン・サインの下にドラム&ベース、というポジショニング。 ステージ中央で歌うオチジュン、あれ~? 座って歌っているのか? 彼女の姿が目に入った瞬間、その姿がいつもより小さく見えたので、腰を掛けているように感じました。 でも、ちゃんと立って歌っていたんですねぇ。 そうです、順子さま、ついにダイエットに成功されたよ~で、なんと小柄なオチジュンの出来上がり???
インターミッションの間、阪神タイガースのセ・リーグ優勝を祝して、メニューから「チーズたこ焼」をオーダー。 これが中々の美味で、ビール美味い。 あ、しかし、ここは読売ジャイアンツのお膝元、水道橋じゃないですか? いかん、いかん。 まあ、いいか? ははは(笑)
さて、サード・セットとなり、トリオ演奏は無しで、いきなりボーカル・ナンバーからスタート。 曲は上記の通りで、CD収録曲を含めて、オチジュンのライブではお馴染みのものが多く聴かれました。 但し、ちょっと珍しかったのは、ジュリー・ロンドンの歌唱で有名な“クライ・ミー・ア・リバー”。 インターミッション中の打ち合わせの際、どうやら偶然に楽譜ファイルから同曲が見つかったようで、「やってみよぉかぁ?」というわけで取り上げられた模様。 この良い意味での“エエ加減さ”が良いですね。
嶋津さんのプレイを久々に聴きましたが、やっぱり良いなぁ。 シンプルそうに聞こえるコンプでも、よくよく聴くと、色々な要素が幾重にも散りばめられているようで、実に深い。 ザクザクと切れ込み、尚且つ、大きく横展開するエキサイティングなプレイ。 バラッドでは、まるで寝息のようなソフトさと、深呼吸のようなディープさを表現。 いやぁ、良いですね、ホント。
大阪のジャズ・シーンでは超売れっ子のベーシスト、荒玉さんが東京でプレイするのは滅多にないことで、今宵のライブは貴重です。 頼もしいトーンと、痒いところに手が届く心憎いプレイが堪らない。 ドラムはお馴染みの原大力さんで、ハッピーな人柄が表出されたようなドラミングには、心が躍ります。 音を無闇に大きくすることもなく、尚且つ、的確に有効打を繰り出して、トリオ演奏だけでけでなく、オチジュンのボーカルにも火を点ける、見事なドラミング。
観客をリラックスさせるオチジュンのMCも相変わらず舌好調で、店内に心地好い空気が流れます。 無駄な力が入っていない、安定した自然体でのボーカル表現には、何度でも聴きたい、と思わされます。 野球に例えるならば、以前は肩の強さを利用した剛速球ピッチャーだったのが、コントロール重視に代わったことにより、6分の力でも三振が取れるようになった、といったところでしょうか? お馴染みの18番、“ラビング・ユー・ワズ・ライク・ア・パーティ”でも、メロディをフェイクさせながら、曲をグイグイと引っ張っていく存在感は特筆すべきことでしょう。
インターミッションの間や、終演後、観客が次々と控え席にオチジュンを訪ね、話しかけていきます。 彼女の気さくな人柄がそうさせるのでしょうし、何より、彼女の歌声が、観客をハッピーにし、その高揚した気分を彼女と分かち合いたい、と思わせるのではないでしょうか?








